• このエントリーをはてなブックマークに追加

  • 小説『神神化身』第四十二話 「EverydayClothes in Fuchu」

    2021-03-05 19:0023時間前
    Twitter公式アカウント(@kamigami_keshin)にて連載中の小説『神神化身』本文アーカイブです。


    小説『神神化身』第四十二話

    EverydayClothes in Fuchu

    「ねえねえ所縁くん。今度の日曜日、ちょっとばかりお買い物に付き合ってもらえません?」
     昏見有貴がそう言った時、面倒なことになったという感想が出た。プライベートがよく分かっていない相手が、わざわざ自分を誘ってくるのだから、これはもう何かあると予想して然るべしだろう。少し悩んでから、皋は一応の抵抗を試みる。
    「…………ぜってえやだ」
    「私はいつも所縁くんの為に時間を割いているじゃないですか」
    「お前の時間、大体押し売りじゃねえか」
    「なんてことを言うんですか。私は忙しい日々の合間を縫って、時間をサクサクに仕上げているというのに」
    「仕上げてほしいって一回も言ってねえだろ。バターを塗ってオーブンに入れんな」
     第一、こうして自宅の中に入れるのでさえ、まだ一度も許可していないのだ。『気づくといる』という状態を拒まない時点で皋の負けである。
    「というか、あの多忙な萬燈先生ですら来てくださるんですからね! それでも日がな舞奏の稽古以外やることのない皋・余暇の王・所縁が断るんですか?」
    「えっ、萬燈さん来んの? 最近あの人マジで付き合い良いな。全力食堂のエビフライを食べに行く為だけの浪磯の旅にも来たし……」
    「まあ、あれは……萬燈先生は萬燈先生で別のお目当てがあったようですから。個人的なお楽しみがね」
     昏見が意味ありげに言う。恐らくは、萬燈が浪磯に着くなり単独行動に向かった件を示しているのだろう。どこに行ったのかは結局尋ねなかったが、何か目的があったに違いない。戻って来た萬燈は六原三言と九条比鷺を連れていたから、単純に二人を呼びに行くのが目的だったのかもしれないが。
    「あの時、何してたんだろうな」
    「気になるなら萬燈先生に尋ねてみたらどうですか?」
    「や、なんかそれもな……って。浪磯って海綺麗だし、そういうところを歩くことで小説のアイデアを得たりしてたんじゃないの」
    「そうかもしれませんねえ」
     特に感心もしていなさそうな声で昏見が言う。こうしてすげなくあしらわれるのも、なんだか悔しい。推理を適当に流されていた駆け出しの頃を思い出す。ややあって、皋は言う。
    「……わかった。行く。どうせ萬燈さんほど忙しくもないし、やることもないし」
    「本当ですか! やったー! 言質だ!」
    「言質だ! じゃねえよ」
    「それじゃあ待ち合わせの場所と時間は後でご連絡しますので」
     昏見が楽しそうに言う。その様を見て、なんだかちょっと気分が沈んだ。

     

