夫婦別姓?不妊?旧姓のままでいたかった私が、夫の姓に救われた話
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夫婦別姓?不妊?旧姓のままでいたかった私が、夫の姓に救われた話

2019-07-21 17:27

    ※この記事は不妊治療についての個人の感想を含みます。
    不妊の原因はホルモンや卵管や子宮のポリープなど多岐にわたり、また男性が原因を持っているケースも半数近くに及びます。
    原因が不明であることがほとんどです。
    私のケースは、妊娠や受精ができた状況から、卵管狭窄起因が濃厚です。
    原因やケースにより、観点や感じ方は全く異なります。


    「樫尾さん」



    呼ぶ声がして、振り向いた。誰もいない。

    気のせいだった。けれど、家に向かう足が進まない。季節はもうすぐ夏で、蒸し暑いのに、胸のあたりに寒さを感じる。そういえば、潜入勤務をする半年前まではよくあった症状だ。久しぶりの胸のあたりの冷え性が、こんな時に始まったみたいだ。


    もう一度、耳をすます。


    「辞めないで。新しい案件の体制づくりも、樫尾さんにお願いしたいんだ。一緒に…」


    振り向いた先を遠く見つめた。

    あの席に戻ることはない。この道を戻ることもない。明日からは、また一人だ。

    握った拳を胸にあてた。なぜか、あの場所で勤務をしている間は悩まされなかった胸の奥の冷え性の正体がわかって、私は思わず笑ってしまった。


    「なんだ、これ、ただの寂しさか。」

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    皆さんお待たせしました。

    美 人 鬼 女 復 活 !!!

    不妊、妊娠、出産。

    可愛い娘の召喚に大 成 功 !!!







    冒頭の一文は、出版せよ!という0円でAmazonセルフ電子出版した本に書いた一節です。


    「樫尾さん」として仕事に矜持を持ってやってきたことが少しは伝わればいいのですが。


    姓はどうする?私と夫の結婚


    私と夫が出会ったのは、1998年。まだ私は女子高生でした。


    それから私は東京農業大学の短期大学部環境緑地学科に3年通わせてもらって、就職活動をするでもなく、某大手ゲームハードメーカーのコールセンターで働きながら、WEB制作の技術を独学で学びました


    それから、中小ベンチャー企業内で、ナムコナンジャタウン、まぐろ市場、近年幕を閉じた牛丼らんぷ亭さんなどのページ制作を行いました。


    派遣社員でした。


    転職して、少なくとも2年後には技術も経験もアップするので、1、2年でもっと条件の良い派遣先に行きたい。


    と言っても最高時給は2200円まででしたが、クライアントとの間に派遣会社がいるので大事に扱ってくれるし、融通が利くし、派遣勤務形態に感謝していました。


    その間、個人事業主としての起業もしました。


    さて私がそうやって、「樫尾さん」「樫尾さん」と呼ばれてキャリアを積んでいるうちに、夫となる彼は何をしていたでしょうか。


    彼は不労働所得者だった


    現夫は、大学をドロップアウトした後、私のように、自分の姓を積み上げたりはしていませんでした。


    ギャンブラーになっていたのです


    さて、話は飛んでいよいよ結婚しなさいと両家の親に迫られた時、彼は流石にサラリーマンに転身していました。


    でも入社1年目、というか彼の姓「高田さん」として社会で働きだしてようやく1年目でした。



    「樫尾さん」としてずっと信頼を積み上げてきた私。


    積み上げてない彼。



    どうして私が姓を変えなきゃいけないんだ


    すごく葛藤しました。


    私職業人、夫元ギャンブラー、そんなんなら、私の姓にしとけば?


