• その界隈の人間にはひどく怒られそうな話

    2020-09-20 05:24

    どうもです

    友人と話していて、音楽を聴く理由や姿勢があまりに真逆で面白いなあと思っている中、

    実はアイドルソングとボーカロイド楽曲というのは似ているのではないだろうか、

    とちょっと思ったので何となく書き記しておく。

    おそらく双方の界隈の人間はあいまみえることがないと思うので、

    その手の人が聞いたら大激怒しそうな話ですが、

    まあはたから見るとこんな意見もあったりするくらいの感じで軽く流してください、


    まず初めに、音声が平均化されていること。

    ボーカロイドというのは、モデルの声があり、

    それを音程に合わせて調整したりなんなりでできるため、

    非情に楽譜通りと言える。

    一方、アイドルソングは基本的に複数人で歌うのがベースなので、
    (TOKIOみたいな役割決まってるパターンは除く)

    基本的に複数人で歌うという行為は、個性を削ぐんですよ。

    合唱もそうなんですけど、声を合わせて歌う以上、勝手なことをできないんです。

    皆が普通に歌う中、一人だけ中島みゆき居たら浮くじゃないですか。

    そういう意味では、それぞれの個性を削いで削いで、

    平均化された音声、表現になっていくので、これも楽譜通りに近いものだと思う。

    という一つ目の共通点。


    二つ目、一般的にアップテンポで盛り上がりやすい曲が人気であること。

    これはまあわかりやすいかなと。

    そんなの大体のアーティストそうじゃんと思われるかもしれないですが、

    そのアーティストのコンセプトうんぬんがあるのでそんなことも無いです。

    米津玄師のLemonもLoserも馬と鹿も明るい曲じゃないし、ノれる曲ではないし。

    でもアイドルとボーカロイドで求められている(ように見える)ものはそういった、

    明るく、テンション高く、言ってしまえば「バカになれる」曲

    ボカロであれば、メルトのような甘ったるい曲から、

    みっくみくみたいな歌ってる媒体そのものをさしたもの、

    マトリョシカのようなどんちゃん系、千本桜的なノリ系、

    曲自体はアイドルソングっぽくはないですが、

    そういう売れている曲を系統で見るとアイドルソングっぽいですよね。

    みっくみくにしてあげるとモーニング娘もWowWowはやってること本質一緒ですよね。

    あとはすごくわかりやすい恋愛ソングに、盛り上がる系。

    実にアイドルソングの踏襲という感じがする。


    その3、そういった曲になっていく場合、基本的に歌詞にあまり目を向けられない。

    正直、双方ともそういった目線としては「意味の有る歌詞は求められていない」

    そもそも歌詞なんか聞いちゃいない人間の方が圧倒的に多いと思うし、

    覚えやすい、わかりやすい、キャッチーな言葉選びで、

    言ってしまえば読み物として浅いものが多いという点

    もちろん、いや、歌詞めっちゃ重視してるやつあるからwwww

    っていう意見が出るのはわかる。

    それは双方そう。

    それはあくまで、その中に入り込んでいるあなただからわかるのであって、

    ボカロはわかんないけどこの曲は知っている、

    AKBはよくわからんけど、この曲はよく聞くよね、

    に該当するものの話である。あくまではたから見ている目線だし、

    実際そういう曲を重視して作られているし、その方が売れているよねという話。

    こういうのもある、というのはあくまで事象として存在しているって話で、

    表向きに目につくようによくやっていることは、という話。


    4つ目、育った土壌が、大衆の目にさらされる環境であること。

    アイドルソング、ボーカロイドのような曲ではなく、

    一般的なJpop聞くときって、他人と聞くとか、誰がどういうリアクションをとるかとか

    今はまあ昔に比べてスコープしやすい環境にはなりましたが、あんまり考えませんよね。

    ボーカロイドの面白かったところは、まずニコニコ動画という媒体で流行り、

    それが、コメントという形で、お互いの感覚を共有しあえるんですよ。

    その曲特有の共通のネタや、弾幕、

    これってアイドルのライブのコールにすごく似ていません?