     そして当日、待ち合わせ場所に向かう時も、沈んだ気分と居心地の悪さが抜けなかった。稽古のために舞奏社に行くとか、ミーティングの為にクレプスクルムに行くのとは話が違う。今日は完全にプライベートの外出なのだ。だから、気を張ってしまう。
     待ち合わせ場所には、既に昏見が来ていた。
    「あ、所縁くん。おはようございます! 今日も喪服か就活生みたいなスーツがお似合いですね」
    「うぐ……」
     昏見がにこやかに笑う。その横で、綺麗に結われた三つ編みが揺れた。
     これだ。これが嫌だったのだ。プライベートな外出だと、絶対に私服の問題が出てくる。
     基本的に、皋は服をスーツしか持っていない。探偵をやっていた頃は、どこに行くにも同じデザインのスーツを着ていた。
     どこで事件に遭うか分からない世界だから、プライベートですら気が抜けなかった。近所のコンビニに行くようなスウェット姿の男が推理を披露しても説得力が無いし、皋所縁の名前が売れた後はパブリックイメージ的にもゆるい格好が出来なくなった。
     その結果が、私服を用意出来ない今の皋である。クローゼットに入っているのはずらっと並んだ黒いスーツだけであり、探偵を辞めた後も惰性で着続けている。上に羽織るアウターだけは防寒性の高いものを買い足したが、中身はここ数年変わり映えがしない。
     いざ好きな服を着ろと言われても、何を選んで良いかわからない。唯一良かったことは、この国では成人男性が毎日スーツを着ていても目立たないところである。
     そんな皋のことを、昏見は容赦無く弄ってくる。だから来たくなかったのだ。お出かけ用の服など持っていない。ここに来ただけで負け戦だ。悔し紛れに皋は言う。
    「……お前はまたご機嫌な髪型してるな。なんだそれ」
    「可愛いでしょう。綺麗に三つ編みが出来ました。私くらい髪がサラサラだと、逆に編むのが難しいんですよ」
     ウェスペルじゃない昏見と初めて街中で会った時も、その髪に目が向いたことを思い出す。最低限の変装しかしていない彼を見て、その艶めいた長髪が地毛なのかと素直に驚いたことも。
     あの頃といえば、皋が限界まですり減っていた頃だった。
     あの時と今では、状況も関係もまるで違う。思い出す度に苦しくなっていた日々が、今思い出すと少しだけ柔らかいものになっていることを感じる。その変化が単に良いことかは分からないが。
    「私は背が高くて顔が綺麗なので、こういう髪型も似合っちゃうんですよね」
     まっすぐに言われると否定が出来ないのも悲しい。薔薇の付いたダークグリーンのジャケットも、三つ編みも、昏見だからこんなに似合うのだろう。独特な非日常感が、かつて思い描いていた怪盗の休日っぽいところは好感が持てた。
     おまけに、昏見は服にそこそこお金を掛けるタイプだ。ファッションのことはよく分からないが、お金が掛かっているかどうかは何となく分かる。被害者の着ているもののグレードで身元を推量していたからだ。金回りが良さそうな人間が殺されたのなら、その時点である程度の人間関係や動機が絞り込める。我ながらあまり嬉しくない杵柄だが、探偵時代の癖はそうそう抜けない。
     断言する。ファッションに対する価値観は昏見とは一生合わないだろう。
    「萬燈さんはまだ来てない?」
    「いえ。もういらっしゃってるんですが……あそこですね」
     指を差される前に、もうファンの応対をしている萬燈が見つかった。彼はどこにいても分かりやすい。格好が目立つのだ。上等な生地を使った白いコートの中に、七宝柄の和服を着込んでいる。帯にオレンジ色を選んでいるのは、闇夜衆を意識しているのだろうか。
     おまけに、本人自体のオーラも凄い。あそこだけ光の当たり方が違うような気すらする。サインを終えてこちらに来る時に、思わず身構えてしまった。
    「おう、皋」
    「応対お疲れ。今日も和服か」
     萬燈夜帳の私服は和装が多い。
     勿論、シチュエーションや要望に応じて洋服も着ているようだ。この間インタビューを受けていた時の服装は、黒のテーラードジャケットに濃紺のシャツを合わせるという、どこぞのハリウッドセレブのような格好をしていた。そちらも様になっていたなという気持ちと、小説家兼作曲家ってこんなキメキメに写真撮るもん? という気持ちで複雑な顔になってしまった。
     いずれにせよ、萬燈は惚れ惚れするほど見栄えがいい。
    「似合うだろ? こいつは浪磯に行く時に仕立てたもんだが、帯と半衿を替えてみた」
    「いや、本当に似合う。それはもう否定のしようもないわ」
     前に「文豪って和服のイメージだよな」と、適当なことを言ったことがあるのだが、萬燈には真面目な顔で「だろうな」と、答えられた。恐らくは、そういうイメージを反映して選んでいる服装なのだろう。萬燈の趣味というよりは、周りの趣味を反映した結果、というか。しかし、周りの期待に応えることが萬燈の趣味であるということは、逆説的に萬燈の趣味であるということなのだろうか?
    「萬燈先生はお洒落ですね! 一緒に歩くと気後れします」
    「お前の伊達男っぷりも負けてねえよ」
     こういう時、萬燈は皋の方に話題を振らない。一度、皋が苦虫を噛み潰したような顔で応じるのを見てから、気を遣っているのだ。ありがたいはありがたいが、これもまた別の辛さがある。
     今から、この個性豊かな面白人間博覧会達と並んで歩くのだと思うと、さっさと逃げ出したくなってしまう。
    「さあ、行きましょう! 私達のドリーミング・トワイライト・ジャーニーへ!」
    「もうそのネーミングだけで帰りてえんだけど……ていうか萬燈さんは普通に歩いていいのかよ。また初詣の時みたいにパニックが起こるんじゃ」
    「初詣ほど一所に集まってるわけじゃねえからな。上手い具合に応対していきゃあ平気だろ。目的地もここからそう遠くねえしな」

     

