コンテンツを作るなら、「何を作るか」より「どう生きるか」
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コンテンツを作るなら、「何を作るか」より「どう生きるか」

2014-11-16 13:40
  • 3
以下の続き。
「著作権違反など参入障壁がないところで個人コンテンツが継続的に人気を得るにはどうしたらいいか?」というテーマである。
1 もう一人でネットで勝つのはダメかもしれない
2 個人コンテンツは泥沼に咲く花である

筆者はYouTubeのパートナープログラムが嫌いである。1再生あたり0.08円の広告分配が受けられるアレだ。嫌いな理由は、オリジナルコンテンツを作るクリエイターをないがしろにするからだ。Googleアドセンスが結果としてまとめサイトとバイラルメディアを肥えさせていることと同じことが起きてしまう。

なにもYoutubeを個別攻撃したいのではない。
「閲覧数課金」という仕組みは、基本的に「ただ乗り」した人が得をしてしまう。
オリジナルの創作をするよりも、流行したものに自分が真似するほうが簡単に再生数を稼げる。だから、YouTubeで成功するには流行りのゲームに乗っかったり、J-popのカバーをするしかない。オリジナルなんてやってたら、制作コストが高すぎて量産できない。閲覧数課金の世界では、量産できなくては、お金が入ってこないのだ。

一方で、ニコ動のクリエイター奨励プログラムは好きだ。
たとえばボカロ曲で10万再生されて、それを歌ったものが100万再生されたとしよう。Youtubeでは前者に8000円入り、後者に8万円が入る。原作を上回る二次創作って、筆者は腑に落ちない。
クリエイター奨励プログラムで親子関係が設定されていた場合、親には子どもの人気がそのまま付加されるようになっている。そのため原作は10万+100万再生、歌ってみたはそのまま100万再生扱いとなる。二次創作されればされるほど原作の収益が増える。このほうが好きだ。

もう一つ好きなものは、ニコニコチャンネル、まぐまぐ!、夜間飛行など定額制課金である。
閲覧数課金は性質上テレビとおなじようなメジャーコンテンツを作るインセンティブが働いている。「閲覧数を伸ばす」ということは、大多数の客が毎回見てくれるコンテンツだ。マニアックでは駄目で、とにかく話題性があり、無難で、適度に薄い最大公約数的なコンテンツが求められる。
そんなものは限られていて、全員おんなじようなコンテンツになってくる。googleアドセンスとYouTubeは実際にそうなっているだろう。2ちゃんまとめとゲーム実況、おもちゃ紹介しかない。

定額課金では、常に他人がやったことがない新しいコンテンツやガツンとファンになってくれる濃いコンテンツが求められる。だって「いつものお客さん」というのは開始1ヶ月もすれば取り切ってしまい、「すでに入会したお客さん」になるのだ。入会数を伸ばそうとおもえば、コレまでにチャレンジしたことがないお客さんに挑むしかない。そのときに、他人と同じことをすると獲れない。だっていまさらwebの言論で津田メルマガの客を奪おうという人は、少ないだろう。津田さんとは戦いを避けて、自分の世界を作る必要がある。そして、薄く広いコンテンツをいつもの客に毎日作ってもしょうがなく、その新しい世界で衆目を集めるためにはガツンつしたコンテンツを作るしかない。

余談ながら「投げ銭」はクリエイターにとって最低の仕組みなので、筆者は大嫌いだ。投げ銭は全くオリジナルコ ンテンツを評価しないし、クリエイターの継続的な収益源にもならない。ユーザーが毎回毎回お金を払うわけがないので、そのとき最も低俗で刺激的なコンテンツ(エロとゴシップ)だけに1度だけ低額が支払われ、全体が荒廃する。つらい。閑話休題。

さて、収益モデルの話を延々としているが、「個人コンテンツが人気を集め続けるには」という一つの答えがプロ化だからだ。「収入を得ましょう」といいたいのではなく「作者多すぎてどうしようもないから差別化のために制作費を稼ぐしかないよ」というかんじだ。
定額課金で一定以上の会員数が獲得できると、うp主はアルバイトをしなくて良くなり、全時
間動画につぎ込めるようになる。カメラを回してくれるスタッフを雇えるようになるので、一人ではできない動画が作れる。この時点で、アマチュア個人とは大きな差になるだろう。「お金で差別化」ができるようになるのだ。

