【ネタバレあり】風立ちぬの喫煙シーンについて
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【ネタバレあり】風立ちぬの喫煙シーンについて

2013-07-20 17:45
  • 19
風立ちぬ見て来ました。

庵野監督の演技は、予告編でも使われた詩の朗読の箇所と、オーディションでも使われたシベリアを子供にあげようとするシーン以外は特にこんなものか、っていった印象です。そこ2箇所だけ飛び抜けて棒です。
あとは見てるうちに慣れるというか、むしろ慣れない人はお気の毒です。

特に最後の庵野監督のセリフには泣かされました。棒なのに感情が迸ってるというか、こういうのがプロには出来ない仕事なのか、と思いました。
あれは、名演技だと言ってもいいと思います。

さてここからネタバレ。できれば映画鑑賞後に読んでください。

さて、この映画はヘビースモーカー宮崎監督の怨嗟が詰まってます。
これでもかという喫煙シーンがあります。

主人公も主人公の友人も謎のドイツ人も吸いまくる。タバコがないとなると灰皿のシケモクに手を出し、布団の枕元には灰皿と水差し。カリオストロの再来かというくらい、灰皿には吸殻がてんこ盛り。

最近の映画もドラマも喫煙シーンを描くには大変な配慮がいるものです。
嫌煙事情が進んでいるアメリカのドラマなどを観てると、吸うのは悪役かキチガイと相場が決まってます。主人公サイドはもう絶対に吸わない。アメリカのエンタテイメント業界では、悪の象徴としてしかタバコは機能しないのです。

しかし、風立ちぬはもうずっとタバコを吸ってる。タバコが自由に吸えた時代背景をいいことに、登場人物たちに吸いまくらせる。これを「タバコくらい自由に吸わせろ」という宮崎監督の怨嗟の声と言わずになんと呼びましょう。

そして、問題のシーン。

肺結核の妻、菜穂子が寝ている横で主人公の二郎がタバコを吸っちゃうんです。

これにはもう世の中の人激おこです。肺結核で棺桶に片足突っ込んでる、しかも最愛の人を前にタバコをふかすなど言語道断ムカ着火ファイヤーという意見でいっぱいです。

しかしどうも誤解があるというか、行間が読み切れてない感じもするのです。

どういうシーンかというと・・・うろ覚えなので間違いがあるかもしれませんが・・・

主人公の二郎が自宅に仕事を持ち帰ってきたので、寝ている妻、菜穂子の横で仕事をはじめるんですね。すると菜穂子は、仕事をしている旦那の顔が好きでよく観たいからもっと寄れという。二郎は図面を広げたちゃぶ台をよっこらせと菜穂子の布団に足が当たるくらいに近づける。
奈緒子はさらに手をつないでくれと要求。手をつなぐ二郎。片手は菜穂子の手を握り、もう片方の手で計算尺をいじり、「片手で計算尺操作選手権があったら俺優勝だし」みたいに余裕を見せる二郎。

恥ずかしいまでのイチャコラっぷりです。老人の妄想全開です。

しかしそこで二郎が「タバコを吸いたいので手を離して良いですか?」と菜穂子に問う。「手を離すのはいやです。ここで吸ってください」という菜穂子。「しかしそれでは・・」と渋る二郎に菜穂子は「平気です。吸ってください」と返す。それで二郎はタバコを吸います。煙が部屋に広がっていく描写でこのシーンは終わります。

このシーンを見て、タバコを嫌がってる菜穂子の前で吸うとは何事だ? と鼻息あらく言ってる人がいましたが、あなたはいくらなんでも読解力がなさ過ぎるのでもう3回くらい映画を見なおしたほうが良いでしょう。