     そうして連れて来られたのは、とある洋品店だった。一言で言えば、皋が絶対に入らなそうな店だ。
    「何? 俺に対する新手の拷問か何か?」
    「お店に失礼ですよ。私、新しいネクタイが欲しくて。一緒に選んで欲しいなって」
    「なんでそれで俺なんだよ。萬燈さんだけでいいだろ。まだおすすめの小説とかのが役に立てるっつーの」
    「俺が選んじまうと似合うもんになっちまうからな」
     萬燈が顎に手を当てたまま、思わしげに言う。いや、だからそれでいいんじゃないか? と思うのだが、どうなのだろうか。皋にはファッションがわからない。
    「だから、所縁くんに選んでもらおうかなと。闇夜衆のリーダーなんですから、ネクタイの一本くらいバシッと選んでくれますよね」
    「それ絶対関係ないだろ……」
     この店に並んでいるネクタイはどれもこれも洒落ていた。皋がいつも着けているような、単色の地味なものではない。暗い色を選んでおけば間違いないという経験則も役に立たなそうだ。一口に暗い色といっても、ここには数多のバリエーションがある。
    「どうですか? 所縁くん。随分悩んでるみたいですけど」
     揶揄うように昏見が言う。悩むに決まっている。なんだかんだで、昏見が何かを欲しがるのは──怪盗の時のターゲットはともかくとして──初めてだった。なら、不本意でも真剣に選びたい気持ちがある。
    「よし、これだな」
     選んだのは、オレンジ色のラインが入ったネクタイだった。萬燈の帯を見たからだろうか。舞奏装束と揃っているかのようで、見ていて嬉しい、気がする。少し派手だが、昏見なら似合うだろう。
    「やったー、ありがとうございます! お会計してきますね」
     嬉しそうにレジに向かう昏見に付いていく。意外なほど喜んでいる昏見を見ると、何かよくわからないが良かったな、と思った。その時、不意に昏見がこちらを向く。
    「折角なら着けていきますか?」
    「え?」
    「あ、じゃあ着けていきましょう。店員さん、箱は要りません」
     そう言ってネクタイを受け取ると、昏見はまっすぐにそれを渡してきた。思わず素直に受け取ってしまう。
    「流石に結び方は分かりますよね?」
    「いや、分かるっていうか……それじゃあ今のネクタイどうやって締めてんだってことに……じゃなくて、お前ネクタイ欲しいっつってたじゃん!」
    「えー、欲しかったので入手しましたけど? 購入したネクタイを着けたいですとは言ってないので?」
     小首を傾げながら昏見が言う。事件以外では殆ど発揮されない推理力が、正しい答えを導き出す。最初からそのつもりだったのだろう。何でいきなりプレゼントなんだよという気持ちと、だったらこんな回りくどいことしなくていいだろの気持ちが綯い交ぜになって、ネクタイを突き返してやりたくなったが「そのネクタイのライン、私達の色ですね」と言われると、何だか手が動かなくなった。代わりに、言われるがまま新しいネクタイを締めてしまう。
    「似合ってるじゃねえか。お前は瞳の色が深いからな。明るい色が一つあると綺麗に映える」
    「はあ? マジで? 昏見とか萬燈さんならまだしも、俺に似合うか? これ」
    「舞奏装束に袖を通した時に気づかなかったのか? 世界にはお前に似合う色がごまんとあるぜ」
     そう言うと、萬燈はさっと店員の元に行って、何着か服を持ってきた。嫌な予感がする。あるいは、何らかの期待だろうか? 身体を引こうにも、背後には昏見が控えている。逃げられない。
    「とりあえず、そのネクタイに似合うよう何着か見繕ってやる。そんだけ決まるなら、ボトムスも変えた方がいいだろう。試着して気に入るものがあれば、そのまま引き取れ」
    「確かにそうですね! 萬燈先生のセンスなら間違いないです。いやー、心配してたんですよ! 私達! いつまでも所縁くんにペイントソフトでバケツ塗りしたような格好をさせられないなと思って!」
    「うるせえ、別にいいだろそれは! いや、こんな見繕ってもらっても困るっていうか」
    「日頃の感謝もあるからな。あまり深く考えるな」
    「考えるんだよ普通の人間は!」
     そう、普通の人間である皋は考えることが色々ある。プレゼントをもらうのは気後れするとか、洒落た服をもらったところでどうせ外に出る用事なんか殆ど無いとか。
     あるいは、この服を貰い受けるのであれば、時間が止まったままのクローゼットを片付けなければならないだとか。
     いつ事件に行き当たっても大丈夫なように、死を悼まなければならない場面でも相応しいように見繕った黒いスーツは、名探偵・皋所縁のお気に入りだ。あれらを手放す機会が出来てしまうことは、皋にとって大きすぎることなのだ。

     

     




    著:斜線堂有紀

    この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。



    当ブロマガの内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
    Unauthorized copying and replication of the contents of this blog, text and images are strictly prohibited.

    ©神神化身/ⅡⅤ

  • 小説『神神化身』第四十一話 「EverydayClothes in ROUISO」

    2021-02-26 19:00
    Twitter公式アカウント(@kamigami_keshin)にて連載中の小説『神神化身』本文アーカイブです。


    小説『神神化身』第四十一話

    EverydayClothes in ROUISO

    「えっ! 浪磯まで取材が来るのか!?」
     三言が言うと、遠流はどこか複雑そうな顔で頷いた。
    「うん。日常の姿を撮るっていうのがコンセプトの企画だから、地元で撮ろうってことになってるんだけど……」
    「凄くいいじゃないか! 浪磯は海も綺麗だし、撮影するにはいいところが沢山あるだろ? あ、舞奏社はどうだろう? 舞奏社にいる時の遠流は凜としていて格好良いもんな!」
     稽古場を見回しながら、三言は嬉しそうに笑う。浪磯での日常だから、舞奏をしているところなんかが撮影されるのだろうか。
     稽古に疲れた後の遠流は、昔のようにうとうとと眠ってしまうこともあるので、そこを映すのもいいかもしれない。雑誌や写真集での遠流は眠っているところが全然映っていない。あの、満ち足りた猫のような表情をみんなに見てもらえるチャンスだ。そんなことをあれこれ言うと、遠流は更に難しい顔になって言った。
    「日常の写真を撮るっていう企画だけど──別に、普段の僕を撮るわけじゃないんだ。あくまで日常を送っている体の僕を撮るってだけで」
    「……? でもそれは仕事用の写真で……仕事用の写真ということは、日常の写真じゃないんじゃないか」
    「三言の疑問は尤もなんだけど、世の中にはそういうことがあるんだよ。オフショットは本当のオフショットじゃないし、SSR二倍のガチャでもSSRは当たらないし、化身が無くても実力さえあれば覡になれます! っていうのは結局建前みたいなもんだし、言葉通りのことなんてないの」
     ぬっと背後からやってきた比鷺が、三言に凭れながらにたーっとした笑いを見せる。
    「みんなの大好きなやとさまっぽい写真を撮るだけなんだから、本物のオフショじゃないの。浪磯で撮るだけ。はー、偶像偶像~」
     そういうものなのか、と三言は深く頷く。全然知らない世界のことだからか、比鷺の言葉には学ぶところが多い。物事は言葉通りの意味ではないのだ。
     じゃあどうして比鷺は毎回SSR二倍のガチャになると爆発して死んでいるのだろう、とは疑問に思うのだが、その辺りも複雑な事情があるのかもしれない。
    「まー、せいぜい頑張れば? いつもみたいな王子様スマイルで歓心ざくざく集めてきなよ。気が向いたらくじょたんも撮影現場に遊びに行ってあげなくもなくないかもよ」
    「いいや、絶対に来てもらう」
     日々炎上とレスバを繰り返していた比鷺に、ネット断ちを宣告する時の冷たくて恐ろしい声で、遠流が言う。
    「へ? な、何? なんでそんな今回は強めで来るの? 詰めたい気分? 甘えた期?」
    「違う。……三言にも協力してもらわないとね。今回は、そういう企画だから」

