ソビエトには弁護士制度がありませんでした
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どうも、薬理凶室のケダモノ、亜留間次郎です。
なぜソビエトに弁護士制度がなかったのかというと、

レーニンさんがドチャクソ弁護士嫌いで、
革命直後にロシア帝国の弁護士制度を廃止して、
大粛正したからです。

レーニンさんは、法学部卒で弁護士見習いだったのに、レーニン全集を見ると、

弁護士を「インテリ階級のクズども」と呼んで、ボコボコに貶しています。

そんなソビエトが崩壊してロシアになると、弁護士制度を新しく作る動きが現れ、ソビエト崩壊から三十年かけて弁護士制度を確立させました。
ロシアの弁護士法は2002年5月31日に制定された「弁護士活動および弁護士制度に関する連邦法」が始まりで、

それまでの弁護士は、法的根拠の無い自称弁護士でした。

司法試験が始まったのは弁護士法施行後の2003年から。
そして、2016年に全国統一になるまでは、試験も地域ごとにバラバラだったのです。

現在のロシアには8万人を超える弁護士がいますが、このような事情から、ロシアの弁護士制度は意外なほど新しく、三十年の道のりは大変カオスでした。

ワシが書いたなろう小説で、ソビエト崩壊により政治指導員になる夢を無くした主人公が、新しく弁護士になる夢を見つけたのも、そんなカオスな時代背景を元にしています。

●イシュコフの遺産 - カクヨム 

この回に弁護士の話が出てきます。

作中に登場したアレクサンドル・アルカディエヴィチ・スモルスキー先生は実在の人物で、ウラジオストックに本部を置く沿海地域弁護士会の設立メンバーの一人。
ソビエト崩壊後の混乱期に極東で弁護士として活動した中心人物の一人です。2022年8月にお亡くなりになりました。 

そんな「おそロシアな弁護士事情」を、今回は全三回の短期集中連載でご紹介しようと思います。
まずは歴史の話からどうぞ。

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