菜穂子が嫌がったのはタバコを吸いに二郎が外に出てしまうことです。病人の前で吸わないくらいの常識は二郎にもさすがにあります。だから1度は吸うことを渋ったのです。

しかし、それでも、肺結核の病人の前で吸うのは殺人行為である、と激おこな方は少なくありません。

よいですか? これは、ヘビースモーカー宮崎監督なりの恋愛表現なんです

菜穂子は自分の死期が近いことを感じています。一分一秒だって出来るだけ長く二郎のそばにいたいのです。二郎を愛しているがゆえに、目の前でタバコを吸われても手をつないでいたい。顔を見ていたい。そういう愛情表現なんです。

それに対して二郎はなぜタバコを我慢しなかったのか。

それは、タバコを吸っていいという菜穂子の言葉をきいて、我慢してしまうと、その愛情を拒否したことになるからです。

分かりやすく、ラノベ的展開に置き換えましょう。

ヒロイン「べ、べつに一人分も二人分も同じだからお弁当つくってあげていいのよ?」
→A「いや、悪いからいいよ」(拒否)
→B「本当?ありがとう!うれしいよ」(受け入れ)

たとえ相手を慮っての遠慮であってもAの回答はヒロインの愛情を拒否することになります。愛情を受け入れるなら素直にBという回答をすべきなのです。

だから、二郎はタバコを吸う事で菜穂子の愛を受け入れた
そういうめっちゃ激甘のシーンであります。

もちろん、わざわざタバコという小道具を使わないでもいくらでも恋愛表現はできると思いますが・・・宮崎監督にしか出来ない恋愛表現をどうか汲みとってあげて下さい。

宮崎アニメにしては珍しくチュッチュペロペロしまくる映画ですが、それだけに目を奪われてはいけません。そういう視聴者に行間を読み取ることを要求する恋愛表現こそ、この映画の真骨頂です。

おわり。
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他9件のコメントを表示
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>>9

ドラマは「シャーロック」ってドラマです。生粋シャーロキアンがどう思うかはわかりませんが、ハヤオの犬アニメが楽しめるなら、楽しめると思います。huluでも観られるので、無料期間の間に見ちゃえばいいと思います。
79ヶ月前
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>>10

理解されない表現が絶滅していくのは仕方ないですね。コカイン中毒の探偵も絶滅したし。
紅の豚でもポルコロッソはタバコ吸いまくりだったし、ハヤオにとってタバコは男の象徴なんでしょう。
いまは理解できる人3割、嫌悪感しか抱かない人7割って感じかな。
79ヶ月前
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こういった価値観ってのは局所的、一時的なもの。
もちろん現代にかぎらず、どんな場所、時代だってそう。殺人より盗みが重罪な時代もあれば、侮蔑の言葉が暴行より重罪になる場所もある。
何でもかんでも現代の価値観を当てはめるのは、正直滑稽に見えてくるね。
昔はタバコは薬と考えられ、子供も吸え吸えだった。
今は害悪、臭いと捉えられている。これを「タバコが薬とかwww昔の人は無知だ馬鹿だwwwっww」と思うかもしれない。
でも、将来もっと別の見方が現れて、未来の人に「タバコが害悪とかwww昔の人は無知だ馬鹿だwwwっww」と笑われるかもしれないな。
あとタバコの煙の匂い、少し薄まったら割と好き。
79ヶ月前
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昔はるろうにの斉藤一の喫煙シーンに「やだカッコいい・・・///」と思った時期があったが、「嫌悪感しか抱かない人」になってしまってから本当に嫌悪感しか抱けなくなった。
タバコの害の知識は余計ではないが、余計に知識を得ると見方は変わるものだとつくづく思う。
上の人が書いているように見方は時代とともに変わるんだな。将来、喫煙シーンどころかタバコすら無くなっているかもしれないし別の見方があるかもしれない。まあリアルでもタバコは規制されてるから無くなる方が濃厚だと思うが。
しかし時代劇などに登場するキセルのシーンは何故か嫌悪感を感じないのが不思議だな。
79ヶ月前
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喫煙シーンを排除しろとは言わない。だが喫煙シーンをカッコ良く演出するのはNG。