     駅前に集合している撮影班の数を見ながら、比鷺は「やっぱり遠流ってアイドルなんだなあ」という素朴な感想を抱いていた。集まった人数は、そのまま八谷戸遠流への歓心の度合いを表しているのだ。そう考えると、なんだか途方もない。
     マネージャーの城山と話している遠流は、ばっちりと決めたアイドルコーディネートをしていた。赤いニットと丈の長いコートは、遠流によく似合っている。俺の知らない『八谷戸遠流』に求められている格好なんだろうな、と本当にどうでもいいことを思う。
     昔の遠流はもっとふわふわとした格好をしていた。ニットはよく着ていたけれど、多分それは遠流が外で寝るからだ。どこで眠っても凍えないようにする為の措置だったのだろう。ころんと横になると、本当に猫みたいに見えた時代の遠流を思い出す。
     比鷺にとって、遠流の私服とは今みたいな完璧で格好良いものではなく、あのどことなく隙のある服だった。ニットやダウンジャケットを着込み、公園のベンチで丸まっていた時の。
    「まあ、こっちはこっちでアイドル様っぽいけどさあ……」
     比鷺が独り言ちていると、背後から「おーい比鷺!」と声がした。
    「時間ギリギリになっちゃったな! 今回の写真のことを言ったら、小平さんが張り切っちゃって……」
    「うわーっ、眩しい! なんか眩しい!」
     駅前に現れた三言を見ながら、比鷺は指で目を覆う。
     三言の私服を見る機会はそう多くない。いつも動きやすそうなトレーニングウェアか、もしくは全力食堂のエプロン姿だからだ。黒いパーカーに赤いスタジアムジャンパーを羽織った姿は、そのまま何かの表紙に載りそうだった。スキニージーンズもよく似合っている。比鷺はゲームのキャラクターにしか着せたことがないので、現実でお洒落に履きこなしている三言がとても遠く感じた。
    「……あの、三言の胸のそれ波と菊ってあれだよね、化身の……」
    「ああ、小平さんが特注したんだ! 凄いよな!」
    「うう、小平さんの六原三言ガチ勢ぶりが伝わってくる」
     この時点で、比鷺は帰りたくて仕方がなくなった。どうして八谷戸遠流のオフショットを撮る、という名目で自分達まで写真を撮ることになってしまうのか。勿論舞奏競で勝利した櫛魂衆が世間の注目を浴びていることは分かる。浪磯外にも名前が知られているのは喜ばしい。だが、それと私服での撮影に何の関係があるのか。
    「帰りたいよー……高校の始業式以来のかつてない帰りたみ」
    「いいじゃないか! 比鷺だって格好良いしお洒落だぞ!」
    「だってさあ、俺こういうのやなんだって! 確かに俺は自他共に認める美形ですが、それはそれとしてやなんだよ。遠流と三言はなんか赤繋がりでニコイチみも強いし」
    「懲りずにまたごねてるのか。僕だってこんな企画受けたくなかった」
     いつの間にか、遠流が近くまで寄ってきていた。仕事モードだから、いつもより輝きが強い。
    「俺は遠流の為に来てやったんだから感謝してよ……しろよなー!」
    「……へえ、まあまあマシな格好してるな。まあ、お前は格好だけはいつも真人間だもんな」
     比鷺の私服を見ながら、遠流が品評するように言う。その視線が居たたまれなくて、自分を抱くようにしながら叫ぶ。
    「お、俺はいつでも真人間ですけど! もー、なんで私服とか言うの、俺、ファッションのこととか全然わかんないもん。興味無いし……俺くらい元の顔がいいと、何着ても雑にかわいいしかっこいいから、あんま興味持てないんだって、それで自我ゼロファッションに」
     私服で集合と言われたので、親が買ってきてクローゼットに詰め込んでいるものを適当に選んで着てきたのだが、さっきからスタッフたちの視線が痛くて仕方がない。もしかしたら俺には似合っていないのだろうか。
     さっきは「それ、あそこのですよね」とブランド名を言われてしどろもどろになり、大恥を掻いてしまった。あれは一種の試し行動だったのかもしれない。お前がブランド物を着てるんじゃねえよと喧嘩を売られていたのかも。うう、ゆるせない。人間は愚か。
     その時、遠流がまじまじと比鷺を見ながら言った。
    「お前、喋んないでしゃんとしてたらマシに見えるぞ」
    「ううぅえ!?」
    「ほら、さっさと撮るぞ」
    「えっ、マジ? えっ!?」
     戸惑っている比鷺を余所に、三言を連れた遠流が撮影場所であるベンチに向かう。そして三言を真ん中に座らせると、優雅にこちらを手招いてみせた。いかにも慣れていると言わんばかりの態度が悔しい。比鷺が一番左端に座ると、遠流は三言の隣を一つ空けて、右端に座った。
    「あれ、遠流。なんで一つ空けるんだ?」
    「え? ああ、そうだね。三言の言う通り」
     思い出したように言いながら、遠流が三言の方へと詰める。なんだかんだで遠流も緊張しているのかもしれない。
    「三言は自然体でいいからね。お前は足を引っ張るなよ、比鷺」
    「はん、誰に言ってんの? 俺はあのアホみたいな家で散々お飾りにされてきたんだから。むしろ慣れっこだかんね」
     言いながら、比鷺は向けられたカメラを見つめる。
     こんな形ではあるが、三人で記念になるものが撮れたのは嬉しかった。これもいつか、幼馴染のいい思い出になるだろう。

