掌編小説「ある生活」
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掌編小説「ある生活」

2013-05-22 20:07

    献辞

    AAchan_Story)さんへ



    「大丈夫?」

    「ああ。」

    「・・・どこへ行ってもバレるんじゃないか、と思ってね。」

    「さすがにもう、逃げ場もなくなってきたわよね。」

    「・・・迷惑、かけるな。」

    「全然いいわよ、そんなの。」



    「ただいま。」

    「おかえり。」

    「月丸(ツキマル)、元気してた? 月丸、ママが帰ってきたよー。ちゃんとパパの言うこと聞いてた?」



    「整骨院、雇ってくれるって。」

    「・・・すごいな。」

    「まぁ、近所のおじいちゃんとか、おばあちゃんとかが集まる、小さな整骨院だから。――不思議なものね。自然体で接したら、すんなりと信じてくれたわ。」

    「・・・そんなもんなのか、世の中って。」



    「今日は、290円の『のり弁』ね。明日は『唐コロ弁当』にするから、我慢してね。」

    「悪いな。貴重な休み時間なのに。」

    「いいのよ、そんなこと。」

    「仕事、うまくいってるのか?」

    「ええ。わたし、めがねちゃん、って呼ばれて、整骨院内じゃちょっとした人気者なのよ。」

    「そうか・・・。」

    「あれ? ――さきに食べていいのよ?」



    「どうやってゲットしたんだ?」

    「吉川祥子の偽名で、保険証をゲットしたの。」

    「だから、その理由を聞いているんじゃないか。そんなもん、簡単に審査が通るもんなのか?」

    「そうね。わたしも、え、通るの? って驚いちゃったぐらいだから。」



    「――今日ね、患者さんから、『男関係はどうなの?』って聞かれちゃって。」

    「・・・なんて答えたんだ?」

    「『以前の旦那からDVを受けていたから、男はもうコリゴリです。』って、答えたの。そしたら、その患者さんが『でもねぇ、男と女は、太陽と月みたいなものでさ、二つで一つなんじゃないのかね?』って言うの。わたし、笑っちゃったわ。」

    「なんで?」

    「――だって、わたしとあなたじゃ、月と月になっちゃう*1じゃない。」



    「今日、市役所で、婚姻届を貰ってきたんだけど……。」

    「逃亡者の身の上で結婚なんかできない。」

    「…そうよね。」

    「・・・悪いな。」



    「今日は、お客さんから、お手製のパンを貰ったの。」

    「へぇ。」

    「一緒に食べましょう。」

    「ほんとに人気者なんだな、おまえ。」

    「いや、いい人ばっかりなのよ、お客さんが。」

    「おまえが食べろよ。・・・俺は、いいよ。」

    「そんなこと言わないで。ほら、分けましょう。」

    「・・・すまねぇな。」



    「……なにしてるの?」

    「あいつの、松本の、写真を切ってるんだ。」

    「……。」

    「もう、いい加減、すべてを精算しなきゃならないんだ。」

    「…あまり、自分を追い詰めないでね。逃亡のために多額のお金をもらったことを、そんなに気に病むことはないのよ。」

    「・・・ああ。わかっている。」



    「そろそろ計画停電の時間よ。」

    「・・・暗いな。」

    「ロウソク、用意しましょう。」

    「・・・でも、落ち着くな、暗闇の方が。」

    「私たちが逃亡者だから?」

    「ふっ。そうかもな。」



    「月丸が死んで、三ヶ月も経つのか・・・。」

    「…ええ。」

    「今年の干支って、何だったっけか?」

    「たしか、卯年じゃない?」

    「ツキ(うさぎ)が旅立った、ということは、――俺もそろそろ潮時かもしれないな。」



    「また難しい顔、してるわね。」

    「・・・いや、そんなことないよ。」

    「白髪、増えたわね。明日、染めてあげるわ。」

    「・・・すまん。」

    「……ほんとうに、どうしたの?」

    「いや、別に外に出る理由もないのに、髪の毛を染める必要もないんだよな、と思ってさ。」




    「――しかし、大変なことになってるな、世の中は。」

    「東日本大震災以降? …まあ、そうね。」

    「なぁ。」

    「ん?」

    「俺、老けたか?」

    「…そりゃ、17年も経てばね。それもお互いさまよ。でも、――ほくろの位置だけは変わらないわね。」

    「ふっ。そりゃそうだ。」



    「明美。」

    「ん、なに?」

    「迷惑かけたな。・・・今まで。」

    「え? なによ、それ。どういう意味?」

    「いや、なんでもないよ。」

    「……。」




     ――こうして平田は、
    20111231日午後1135分ごろ、警察庁本庁舎に出頭した。





    【注釈】

    *1 2013519日のニコ生“『想像ラジオ』(いとうせいこう著)感想枠2”中のコメントより引用。


    【解説】

    この会話体小説は、平田信(オウム真理教元幹部)と斎藤明美(元オウム真理教信者)の逃亡生活中の会話を叙したものです。


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