エンディングまで泣くんじゃない。おわりとはじまりの闘会議2016
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エンディングまで泣くんじゃない。おわりとはじまりの闘会議2016

2016-03-06 22:49

    2016年1月30日、幕張メッセで筆者はボロボロと泣いていた。

    雪が予報された冬の日だった。ゲームイベント『闘会議2016』の会場では、1日目が終わる間際、『Splatoon シオカライブ2016』が開催されていた。紫と緑のサイリウムが、会場を埋め尽くす。無料で見られる開放されたステージだから、噂をききつけた人が次々とやってきて、「火事を見に来た」みたいな喧噪になっていた。「まんめんみー!」ディラッドボードに投影されたイカアイドルが声をあげる。続いて、重低音が響く。バンドアレンジされた「キミ色に染めて」が流れる。そこからもう、熱狂だ。
    このゲームを好きな人たちがこんなにいる。一体になって声を上げている。何度も見た風景だけれど、初めてみた風景で、こみ上げてくる感情を抑えられなかった。

    まあ、ええと、筆者は涙腺が弱いもので、翌日も泣いたりするんですけど。
    それもクロノトリガーのライブで。
    これがねえ、思い返してみるととっても良かったんですよ。
    ライブもですが、『闘会議2016』自体が。



    闘会議とは何か?

    闘会議は「ゲーム実況とゲーム大会の祭典」だ。1回目となる『闘会議2015』では、ゲーム実況をゲーム実況者と一緒に楽しめる「ゲーム実況ストリート」や、11人対11人で本物さながらにサッカーゲームをプレイする「リアルサッカー」、なかなか語られないPCゲーム系について特集した「自作ゲームエリア」などが話題となった。

    本年は会場を3ホールから6ホールに広げ「賞金総額だいたい1億円」のゲーム大会が目玉とされた。全国予選を勝ち上がった選手たちが幕張メッセで雌雄を決する。たしかにすごいんだけど、俺たちぬるゲーマーには関係ないんじゃないの? とも思われていたとおもう。

    で、闘会議2016なんだが、すごかった。
    なんというか、超会議&闘会議の集大成かつ、今後のイベント作りの水準を一つあげたようなイベントだった。だって、オープニングがあって、全員を誘導する目的があって、それぞれのエンディングがあるのだ。全体の体験がゲームになっている。この設計ってすごくないですか? ……す、すごくない? ……わかりにくい? あの、順番に語っていい? 

    お願いします、語らせてください!
    (※筆者は中の人でもあるが、一個人として語りたいので語る!!)

    巨大コントローラで遊ぶひとたち

    大規模イベントの楽しさとは何か?

    闘会議を語るのに、超会議を例にして大規模イベントの設計の基本的なところをみていく。

    大規模イベントの設計では、「目的コンテンツ」「非目的コンテンツ」のバランスがとても大事だ。目的コンテンツというのは、お客さんがそれを目当てにして、いの一番に消費するものだ。たとえば、「ボーカロイドマスターの同人誌がほしい」というものだ。非目的コンテンツというのは、同人誌を手に入れたあとで「戦車がついでにみれて楽しかった」というヤツである。目当てにいくほどじゃないんだけど、体験したらたのしいやつ。

    目的と非目的どちらが大事か? というと、優劣なく役割が大事だ。
    同人誌なら、まず朝イチで買いにいきますよね。集客としては目的コンテンツの量が1番大事である。会場限定の目的コンテンツがないイベントは、お客さんが来てくれない。だが、お客さんの「満足」という意味では、非目的コンテンツなのだ。「ついでにお相撲さんみれた、おもしれw」というのがイベント特有の体験になってくる。非目的コンテンツの価値がないなら、単なる同人誌即売会にいけば良くて超会議にいく必要がない。

    超会議はとてもよくできていて、マイノリティな目的コンテンツが大量に集まっている。誰かの目的コンテンツは、だれかの非目的コンテンツである。鉄道目当てできたけれど、コスプレのお姉さんが可愛かった。ゲーム目当てできたけどロボットコーナーで遊べた。そういう連鎖が”楽しさ”を生んでいる。


    勲章と、首から提げられる勲章ホルダー(2015のもの)