     

     大きなことを言ったはいいが、撮影が終わる頃には比鷺も疲れ切っていた。あの三言ですら、なんだか疲れが見える。オーケーです、の声が出た時は三言と溜息を吐いてしまった。
     一つ撮影を終えただけでもこんなに消耗したというのに、遠流はまだ個別で撮影があるらしかった。
    「ねえ、遠流ってこれ以上やんの? 本当に大丈夫?」
     比鷺が珍しく本気で心配しつつ言う。すると、遠流は不敵に笑った。
    「何言ってんの? あんまり舐めるなよ。僕だってそれなりに場数を踏んでるんだ。八谷戸遠流はこんなもんじゃないよ」
     そう言って颯爽と歩いて行く遠流は、正直なところ格好良かった。舞奏をやっている時と同じような格好良さがあった。

     

     撮影が終わった頃には、頭上に星が瞬いていた。身体に得も言われぬ疲労があったが、それにもまして達成感があった。それはきっと、幼馴染と一緒の仕事だったからだろう、と遠流は思う。
    「お疲れ様! 遠流!」
    「三言……! 待っててくれたの? 帰ってもよかったのに」
    「ちょっと~? 俺もいるんですけど~?」
     あれから大分時間が経ったのに、二人は遠流を待っていてくれた。そのことも、遠流の心を解してくれる。「大丈夫か? 疲れてないか?」という三言の言葉に、微笑みながら返す。
    「大丈夫だよ。いつものことだから」
    「遠流は凄いな! いつもこんなことをしてるのか!」
    「正直、みんなにちやほやしてもらえていい仕事だと思ってたけど……俺にはマジで無理。キツすぎない? これ」
    「お前が燃え続けるのに比べたら大変じゃないと思うけど」
    「なんでここでそういうこと言うかなー!? 俺今労ったじゃん!」
    「でも天職だと思うぞ! 遠流はアイドルの仕事をしてる時、とても楽しそうだもんな!」
     三言がそう言った瞬間、さっきまで温かかった心の内に、氷片が差し込まれたような気分になった。
    「……楽しそう? 僕が?」
    「ああ! 遠流はアイドルが大好きなんだな! 舞奏をしている時もそうだけど、好きなことを頑張っている時の遠流はキラキラしているぞ! ああでも、眠ってる時の遠流が一番幸せそうっていうのはあるが……」
    「……三言の目には、僕が楽しんでいるように見えたんだね?」
     振り絞るような声で遠流が言う。自分の声が冷え切っていることが、嫌というほど分かってしまった。
    「……遠流? どうかしたか? 俺、何か変なことを言ったのか?」
    「ううん。三言は何も……僕、衣装着替えなきゃいけないから……行ってくる」
     なんとか笑顔を作って、足早に去る。近くにいた比鷺は自分の態度のおかしさに気づいていたが、構わなかった。三言の前で醜態を晒してしまうよりはよかった。
     控え室代わりに用意されていたバスに乗り込む。幸いなことに、中には誰もいなかった。痛む胸を押さえながら、吐き出すように口にする。
    「楽しいわけないだろ。サボる暇も、うたたねする暇も無いんだから。国民の王子様なんて大層な肩書を背負って笑って、興味の持てないバラエティにも文句を言わずに出て、……舞奏でもないのに、人前で歌ったりなんかして、僕が……楽しいわけ、」
     初めてカメラに映った時のことも、ライブをした時のことも昨日のことのように思い出せる。予めファンを付けておいて、舞奏競で有利に立ち回る。アイドル活動にそれ以上の意味は無いはずだ。
    「……僕だけは、この状況を楽しいなんて言っちゃいけないんだよ」
     罪悪感で潰れそうになりながら、遠流は小さく呟く。助けてほしい、と漠然と思うが、宛先の無い祈りがカミに向かってしまいそうで悔しかった。そもそも、どうなったら自分が救われるかも分からない。
     それでも、自分は今日撮った写真を宝物にしてしまうだろう。

     

     

     




    著:斜線堂有紀

    この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。



    当ブロマガの内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
    Unauthorized copying and replication of the contents of this blog, text and images are strictly prohibited.

