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人間の存在意義とは⑤(まとめ)
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人間の存在意義とは⑤(まとめ)

2018-10-13 00:09
    ④からの続きになります。
    引き続き、文章を書くのは下手ですので、ご了承下さい。
    ------------------------------------------------------------------------

    人間の存在意義とは。
    『他の存在を証明するため』
    です。これ以外はありません。確信しています。

    と言うのは最初に書きましたが、その根拠をまとめます。
    これ以外にない、とは強い言い方ですが、俯瞰的な見方をすればするほど、この結論に至ると思います。


    前のページで、私は人間と他の動物との違いを書きました。
    動物は生きるために生きている、と。
    これは動物だけではありません、宇宙に輝く星も同じです。
    スケールや構造が違っても、星だって生き物です。
    もちろん植物もそうですし、ウィルスだってなんだってそうです。
    ミクロもマクロも構造は同じです。
    生まれて老いて滅ぶなら、生き物です。


    でも、考えてみてください。
    宇宙《せかい》のすべてが、生きるために生きているだけだったら?

    ただそこに 在る だけの存在だったら?

    だれも、見てくれないのだったら?

    それはもう、無い のと同じです。

    在ることを証明してくれる存在が無いのであれば、居ても居なくても同じです。
    何千年、何億年……否、那由多の時を存在する何かがあっても。

    精一杯、毎日生きていても。
    どれだけ、種を繋いできても。

    あらゆる過去は、無いも同じです。

    そうなれば、万物万象に価値はありません。

    宇宙すべてに意味が無いのです。

    それは悲しいことですよね。

    そこに在るのならば、誰かに見ていてほしい。

    私は確かにここに居るのだと、伝えたい、伝えられる誰かが欲しい。

    君は、確かにそこに居ると、言ってくれる誰かが欲しい。

    だから宇宙は、作り上げたのです。

    人間を。

    そして集めたのです。
    人間に見てほしいものを。見れる距離に。

    そのための宇宙、そのための地球です。


    人間が他の存在を証明するためという結論を、解りやすく決定づけるのは、
    恐竜の存在です。

    恐竜は、今から2億3000万年前に現れたと言います。
    ですが、それを見つけたのは誰でしょうか。
    恐竜が生きていた時代に、人間は居たでしょうか?

    今では多くの恐竜の存在が、明かされています。
    恐竜だけではなく、ありとあらゆる歴史が、明かされていますね。

    もしも人間が居ない場合、どうでしょうか。
    恐竜は発見されません。歴史も発見されません。
    誰にも発見されず、誰にも伝えてもらえず、どこにも記録されません。

    生きているだけの生命には、生きる以外の余裕もなければ、
    生きる以外のリソースも用意されていません。

    人間が居なければ、どのように多種の生物が居ても、
    草花がどんなに美しく咲き誇ろうが、
    星々がどれほど光り輝こうが、
    この世界が、どんなに素晴らしい法則でできていようが。

    ありません。

    ないのです。

    誰も見ないのですから。

    生きるために必要かどうかの判断基準でしか見ないのですから。

    その存在が他と違おうが同じであろうが関係ないのです。

    目を閉じた世界。真っ暗な世界。0も1もない世界。在っても無くても同じ世界。
    存在する価値のない世界。ならば、無くてもいいのではないかと言う世界。

    名前のない世界。

    それが人間のいない世界です。

    人間は無を有にする。
    宇宙にとっては奇跡の生命なのです。
    だからちょっと無茶して、自然を壊しても、少しくらいなら笑って許してくれます。
    恐らく、人間はちょっとやそっとじゃ死に絶えません。
    世界の無意識に助けられる可能性があります。
    ある程度までは。

    前のページで少し触れましたが、
    存在を証明するのに、名前には大きな意味があります。

    名前を付けた瞬間に、その存在は、輝きだすのです。
    「やっと見つけてもらえた」って。

    「あなたは確かにそこに居るよ」
    「あなたは存在しているよ」
    「だから大丈夫だよ」
    「ここまでよく生きてきたね。よく、頑張ったね」
    「こんなところに居たんだね」
    「君は誰かと似ているけど、全然違う存在なんだね。すごいね!」
    名前を付けるという行為には、他の存在にとってそういう、意味が込められているんです。


    見つけてもらえないのなら、居ないのと同じですからね。


    ――如何でしたでしょうか?
    賛否両論あるかと思いますが、この答えについては数式に当てはめた解のように導き出された思想ですので、ある程度自信があります。

    だからと言ってなんだと言われたらそれまでなのですが。
    気休めですが言わせてください。

    価値のない人間、価値のない存在なんて居ない。
    人間が居る限り、すべての存在は、意味を持ち続ける。
    ゆえに、この世界には人間《あなた》が必要です。
    誰かは誰かを証明し続けている。
    あなたはあなたを、あなたは誰かを証明し続けているのです。

    それは不特定多数の誰かが居ればいいという話ではありません。
    あなたはあなたしかいないのです。
    あなたにしか証明できないものがきっとある。
    だから、自分と、他人を、大事にしてほしいと思います。

    人が生まれるまでの奇跡。
    誰かが何かにたどり着くまでの軌跡。
    あなたの祖先が、どこかで選択を一つでも違えていたら、あなたはここに居ないのです。
    それは他の人だって同じです。

    数多のすれ違うだけの人々から、出会いを得るだけでも、相当の奇跡なのですから。

    全ての存在は、ものすごい奇跡の中に居るのだということを、
    忘れないでほしいと思います。






    さて。
    人間の存在意義については、ここまでですが、
    次の記事で、私が思っている疑問や予想について書こうと思います。
    ただ、専門知識があるわけではないので、荒唐無稽なことも混ざると思いますがご容赦ください。

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