    みっくみっくにしてやんよで埋め尽くされること、観客が全く同じ言葉を叫ぶことは、

    本質的にやっていること一緒ですよね。盛り上げというか盛り上がりというか。

    常に横には同じように見ている人間がいて(ニコニコの場合、時系列のズレはありますが・・・)、

    その人間たちと、感覚や感情を共有することが出来る。

    これも非常に似ている。


    その5、ビジュアルが前面にあること

    ボカロに関しては時期もありますが、登場するキャラクター有りきみたいなところ

    ありましたよね。一枚絵でもミクが描かれたり、動画でもミクが主役だったり。

    メルト然り、千本桜しかり、みっくみく、マトリョシカ然り・・・・

    モザイクロールなんかもGUMIがなんかしますよね。

    アイドルも基本的にはビジュアルありき(というかそっちがメイン)なところがあるので、

    そのあたりも少しだけですが似ている感じがしますね。



    といろいろ考えたときに、属性としては双方似ているのかもしれないなと思った次第。

    もちろん、「いや、アイドルソングでもソロはあるし、そういう人はうまいし」とか、

    「いや、ボカロにも抑揚あるし、ミクちゃん感情込めて歌ってるから」って

    いう人はいるかもしれませんが、

    それは僕もそう思いますし、そしてそれは、さっきも言ったように、

    あくまで内側でそれを見てきたからであり、

    はたから表面をあっさりさらったらという話。

    youtubeとか別媒体でボカロ知る可能性もあるので、全部が全部ではないと思いますが、

    以外と似ているし、その割に双方全く別物として、互いに忌み嫌っている感じがして、

    面白いなあと思いました。

    多分ドルオタにアイドルソングってボカロっぽいよねって言っても、

    ボカロ好きにボカロ曲ってアイドルソングっぽいよねといっても、

    おそらく理解されないし、ブチ切れられそう。こわいこわい。

    まあ共通点をいくら探したところで、違うところもいくらでもあり、

    99同じ物でも1つ違えばまったくの別物だとする考えもあるわけで、

    たまたま、どっちかを好きになっただけという話で、それが悪いとかもありません。

    ただ分析してみたら面白いねえっていう。

    この話に自分からなんか結論とか偉そうなことを言いたいわけではなく、

    なんとなくふと思ったのでまとめたくらいの感じです。オチとかは無いです。

    終わり。


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  • LiveS

    2020-08-29 23:55
    まさか、昨日読み始めて、感銘を受けた漫画が、

    緊急事態宣言直下の1巻発売で売り上げ出ず、存続の危機に瀕していたなんて、

    思ってなかったってのが昨日の話で、

    その作者の訃報が今日発表されるなんて、

    思うはずもなかったってのがさっきの話で。



    お疲れ様です。

    ちょっと感情の整理をしに来ました。

    ただの独り言で検索に引っかかりたくないので、

    漫画の名前も作者様の名前も出さないでおきます。

    まあ、日付が出るので、読んだ人は誰なのか探せると思いますが・・・・



    子供のころから、僕はあれこれ何でも興味があるタイプの人間でした。

    昔ほどアンテナは広くなくなった気はしますが、今でもそうだと思います。

    単純に、見てみたいとか、やりたいとかもあれば、

    こんな世の中にしたい、誰かのためになるようなことがしたいと、

    夢と呼ぶには憚られるような小さなものから、

    身の程に合わない笑われてしまうものまで、

    やりたいこと、数々あったと思います。


    自分の周りには現実的に考える人間が多かったように思います。

    理屈っぽいというか、「これが当たり前だから」「そういうものだから」と、

    道を外そうとした人間を道に戻そうとする人が。

    こういうのの最たる人間は親であったり先生であったり、

    色々あると思いますが。

    身の丈に合った現実を見よう、あなたはそこには行けない、と。

    何度も何度も言われているうちに、

    その夢の一つ一つに蓋をしていってしまいました。

    今大人になって仕事に就いて、

    何が楽しいのかもわからないような人生を送っている。

    生きるために生きているような、

    いつ死んだとしてもなんとも思えないような、

    そんな生き方をしていた。


    それでも時々、蓋をしてしまった夢たちが、

    何かの拍子に顔をのぞかせることがあって、

    そのたびに、君たちは出てきてはいけないよと、

    声をかけるだけ。



    この漫画に出会ったとき、その蓋がバっと開いて、

    中身のすべてが飛び出してくるようだった。

    その主人公はもともと病気で、ずっと入院していて、

    誰かと一緒に遊ぶこともできない、

    同い年の子たちと同じように、普通に生活することが出来ない。

    それでもどうしようもなく生きていたくて、

    やりたいことなんでもかんでも、

    全部夢だと、絶対に生きてかなえたい夢だと、

    そう言ったんです。

    同学年の人間にそんなのが夢だと笑われようとも、