舞台、音楽パッケージ、ゲーム、書籍、イベント、番組…世の中に出回っているコンテンツはだいたい複数人で作ったものだ。こうしたコンテンツを作り、注目を集め続けるには、ある程度プロ化するしかない。障壁に守られた泥沼を飛び出してレッドオーシャンに進むしかないわけだ。この赤い海では本当のプロと相対することになる。
このとき、個人が定額課金などの収益モデルをもっていることは、短期的には彼らに対する武器になる。「メジャーCDで宣伝して同人CDで稼ぐ」というボカロPのモデルのように、別の戦いかたができるからだ。筆者は「アマチュアが一人で注目を集め続ける」ことを心の底から望んでいるが、現実がアレすぎるので「プロ化してでも注目を集め続ける」ようになってほしいと思っている。

「プロ化するしかない」という筆者の意見に対して、小説をたまに書きつつ、提督や猟師を本業とする尻Pはこう反論している。
尻P ‏@nojiri_h
@iyokan_nico 「勝とうとするのをやめて、ありのままの私が面白く生きる。それをネットで披露していく」しかないような気がしてるけどなあ。勝って収入を得る前提なら外れるけど。
さきほどの定額課金は「金で差別化だ」という話だが、これは「人生で差別化だ」という話だ。これは圧倒的に正しい。
「ありのままに面白く生きる」というのは、たとえばボカロ曲など一つの創作で注目を集めるだけでなく、5年10年という長さでそのクリエイターの様々な活動に注目が集まることをいっているのだろう。

お金で差別化しても、結局同じ金額があれば同じものが作れる。ボカロのPVをお金をかけてつくっても、エイベックスやソニーのすごいPVに追いつけるだけだったりする。才能があったとしても、それだけで差別化するのは現代ではほとんど不可能だし、試し尽くされている。
そうすると最終的には、「金で差別化」の話も「人生で差別化」するしかなくなる。

「何を作ったら受けるか?」なんて、もはやどうでもいいのだ。
「どう生きるか?」のほうが、大事だし、よっぽどコンテンツに近い。

この差別化はユーザー生放送では生主がすでに行っており、いまウケている人は自分の人生を常に露出し続けている人達だけだ。借金を背負ったり、旅に出たり、出産したり……。彼らの人生はものすごい特殊なものではないかもしれないが、露出し続けている人は少数なので、どこにもないコンテンツになっている。その結果、「彼らの人生に共鳴するファンのひとたちそのもの」が、コンテンツを差別化させている。

個人が勝つには、テレビとおなじような大多数を相手にする必要なんてない。そんなものはまやかしで、1万人のオーディションで勝ち抜いてきたアイドルと闘う負け戦になる。
できるだけ参入障壁の高い泥沼で、収益モデルをつくってアマチュアと差別化し、生き方を作ることでファンコミュニティとともにプロと差別化する。
というのが筆者の考える現時点での「個人が注目を集め続ける方法」だ。

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 この3部作?で一番反応が多いのが最初のやつで、「もうダメかもしれない」ってタイトルしか読んでないんじゃないかと思ってしまうコメントが多い。絶望したがってる人が多いのかな。
 この話題になると「今頃何言ってるんだ、ダメに決まってるだろ、ダメだダメだダメなんだよっ!」と熱く主張する人が必ず現れるんだけど、その過剰な情熱はなんなの?と思ってしまう。
 時代の流れとしてダメだから、勝てなかったのは自分のせいじゃない、という主張なんだろうか。
 CGMシーンの衰弱は商業化で起きるのではなく、こういう「負け組」の不満が臨界量に達することで起きるのかもしれない。
58ヶ月前
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いよかんさんの考察はすごいなあ
58ヶ月前
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うわあ。ネットの古き良き時代を知ってる人だあ。(なんか嬉しい)
42ヶ月前
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