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カノン J.草薙は悩んでいた。
目の前には10×10×20cm程度の黒い塊がででん!と鎮座している。
(これを……まずは粉々に)
「でやぁぁぁぁぁ!!!」
両手で正面に握ったナイフを、竹刀よろしく気合い一刀振り下ろす。
(クッ……手強い)
ナイフの刃は、塊の中程まで食い込んだところで抵抗により止められた。
「っていうか、いったぁぁぁい!もー、何でこんなに硬いのよチョコが!!!」
これから作ろうとしているかわいらしい完成形は、口に入れたら、あんなにも甘く優しくとろける……ハズなのに。
阿萬の誕生日だと聞いたのだ。ついさっき。そして、地球の古いしきたりも同時に教わったのだ。曰く、「2月のお祝いには絶対にチョコレート菓子だ!」と。仕方ないではないか。航行中の戦艦の中では、既製品を買いに行くこともできない。たまたま覗いたキッチンに、これまたたまたまカカオ100%のチョコの塊を見つけてしまったら。
「作るしか、ないじゃない?」
己のお料理レベルはひとまず棚に上げておいて。
(こーゆーのは、気持ちが大事よね。うん!)
検索したレシピの中で、一番簡単――そうに見えた――チョコトリュフ。
溶かして、丸めて、ココアパウダーをふるうだけだ。
(これなら私にだって!)
エプロンを着け、腕まくりをし、気合いを入れて、いざ……!
そして、今に至る……のだが。チョコを湯煎で溶かすための下準備にカノンは、まず手間取っていた。
「……熱を加えればいいんでしょ? いいのよね!?」
どうにも手に負えない塊をそのままボウルに投げ入れ、電子レンジに突っ込む。……数分後。プスップスプスという妙な異音と共に、なんだかデロデロした不可思議な物体がボウルからウゴウゴとあふれ出していた。
「どーーーーーしてぇぇぇぇぇ???」
何故か異臭を放ち、黒煙を吐く居住区のキッチンルームの扉の外で。さっきからカノンの動向をうかがう亜麻色と黒の2対の目があった。
「かわいいねぇ」
やっていることは、なかなかにダイナミックだったけれども。
キッチンが未だ壊滅していないのが不思議なくらいだ。
「健気じゃないですか……できあがったらもらってあげてくださいね、責任持ってすべて」
「いやー……俺、どっちかっつーと辛党なんだけど。お前さんの方こそ、その顔同様相当な甘党なんじゃねえの?」
「……顔は関係ありません。珈琲もブラック派ですしね。それにアレは、貴方のために作っているものでしょう」
「おんやぁ? ヤキモチ~?」
「フッ……ご冗談を」
「心配しなくても、来月のあんたの誕生日にゃ、何か飴の菓子を作ってくれると思うぞ?」
「……彼女に変なことを吹き込まないでくださいよ?」
「さて、なんのことだか~?」
「もーーーなんでこーなるのーーーおおおお!?」
どんがらがっしゃん!と派手に何かがひっくり返る盛大な音と共にカノンの悲鳴が聞こえ、これ以上の甚大な被害が出ないようにと無言でじゃんけんをした2人のうち、パーをだした方の亜麻色の瞳の持ち主が、チョキをだした黒い瞳の持ち主に示されるまま、ひらひらと手を振って意を決したようにキッチンの中に入っていったのだった。
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