    そんなのできるがわけが無いと先生に罵られても、

    かなえるためにまっすぐ進むその主人公が、

    僕にはとても輝いて見えた。


    あぁ、同じ気持ちを持って、

    それでも前に進もうともがいている人がいる。

    あれもそれも、全部、全部、

    僕にとっては夢だったのだと、

    あの時未来を思い描いていた自分は、

    それでよかったのだと、気づかされてくれました。

    ずっと否定してきた二十数年生きた自分を、やっと肯定できるようになった。


    その作者さんも、きっと同じだったのだと思います。

    打ち切りにせざるを得ないと聞いて、

    それでも書きたいこと、書かなきゃいけないことがあると、

    必死にもがいていた様が今もTwitter上に残っていた。

    それは作者さんが、どうしてもかなえたかった夢だったんだと思います。



    あなたが死んでしまったら、誰がその夢を叶えるんですか。

    あなたが死んでしまったら、誰がその主人公の夢を叶えてあげられるんですか。

    あなたが死んでしまったら、誰が、

    あなたの漫画を、あなたが描きたいと思った最後まで読んでみたいという

    僕の願いを叶えてあげられるんですか。

    僕の、見届けたいという夢は、どうやって叶えたらいいんですか。



    どうかあなたが、抱えた夢に絶望して、自ら命を絶ったのではないと信じたい。

    あなたが絶望してしまったら、あなたの作品に希望を見た人たちは、

    一緒に絶望してしまうのだから。

    どんな形でもいいから、できる限り、生きて、続きを描いてほしかった。

    あなたの作品に希望を見てしまったのだから。



    もし夢が叶えられなくなったのなら、新しい夢を探せばいいと、

    あなたは、あなたの作品の中で言っていた。

    あなたが死んでしまった今、

    どうも僕には、そんな風には思えません。

    逃げてもいいと言ってくれたから、

    あなたのところに逃げてきたのに、

    次はどこに逃げたらいいんですか。



    世界は理不尽が多すぎる。

    願ったことは叶わないのだと突きつけてくるような。

    でもそこまでしなくたっていいじゃないか。

    一人の、夢を抱いてひたむきに頑張っていたその人を、

    死なせてしまわなくたっていいじゃないか。


    この悲しさと、

    怒りに似た感情を、

    どこに向けていいのかわからない。

    すっと全身から力が抜けるようで、

    突然壁を殴りつけたくなるような、

    塀を蹴りつけたくなるような衝動に駆られて、

    ふらふらと、もう自分が何を考えているのかもわからないように。



    自分の手の届く人だけでも、助けられたらいいと思っていた。

    身近な大切な人間だけでも。

    齢23、それは奇しくも僕の年齢と同じで、

    それでも戦おうとしたあなたに、僕は自分を重ねてしまった。

    それはかつて見捨ててしまった、なれなかった自分の一人のようで。

    そんなあなたを、助けることは出来なかっただろうか。

    あの漫画を読んだ瞬間から、あなたは僕にとって大事な人になってしまった。

    どうすれば悲しまずに済むんだろう。

    どうしたら悲しい人を、悲しませずに済むんだろう。

    遠く遠く手の届かない大事な人まで。

    どんなに考えても、無情にも、

    「お前にできることは一つもなかった」と、

    もう一人の自分が言葉を浴びせてくる。



    もしも自分があなたのように、

    かつての夢を追い続けて、その夢に少しでも近づいて、

    その結果、あなたのようなすごい人の隣に肩を並べられるような人間になって、

    あなたのそばにいることができたなら、

    こんなことになることを、止めることができたのだろうか。

    病気だったら、その病気が治るような研究を、

    自ら絶ってしまったのなら、あなたのそばにいて、あなたに寄り添うことを。

    実現し得ない沢山のたらればが、重くのしかかってくる。



    残った自分にできることは数少ないけれど、

    一つできることは、あなたを、あなたの作品を、

    いつまでも忘れずにいることだと信じている。

    あなたのそのひたむきに夢へと向かう姿が

    あの主人公が生きて、楽しんで、夢を追っているあの瞳が、

    あんまりにも綺麗だったから、

    その冷たくなった喉笛にいつまでも噛みついていたいと思う。




    いつかあなたと肩を並べられるように、

    僕は前に進もうと思います。

    僕の手元に残った夢は数少ないけれど、

    あの主人公と同じように、少しずつ少しずつ、前に進んでいきたいと思う。




    いつかあなたと肩を並べられるほどの人間になって、

    いつかあなたに合うことが出来たのなら、

    あなたの描きたかった、あのお話の続きを、

    もしよかったら教えてください。
  • 懺悔

    2020-08-16 23:45
    久しぶりです。

    気が付けばもう夏真っ盛りですね。
    今年はコロナの関係でGWも盆休みも遊ぶに遊べない雰囲気で、
    かといって家にいてやれることも限られていて、
    こんなに味気ない夏もあるもんだなあといった気持ちです。