    分断されたゲームの世界をつなげる”勲章”システム

    では、闘会議はどうか。闘会議はゲームがテーマになっている。ゲーマーは全部のゲームが好きかというとそうではなく、得意ジャンルがかなりハッキリしてる。コンシューマーゲーマーは、アプリやアナログにあまり興味がないことも多い。
    超会議とちがってゲームは非目的コンテンツになりにくい。ゲームの催しは、どうしてもある程度ゲームをやりこんでいることが前提になりがちだ。知識ゼロのひとが楽しむには体験プレイになってしまう。体験プレイ程度あればネット越しに可能で、わざわざ幕張メッセまで足を運ぶ必要がない。

    闘会議はゲームが非目的コンテンツになりにくいことを解決するため「勲章」というシステムが入っている。ゲームを体験したり、勝利したりするとピンバッジが貰えるシステムだ。ゲーマーならお馴染みの「実績」の比喩で、お使いゲー気分で非目的コンテンツを回遊してもらおう、という狙いをもっている。これはイベントの"楽しさ"を作る上で、とてもよくできてる。

    VRラジコン戦車も体験すると勲章がもらえる


    闘会議にはオープニングがある

    闘会議に訪れたお客さんになりきって、闘会議をもう少しみていこう。

    闘会議の体験はこうだ。朝早くに幕張メッセを訪れると、もう待機列は室内にできている。会場にはいると「勲章ホルダー」がコスプレしたスタッフから渡される。パンフレットにはどの勲章がどの場所で貰えるか書いてあり、なんとなく話をしながら眺めることができる。室内だから寒くもない。行列に並んでいると、コスプレしたドリンク販売スタッフが巡ってくる。


    待機列でドリンクを飲みながら待っていると、10時の開場ともに「オープニング」が始まる。
    映像が投影され、「準備はいいか?」「おー!」のようなコールレスポンスをさせられる。
    門番のようなスタッフが入場ゲートを守っている。スモークと照明のなかからゲートがゆっくりひらいていき、お客さんを招きいれる。テンションはマックスだ。



    「入場ゲート」が来場者の前に立ちふさがる


    自分だけのエンディング

    闘会議の中には色々なコンテンツがある。目的のコンテンツを見終えたあとは、勲章をあつめながらなんとなく1日遊んでいると、そこかしこで「大会」が始まる。
    5000万円をかけたモンスターストライクの大会。
    初の世界選手権となったパズドラの大会。
    全国をトラックが巡ったスプラトゥーンの大会。

    ときは夕暮れだ。準々決勝、準決勝、決勝と続いたゲーム大会は熱戦を繰り広げ、やがて優勝が決まる。

    5000万円をかけたモンスト大会

    MCは興奮し、優勝者は呆然としたような顔をしている。派手な音楽とともに特効が鳴り響く。これまで全国での戦いがここで決着ついたことを、全員が噛みしめる。
    音楽ライブのほうでは、その日1番に盛り上がる楽曲が演奏されている。冒頭に書いたシオカライブなんかだ。そのタイトルファンにとって、最も一体感を感じられる瞬間だ。

    そう、”一体感”なのである。闘会議は「オープニング」という一体感で始まり、勲章システムに導かれた体験をして、それぞれのステージの「エンディング」でまた一体感を感じて終わる、というストーリーができている。まるで、オープンワールドRPGのような体験だ。

    スプラトゥーン大会のエンディングでは全参加選手のスタッフロールが流れた

    これは意図した設計だろう。『超会議2015』にもエンディングがあった。会場中のすべてのステージで、終了時間にムービーがながれたのだ。超会議2日間をまとめたもので、ぐっとくる感動的なムービーだった。ただ、筆者は少しのりきれなかった。自分が体験した1番大事なコンテンツで、一体感を持ちたかった。イベント全体に一体感を感じるには、超会議は巨大すぎたのだ。

    闘会議2016は「オープニングは一つ、エンディングはそれぞれ」という形で、イベント特有の体験を提供した。他の大規模イベントにはあまり見られない、面白い試みだよな、とおもう。これ自体がゲームっぽい作りだし、けっこう汎用的に他のイベントにも使える発明だとも思うのだ。

    そんなわけで、超会議にもそろそろ行き慣れたし、ゲーム実況に興味ないから闘会議はちょっとね、というひとがいたら「闘会議よかったよ」とお伝えしたい。
    次はぜひ、朝から並んでみてください。


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