    ©神神化身/ⅡⅤ

  • 小説『神神化身』第四十話 「燃ゆれば花は灰になる」

    2021-02-19 19:00
    Twitter公式アカウント(@kamigami_keshin)にて連載中の小説『神神化身』本文アーカイブです。


    小説『神神化身』第四十話

    燃ゆれば花は灰になる

    「うんうん、なるほど。お前の所為で三言が妙な文化に染まったわけか」
     遠流が笑顔で頷くと、比鷺は勢いよく身を縮こまらせた。三言を連れた遠流に叩き起こされた時点で、お怒りゲージの溜まり具合は窺い知れる。
    「三言ってば実況動画のこと遠流に言ったの!?」
    「言った! これから頑張っていく話をしたんだ!」
    「その通り。これから頑張っていく話をされたんだ。おい、燃え尽き灰太郎。三言に変なことやらせないでくれる? 千切り倒されたいの?」
    「あ、久しぶりにそれ聞いた。やっぱ映画公開から大分経ったから遠流の中でも廃れたって感じ~? って、ていうか、まだ何もしてないんですけど……いざ動画を撮ろうとしたら、俺のこと普通に本名で呼ぶし、ゲームに出てくる森羅万象を舞奏で例えるから身バレ直送便っていうか」
     比鷺がもごもごと言い訳を並べ立てるも、遠流の目の冷たさは変わらない。それどころかどんどん氷河期へと近づいていく。そんな比鷺の気持ちを余所に、三言は楽しそうに言った。
    「遠流も一緒にやろう! 勿論、八谷戸遠流の名前でやると事務所? の人に契約面で迷惑がかかるそうじゃないか! だから、偽名を考えたんだ!」
    「偽名? ハンドルネームか……。……どんなの?」
    「『やとるん』だ! ちなみに俺はみこちと言う!」
     三言が高々に宣言する。ややあって、遠流は静かに尋ねた。
    「……その『やとるん』って誰が考えたの?」
    「俺だ! すごく響きがいいだろ? 遠流はファンからやとさまって呼ばれてるから、それに遠流の『る』を付けたんだ!」
    「そっか。素敵な渾名を付けてくれてありがとう。嬉しいよ。やとるんって渾名を大事にするね」
     遠流が柔らかい笑顔で言う。テレビで見せている笑顔よりも数段甘い表情は、幼馴染の三言にしか見せないものだ。そんな遠流に、比鷺は満面の笑みで言った。
    「なーんてね、とか言って本当は俺が考えました~!」
    「は?」
    「三言が考えたって言ってってお願いしたんだよな~!」
    「そうだ! 比鷺にお願いされた!」
    「三言が考えたって言ったらあっさり騙されやがって! これがテレビのクイズバラエティだったら大恥掻いてまちたね~? カメラ回ってなくてよかったねえ~んぎゃっ!!」
     遠流の怒りが臨界点を超えたのか、比鷺の額に思い切り手刀を振り下ろしてきた。重みのある一撃に、比鷺が身体を丸める。痛みに耐えている横で「でもやとるんはいいと思う……」という三言の声が聞こえる。そうだ。やとるんは悪くない。俺のネーミングセンスは割といい。
    「ぐうううう、やとるんの馬鹿……知ってんだからな……お前はこういう時に幼馴染でお揃いだと嬉しいやつだってことに……」
    「言ってろ。燃え滓」
    「ううえええ、三言~。もうやだ~ていうか三言そろそろいなくなっちゃうの? もうじきバイトの時間だよね?」
     というか、よく見たら本来ならとっくに全力食堂で働いている時間だ。寝ぼけていたのと遠流からの圧で気がついていなかったが、これはおかしい。案の定、三言が思い出したように言う。
    「俺は今日シフトに入っていないんだ」
    「え、曜日的には出る日だよね? 何で入ってないの? もしかして俺と遊ぶ為?」
    「比鷺と遊ぶ為ではないな」
    「くぅん……いや、そうか。あー、今日あの日か。櫛魂衆組んでから日にち感覚が無くなってた。うん分かった。いってらっしゃい」
     比鷺が言うと、三言は静かに頷いた。その顔には、どこか厳かな印象を受ける。