    こんな世の中で外に出ることもないまま、
    まあブログのネタなんて浮かぶわけもなく、
    とぼとぼと適当に日常を過ごしていたのですが、
    最近米津玄師のNewアルバムが発売されまして、
    毎度のごとく収録された曲についてお話していきたいわけです。

    初めに言っておくと、今回はあんまり明るい話ではないです。
    このブログが明るい話であったためしがあったかどうかは、
    微妙なラインではありますが。


    さて、このアルバムには「優しい人」という曲が入っております。
    聞いて歌詞を読んだ人はわかると思うのですが、
    分かりやすく、俗っぽい言い方ですが、虐められる人が出てくる曲です。

    この曲について思うところがあるのでいろいろ話したい。
    あ、悪い風に言うとかそういうのではないです。
    そういう風に取られたら申し訳ない。

    人間生きてきたら、身の回りで、だれがいじめられているとか、
    誰がいじめているとか、そういうの目に移ることってありますよね。
    もしかしたら、加害者でも被害者でも、当事者である人もいるでしょう。
    そういうのを見て、正義感とともに前に出た人も、
    見て見ぬふりをしていた人もいるでしょう。

    この曲はその、「見て見ぬふりをする人」の立ち位置の曲です。

    僕はどの立場にもいた事があると思うんです。

    まず、僕が見て見ぬふりをしていた時の話。
    重度なものではありませんでしたが、小学校、中学校と、
    僕がいたクラスには目に見えて虐げられている人がいました。

    僕はその人を好きでも嫌いでもなく、
    おそらく、周りの人間がそんなことをしていなければ、
    その人が、そんな風にされるような人だとは思えなかったことでしょう。

    僕には無いいろんな知識を持っていて、
    負けず嫌いで、何かしら知識の対決をしては、
    どちらかが悪態をつくような。
    そういう意味で、僕には美しく見えていたようにも思えるし、

    でもその虐めの渦中にあるその人を、
    助けることはできたのかもしれないけど、手を差し伸べなかったのは、
    それは自分にとって醜い人間の位置にいたからなのかもしれない。


    逆に自分はいじめられる側だった時もありました。
    飛んだ理不尽もあったもんだと思いましたが、
    面白がる人間も、巻き添えになりたくなくて、
    見て見ぬふりをする人間も、正直めちゃめちゃ腹が立ちましたが、
    特に誰かに手を借りるでもなく、
    自分は自分なだけだと思って何とか過ごしていました。

    僕はいじめる人は明確に悪い人だと思っています。
    おそらく生きているうえで、自分がいじめてしまったことすらあったと思うのですが、
    そういう自分は嫌いなので、二度と出てこないようにしている。

    で、そういった虐めを見て見ぬふりしか出来ないことも
    悪いことだと「思っていました」。

    この「優しい人」に出てくるように、

    「気の毒に生まれて、汚されるあの子を、
    あなたは「綺麗だ」と言った」と思える人が正しくて、
    「とても醜く映った」私は悪い人間だと。

    「周りには愛されず、笑われる姿を
    窓越しに安心」して、
    「ババ抜きであぶれて取り残されるのが
    私じゃなくてよかった」と思うことが、
    悪なのだと、そういう風に思っていたんです。

    そういう自分が嫌だったし、
    優しくなりたいと、正しくなりたいと、
    そう思っていました。

    ただ、ある時かなり衝撃的な体験をして、
    それは「3月のライオン」という漫画で、
    登場する主要キャラ(ヒロイン…なのか?)が、
    虐められた友達を助けて、自分がいじめの対象になって
    ボロボロになって帰ってくるというお話があるのです。

    その時、その子のおじいちゃんは、
    「友達を助けたんだ、胸を張れ」と、その子をほめたたえるのですが、
    その子のお姉さんは、そのおじいちゃんが言った風には思えないと言うのです。
    「正義なんてどうでもいいから、逃げてほしかった」と、主人公に零すシーン。