喫煙者・愛煙家と聞こえは良いけど、実際にはニコチン依存症という人工病に毒された病人。日本人はそれを理解できていない。
空想の中ではカッコいいタバコでも、現実だと喫煙室という檻の中で咳をしながら煙を吸っているから落差がありすぎる。

病気で死ぬ伏線だったり、悪役を引き立てるのなら喫煙シーンもありだと思っている。
だからこの映画の喫煙シーン乱発は見てみないと何とも言えない。が、喫煙シーン100%NGの禁煙団体からクレームが出されるのは間違いない。

あと過去作品の喫煙シーンを排除している国もあるけど、流石にあれはやりすぎかもw
79ヶ月前
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時代考証とリアリティを考える。
汽車の中から、図書館、分娩室にまで灰皿があった時代を伝えるにあたり
現代で喫煙のあり方が変わったからといって、
表現する中のそれをネジ曲げろというのは、いささか乱暴すぎる。

私もタバコは吸わないし、相当に若いが
ふつうていどに、歴史的な作品に触れていれば、この手の表現に
嫌悪感を抱いたりすることはないと考える。
むしろ、この時代をよく表している要素として、作品に没頭する手助けをしてくれるはずだ。
この時代はタバコを吸うことが、ロマンスの要素だったのだから
それが、かっこ良く映されることになんの問題もない。

また、「こういったシーンが(子どもたちに)悪影響を」という意見を持つ人は
今の日本の嫌煙教育(と、子どもたちの聡明さ)をナメすぎている。
かつ、この教育を受けて「それでも吸う人種」の絶対数が
”表現の中の喫煙”に依って大きく変動すると考えるのは、あまりに想像力に乏しい。
79ヶ月前
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そもそも論として、今世間に多くいる嫌煙厨の人はただただメディアに副流煙が体に悪いとかっていう情報を聞いて、
自分にとって不愉快な喫煙者を叩く大義名分を得たとばかりに大きな顔をしているだけの人に過ぎません。
禁煙者にマナーを要求するだけの普通の禁煙者は分別のある人なので、喫煙そのものを否定しませんし、ドラマやアニメ内での描写もキチンと読み取れます。
ですが、嫌煙厨の人たちは"考える"と言う行為すら出来ない頭の足りない人なので、言い分にも筋が通っていなければ、物語の描写を読み取る力も勿論ありません。
そういうバカの言葉は無視する。世界単位でそうするのが一番だと思います。
79ヶ月前
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>>18

>そういうバカの言葉は無視する。世界単位でそうするのが一番だと思います。
マジレスするとそれは不可能。煙草規制の波は徐々に世界単位で広がっている。何かしらの防衛策か妥協策を打たないといずれ日本も波に飲まれ煙草のシーンが無くなる。

無視が一番良くない。

禁煙者は時代考証・表現の自由<<<<<<煙草の規制なので、抗議などしたらそれこそ禁煙者の思う壺。色んな事を漬け込まれて一気に規制が走ると予想する。

防衛策として一番良いのはやはりR指定かな?煙草シーンをR指定するという防衛線を張る事で、一応は煙草シーンが無くなる事はない、はず。

バカの言葉を無視なんかしてるといつの間にかそのバカにしてやられているから、何かしらの動きはした方が良い。
79ヶ月前
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私はむしろ宮崎は嫌煙家なのかと思った
本来ならば「手を離すのはいやです。ここで吸ってください」
と結核で苦しむ愛する人に言われたら「じゃあ我慢します」になるでしょ
あと、タバコが切れてシケモクあさる描写とか(自分が喫煙者だった頃思い出して情けなくなったw)
それでも我慢出来ない喫煙者のバカさを表現してるのかと
79ヶ月前
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当時はタバコを吸うのが当然だったわけですが。
タバコと肺がんの関連性も全くわかってない時代でしたし。
それよりこの記事を書いている人がタバコ嫌いすぎてうざい。 
68ヶ月前
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