       *

     墓の周りを掃除して、新しく三本の菊の花を供える。手を合わせて況報告をすると、溜息を吐いて墓石を見つめた。
     六原家の墓石は海の見える場所に安置されている。見晴らしのいいこの場所が、三言は小さい頃から好きだ。今回は長い上に熱い近況報告になってしまったから、海風と共に語れるのは心地よかった。
     このまま去ってしまうのも惜しい気がして、墓をじっと見つめる。ここにいていい理由を探していると、見計らったかのように声がした。
    「名物店員に会いたい時は、ちゃんとシフトを確認しねえとってこったな。曜日だけでなく、こういう例外もある」
    「月命日にはお休みをもらうことになっているんです。小平さん……あ、俺の働いている食堂の店長の意向で」
     月に一度の墓参りを徹底させるのは、三言と家族の縁を切らせないようにする為なのだろう。三言が家族の記憶を失った時に、一番衝撃を受けたのは彼だったと聞いている。あわよくば、この習慣が記憶を取り戻す助けになるのではないかと期待しているのかもしれない。
    「それはいい習慣だ。お前はつくづく人に恵まれてるな」
    「ここにいることは誰かに聞いたんですか? 萬燈さん」
    「いいや。だが、予想はついた」
     手に二本の菊を携えた萬燈夜帳が、全てを見通したような声で言う。三言がかつて事故に遭ったことは隠していない。三言が家族の月命日に必ず墓を参ることも。ともすれば、萬燈には全て分かってしまうものなのかもしれない。
    「お久しぶりです、萬燈さん! テレビ電話でお会いしましたから、あんまり久しぶりという感じもしませんが……」
    「おう、そうだな。あれはなかなか面白かった」
    「どうして浪磯へ?」
    「野暮用ついでだ。ここはいいところだな」
     浪磯のことを褒められるのは嬉しかった。この場所には、三言のルーツの全てがある。
    「参っていいか?」
    「ありがとうございます」
     萬燈が花入れに菊を供え、手を合わせる。挨拶でもしているのか、しばしの時間が流れた。そう派手な動きをしているわけでもないのに、彼が三言の家族に心から敬意を払っていることが分かる。この、動きの雄弁さのようなものが舞奏にも通じているのかもしれない。
     故人への語り掛けを終えた萬燈が、ゆっくりと振り返る。そのまま、彼がゆっくりと口を開いた。
    「お前、家族の記憶が無いのか?」
    「ええ、そうです。よく分かりましたね。小説家の人はそういうこともお見通しなんでしょうか。いや、萬燈さんだからなのかな」
     萬燈は観察力がある。だから、自分が上手く悲しめていないことを見抜かれたのかもしれない。この習慣は、三言と家族を繋いでくれているよすがだ。三言もそれを理解している。これを正しく行うことで、自分はまだ家族と繋がっていることが出来る。けれど、今の六原三言にとってこれは……本当の意味でのこれは…………一体何なのだろう?
    「記憶に無い相手を悼むってのはどんな気分だ?」
    「萬燈さんが今感じている気分と、似たようなものだと思います。あなたは真剣に、俺の家族を悼んでくれているだろうから」
    「そうか。理解した」
     真面目な顔をして、萬燈が頷く。言葉の裏にあるものを残さず汲み取らんとする貪欲な心根が見てとれる。それこそが萬燈夜帳を萬燈夜帳たらしめているものだろう。六原三言は、密かに感嘆する。
    「お前は興味深いな。奥底にあるもんも含めて実に奇妙だ」
    「そうですか? 自分にはよく分かりません」
     三言はしっかりと萬燈の目を見据えながら言う。
    「お前は本願が無いんだったな」
    「カミに叶えてもらいたいものという意味なら、ありません。俺は二人と組んだ櫛魂衆で大祝宴に辿り着くのが願いのようなものですから」
     それは、闇夜衆との出会いと舞奏競を経て抱いた思いだ。こんなことを思うようになるなんて、以前の自分からは想像も出来なかった。だが、結果的にこの変化は三言の舞奏にいい影響を及ぼしている。つまり、変化としては妥当なものであったということだ。その点、闇夜衆には──特に皋には感謝しかない。
    「その点でも、俺とお前は共通しているっつうわけだ」
     萬燈が意味ありげに笑う。それに対し、微笑を返した。
    「そうでしょうか?」
    「……どういう意味だ?」
    「あなたにも、本願の片鱗くらいは見えたのではないですか?」
     発せられた言葉に、萬燈が微かな驚きを見せた。勿論、彼は本心を押し隠すのが上手い。しかし、この場においてはその権能も多少機能しなくなっているようだった。
    「今のあなたは、以前のあなたとは違って見えるのですが。舞奏競で変化が起きたのかもしれませんね。今のあなたなら、カミに叶えてもらいたい願いが出来たのではないですか」
     内心に触れるような声色で、静かに尋ねる。
    「萬燈さんの実力なら開化舞殿に辿り着き、本願を成就させることも出来るはずです」
    「叶えたい願いが出来たところで、それをカミに明け渡すつもりは無えよ。俺に叶えられないことがあると思うか?」
    「いいえ。人間に叶えられる範囲のことなら、萬燈さんは願いとも呼ばないでしょう。ですが、人間に叶えられないものなら、萬燈夜帳の願いに値するのでは」
     その言葉に、萬燈が一瞬だけ思案する。彼の用いた沈黙は何にもまして雄弁だった。彼もまた、舞奏競を経て不可逆な変化をしてしまっている。いくら人間離れしていようと、人間である以上、それからは逃れられない。だが、彼の見せた一分の隙はすぐに消え、こちらを喰らわんばかりの笑みで挑みかかられる。
    「だとしても、教えてやんねえよ。お前にはな」
    「そうですか、残念です」
     微かに息を吐き、三言は弾けるような笑顔を見せた。
    「でも、舞奏はそれだけで楽しいですもんね! 本願が無くても!」
     拳を突き上げながら高らかに三言が言うと、萬燈がすっと寄ってきた。そのまま、爪先まで丁寧に繕われた手が、三言の頬をぐいぐいと挟む。
    「わっ何ですか」
    「お前、マジで六原だよな?」
    「はい! 俺は六原三言です! 今日も明日も!」
    「……そうだな。俺としたことが、柄にも無く八谷戸の言葉に寄っちまったらしい。お前は間違いなく六原三言だ」
     そう言うと、萬燈はようやく三言の頬を解放した。どういう意味かは分からないが、小説家の人の言葉だ。きっと三言には分からない深い意味が込められているのだろう。
    「これからも月命日にはここを参るのか?」
    「ええ。そのつもりです」
     少し考えてから、三言は大声で言った。
    「思い出せないのは寂しいですが、俺には遠流も比鷺もいるので!」
     それを聞いた萬燈は、一つ大きく頷いた。
    「で、その幼馴染どもはどこに?」
    「会いたいですか? 遠流はアイドルの仕事のはずですけど……比鷺は家にいるかな。誘っても外には出てこないかもしれないので、会うなら家に行くことになりますが」
     今日の比鷺は朝から起こされて、かなりへろへろしていた。三言が全力で宥めても部屋から引っ張り出せるかは分からない。それに対し、萬燈は訳知り顔で頷いた。
    「なるほど。さながらアマテラスってわけか」
    「あ! その表現、遠流の方が先に言ってました!」
    「……そうか。ともあれ、九条比鷺の奴を引きずり出す秘策はある」
    「そんなものがあるんですか?」
    「こう言えばいい。『昨日一回負けただろ。出てこい』」

     

        *

     