    それまでとても強くて、賢くて、だれよりも正義感があって、
    しっかりしていそうなそのお姉さんから、
    自分の妹にはひどい目に合わないでほしい。そのために、
    見て見ぬふりをしてほしかったと、そういう風に言うのです。

    その時僕はハッとして、
    他人のために献身できる、所謂ヒーローのような人間なんて、
    普通に考えて、いないんですよ。
    皆自分の大事なものが愛おしいんです。
    それは、自分という人間の人生であり、
    自分の大事な人であったり。

    助ける人間は、その助けるという行為そのものが、
    その人にとって何よりも大事なだけであり、
    もし傍観している人間にとって、そのいじめられている人が
    何よりも代えがたいものなら、どんなことがあっても、
    助けるなり、身代わりになったりすると思うのです。

    それは助けるという正義を貫いたことを違うと言いたいのではなくて、
    人間は、そんなに強い風に、本来できていないということ。

    逃げて帰ってきたんだとして、安全であったことを、
    よかったと思ってくれる人間が、逃げた人にはいるんですよ。

    もし逃げてしまったことを、悪いと思ってしまって、
    どうしようもなくそれが胸にしこりになっている人がいるのだとしたら、

    少なくともこの曲は、責めも、肯定もしていない。

    「なりたい」という言葉で締めくくるのは、
    なりたいと思うまま、なれずに終わることの示唆でもあり、
    いままで、なろうと思ってなれなかった人へ、
    もう一度チャンスをあげるような歌詞でもある。

    ただ僕が言いたいのは、この曲の主人公のような考えを持ってしまったことを、
    悪いと思う必要は無い。

    それは、どちらの経験もしたことがあるうえで、
    あの時僕を助けてくれたことで、
    同じように、虐げられる対象となってしまう人間がいたのだとしたら、
    その人には、そんなことはしなくていいと言いたいし、

    自分が逃げてしまったことを、正当化するではないけども、
    結果として、その期間だけは、僕は安全に暮らすことが出来て、
    不要な心配を、両親や兄弟にかけることもなかった。

    本当に醜いのは、醜い人間を、醜いと思いながら、
    醜いと口に出して、無邪気な気晴らしの的としてしまう人間であるということを、
    それだけは忘れてはいけないけれど。

    まあ、虐められている人間に、
    見て見ぬふりをしている人を、恨まないでやってくれなんてのは、
    絶対に言うことはできないけども。

    僕は一度そっちに回った人間として、
    見て見ぬふりをする人に、それでいいと、言ってあげたいと思う。
    優しくなりたいと、正しくありたいと、きれいになりたいと、そんな風に思わなくていい。
    あなたはそれで正しいのだと言いたい。

    もし自分の大事な人が、何かを見逃してしまって、
    それによって深く傷ついて、悩むことがあるのだとしたら、
    それでいいんだと、抱きしめてあげられる人間でいたい。

    ーーーーーーーーーーーー

    いじめられる側の人間の目線になった時、
    この曲はひどい話だな、と思われてしまっても仕方のない曲ではあると思う。
    そういう側面を孕んでいる曲でもあると思う。

    さっきも言ったけど、僕がいじめられる側の時は、
    いろいろと恨んでやりたい気持ちでいたし、
    それは正しい面持ちであると思う。

    それを否定することはできないし、
    そういう人間が、この曲に異議を唱えたり、嫌悪感を覚えたりすることを、
    止めたりすることは出来ない。

    この問題について、虐めの加害者以外の人には、
    どんな感情を持っていたとしても、「それでいいんだよ」と、
    言ってあげることしかできないのだろう。

    ーーーーーーーーーーーー

    恨むなら恨んでほしかった。
    嫌いなら嫌いと言ってほしかった。
    僕があの時逃げてしまったことを、
    口汚く、罵ってくれたらよかったんだ。

    あの子はあの学校を離れてしまう最後まで、
    ただただ我慢をしていたのだろう。
    どうしようもなく、だれにも手を指しの手べ手もらえないまま、
    それはもう、僕がそうだったように、唯々耐えていた。

    言ってくれて良かったんだ。
    あなただけは助けてくれと。
    見方でいてくれと。
    傍にいてくれと。

    そんな僕を、あなたは、
    やっぱり、悪い子だと叱るのだろうか。
    それでよかったんだと、
    笑ってくれるだろうか。