教育現場は閉鎖的な社会であるがゆえ怖い
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教育現場は閉鎖的な社会であるがゆえ怖い

2013-09-19 14:32

    世の中に数多く職業あれど教員ほど楽な仕事はない、とは某知人の弁である。

    人がどう思おうがその人の勝手とはいえ、さすがにそれはないだろうと思う。

    しかしその偏見は一生消えることはないだろう。

    学校(教師)は閉じられた社会だ、等と言われていて、「学校の常識は社会の非常識」とは某教育コメンテーターのおばあキャラの方のコメント。

    確かにそうなのだが、社会に普遍の常識あれど大なり小なりその職種独自の他業種からは理解されない常識なんてどの職種にもあるのではないか?

    教師だけが特別閉鎖的な社会であるとは言えないのではないか。


    そしてまたその偏見を助長させるようなニュースが出てきてしまった。

    そう浜松日体高校バレー部顧問によるびんた13(14?)連発事件である。

    気合をいれるためだか、弱気を吹き飛ばすためだかわからないが、ビンタする意味があるのか?

    ただこれは社会の常識を知らないのとは無関係に昔そのような指導を受けてきた結果とその人の人間性にあると思う。


    確かに学校は他の施設との関わりをなるべく持たないようにするところがあるかもしれない。今回の事件は明らかに暴行事件であり、刑事事件である。

    また「いじめ」も「校内暴力」もすべて警察沙汰になるような事件なのだろうが、学校内というある種聖域となっている場所で起こったというだけで学校内ですべてが完結される。

    こういったことが閉鎖的と言われる要因になるのだろう。

    現在は開かれた学校を目指した組織づくりに着手し始めた段階である。

    しかしそれは限定的であるゆえ、浸透していない。これからの課題だろう。


    そして学校(教員)不信の最たる例であろう例がこの間の記事でも書いた、静岡県の学力テスト下位学校の校長名公表という話題だろう。

    学力テストの結果が全国最下位になったのには、教員の指導力不足による結果、生徒の予習復習不足、環境の整備不足、色々な原因が考えられるが、校長名発表をすることにどういう効果があるのかはまったく謎である。

    罰することに教育効果はない、という今の風潮があるわけで、この下位校長名発表というのはそんな罰と同じことだと思うのだが、静岡県知事はどうなのだろうか。

    またこの県知事の行為は越権行為である。静岡県知事に校長名を発表するという権限はないわけで、それらその県の教育に関わることに関することをは教育委員会が決めることである。

    現状教育がうまくいっていないのであれば、教育委員や委員長をよりふさわしい人物に任命し、教育により多くの予算をつけることが県知事のする仕事なのではないだろうか。(しかも小学校は大体が市教育委員会の範疇であるわけで)

    そしてこの知事は学力テストの結果を持参した教育委員会に対して、発表サせる気がないなら持って帰れと言い放ったのである。

    どの地域のどの学校が下位なのか理解してどういった原因が考えられるのか、そういったことも理解しようとせずにただ順位が最下位だったから教員が悪い、だから下位の校長名を発表するというのは短絡的すぎではないだろうか?


    それも始まりは学校不信と教員の質に落ち着くとなれば鶏卵である。

    とにかく今の教育(現場)には改革しなくてはならないことが溢れている。

    国を良くするためには教育が第一であるのだから、期待せずにはいられない


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