    「えっ、六原くんがいないとエビフライ定食って出てこないんですか!?」
     全力食堂のテーブル席に着きながら、昏見は悲痛な声を上げた。
    「おう! あいつが直々に推してるもんで、人気でな! 仕込みがおっつかねえから三言が出てねえ時はメニューから外してんだ!」
     店主の小平が、眉だけを下げた器用な笑顔を浮かべて言う。
    「なんでですか! これじゃあ浪磯まで来た意味がないんですけど! 至高のエビフライ定食を突き詰めるという目的が!」
    「どうしよう、お前が本当に舞奏じゃなくて料理の道に突き進んだら……」
     皋は真剣に危ぶむ。目の前の昏見は、本気で浪磯までやって来たのだ。一緒に来たはずの萬燈が好奇心の赴くまま迷子になったのは放っておけても、目の前で人生が迷子になりかけている昏見のことは放っておけない。いや、怪盗なんてものに傾倒するよりは、料理に傾倒する方が健全かもしれないが……。
    「まあ、安心しろ! エビフライ定食以外も全力で美味いからな! 譜中の名店にも負けないぞ!」
    「それじゃあこの塩麹ばらちらし丼をお願いします」
    「あっ、え、俺もそれで……」
    「よっしゃあ! 塩麹ばらちらし丼二つ!」
     注文を受けた小平が嬉しそうに厨房へと戻って行く。
    「しっかし、休みとはなあ……。まあ、六原がちゃんと休みを取ってるのは安心したけど……」
    「残念です! 六原くんがいると思ったから、素顔で来たのに! もっとおめかししてくればよかった! 折角新しいドレス買ったのに! うーん、化粧室お借りしていいですかね? ちょろっと関節外してお色直ししてきますので」
    「おいマジでやめろ馬鹿」
    「どうしてですか? 美女と密会する皋所縁でフロアを沸かしたくないですか?」
    「うわっ、いきなり女の人の声になるなよ。びっくりした」
    「可愛いでしょうー? いえーいちぇいすちぇいす」
     よく分からない掛け声と共に、昏見がピースサインを作る。
    「最近変装してないから腕がなまってそうで嫌なんですよ。萬燈先生と合流する時にびっくりさせたいんです。もしかしたら櫛魂衆のどなたかとはまだ鉢合わせられるかもしれませんし」
    「あのさ、俺と萬燈さんがいて、んで変装したお前がいるとするだろ? 消去法でバレるかアクロバティックに拗れるかのどっちかになっちゃうだろ」
    「あっ、そうですよね。もし完璧に欺けた場合、仲間想いの所縁くんが大切なチームメイトであるところの昏見有貴をハブったみたいになっちゃいますもんね」
     昏見が楽しそうに笑う。その時、店の扉が開いた。元・探偵の悲しい性で、そちらに目線を向ける。
    「…………ここはいつから譜中になったんですか?」
     店に入ってきた八谷戸が引き攣った笑顔で言う。
    「奇遇ですねえ! 櫛魂衆のやとさまー! どうなさったんです?」
    「……仕事に行く前に食事を済ませようと思っていたんです」
    「えっ! どうして『済ませようと思っていた』なんて過去形なんですか! お忙しいんですからちゃんとご飯食べないとダメですよ!」
    「お! 遠流じゃねえか! よっしゃあ! 闇夜の二人と相席出来るようにテーブルくっつけてやるからな!」
    「……………………………………ありがとうございます、小平さん」
     小平の気遣いを無下に出来なかったのか、八谷戸が大人しく席に着く。こうして間近で見ると、アイドルらしくキラキラしている。これが覡になるんだから凄い世界だ……と皋は思う。八谷戸のファンは覡としての彼もアイドルとしての彼も楽しめるのだからお得だ。
    「お久しぶりです、皋さん、昏見さん。お元気そうで何よりです」
    「えっ、あ、そっちも……お元気そうで……。大変そうだよな。身体とか平気か?」
    「お忙しいんでしょう? 萬燈先生のドラマにも出演が出来なかったとか」
    「ええ。残念です。尤も、主演なら都合したんですが」
     うん? と思ったが、八谷戸はいつもの王子様スマイルだ。主演をやってみたいという向上心の表れなんだろう。アイドルは偉いな、と心底思う。そうこうしている内に、全力食堂の扉がもう一度開く。
    「くう……助けて……助けて……」
    「そんなに嫌がることないだろ、比鷺! 陽の光を浴びた方が健康にいいぞ。あと、部屋を出る時に一度ごねたのに、全力食堂に入る時に再度ごねる必要はあるのか? 二回目になるぞ」
    「随分邪険にしてくれるじゃねえか。少しくらい構わねえだろ?」
    「ひっ……、どうせなら萬燈先生には限定ガチャやってる時に来てほしかったんですけどぉ……今のピックアップの無い恒常ガチャで欲しいもんないし……。ていうか一回勝ったくらいで勝者面しないでくれますー? 勝率から見たらそっちの勝利とか無いも同然なんですけどー! もう二度と負けないから!」
    「お前、ゲームだとそうなれんだな」
     萬燈が思うところありげに言う。どうやら、彷徨していた萬燈が残りの櫛魂衆を引き連れてやって来たらしい。経緯はよく分からないが、ハーメルンの笛吹きみたいだ。事態を察知した八谷戸の顔が更に険しくなる。その表情は、今までになく年相応だ。
     それにしても、六原は折角の休みだというのに結局全力食堂に舞い戻ってきたのか。この奇妙な縁が、何だか落ち着かない。勿論、話せることは嬉しいのだが。
     皋達の姿を見つけた六原が、ぱあっと顔を輝かせる。それに対し、皋も控えめに手を掲げた。

     

     




    著:斜線堂有紀

    この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。



    当ブロマガの内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
    Unauthorized copying and replication of the contents of this blog, text and images are strictly prohibited.

    ©神神化身/ⅡⅤ