    そう思いますよね。


    もし、ギャンブラーとか言って収入が私より低ければ、樫尾姓一択だった。


    でも…


    残念なのか残念じゃないのか、夫のギャンブラーとしての収入は私を上回っていたのです。


    8桁出した年もあったし、彼の実家にお金も入れていた。


    そして外で働くけれど肉体的にも精神的にもまだまだ未熟で繊細な私は躓くこともあり、そんな時は彼の財力に助けられていたのです。


    新社会人を始めていた夫はまだ収入も私より下がっていましたが、「過去に収入面で助けられた」ことは、私が完全に強気に出ることを妨げました。


    「どちらの姓にするか」私にとってその判断材料は、収入面もありましたし他にもありました。


    • 収入
    • 社会的貢献度
    • 生家の事情
    今思えば、「社会的貢献度」つまり納税額に重点を置いておけば良かったです。


    しかしそれでも、特に重量があったのが最後の「生家の事情」です。

    まず、夫は一人息子でした。


    そしてその家のお義父さん、お義母さんは私達にとてもとても良くしてくれます。

    お義父さんは凄腕営業マンで、温かい心で人々の心を掌握し、人格者としても仕事人としても私の尊敬する人です。


    お義父さんは末っ子で、家を継がずに東京に出てきた人です。だから、「続く御家が…」という要素は加味されません。


    「お家」という計り知れぬ理由なしに、私はお義父さんとお義母さんを幸せにしたかった


    お義父さんとお義母さんは、いつも一歩引いて私達の意思を優先しようとします。


    例えば私が、自分の姓を続けたいことを力説したら、きっと良く聞いてくれるでしょう。


    でもだから?


    結婚、家庭というものはイメージというもので構成されている面があります。

    お義父さんお義母さんは、一人息子に、どんなイメージを、どんな夢を持っていた?


    一人息子の姓を私の姓にしてしまうことを頭で理解してくれたとしても、それは長年のイメージや夢を置いてけぼりにしてしまわないか。それは寂しさを感じさせることじゃないか。


    一方で女の子だけをもった樫尾父母。昔に、姓を継ぐとかは諦めがついていただろう。超絶可愛い娘二人に恵まれた幸福と引き換えに。



    お義父さん、お義母さんの、ささやかな夢。



    そのイメージを壊して、元は取れるだろうか?

    その分を与えられるだろうか?



    もっと私が強ければ良かった。

    もっと仕事を拡大できて会社を大きくしていたなら。


    そういった状況ならば意味があったかもしれないけど、今の私の姓にしてしまって、何の意味があるのだろう。



    その時派遣先だったシンクタンクの室長は女性で、「姓が変わっても現場では前のままで何も問題ないよ」という助言を爽やかに下さった。

    ホワイト大企業内で色々なパターンを見ている女性からの助言は心強かった。


    でも正直、正直


    夫婦別姓で良いやん!!!


    夫婦別姓選択させてや!!もうすぐできるんちゃうんか


    そう思っていました。



    そんな思いを抱えながら、私という樫尾えりは、書面から消えたのです。そのことは、樫尾えりがこの世から消えたようにも感じました。





    名義変更は面倒ですが、ぼちぼち順番にやっていきました。


    想像していたよりも全然大した面倒ではなかったです。


    それがまた少し寂しいと感じました。


    しばらくは姓が変わったことを引きずっていました。


    1年間は、新しい姓で呼ばれることに慣れませんでした。自分で樫尾名乗って活動する機会が多かったため余計にそうでした。新しい姓になかなか実感がありませんでした。



    しかし1年経ってから、新しい姓で呼ばれる機会が、格段に増えたのです。


    呼ばれまくるようになった待合室で


    子供が出来ることを解禁したつもりなのに、授からずに1年半を過ぎようとしていました。

    半年間は、排卵日を逃さないように排卵チェッカーも使っていました。

    不妊で手古摺っている友人の助言もあり、不妊クリニックへ検査へ行きました。


    検査は、生理周期の各フェーズで行われるので、度々クリニックへ行くことになります。


    当たり前ですが、夫の姓で呼ばれます。


    「高田さん、中待合室へお入り下さい」


    そして、数分後には、脚を開き診察していただいている。


    婦人科の検査は、一般的には痛くないし、色々な大切なことがわかるし、女性には身近になってほしい。


    私が行ったクリニックは新しく、高配慮で、痛くも、恥ずかしくもないです。



    ですが…、

    ですが。





    毎回同じ検査を繰り返すこと(エコーによる排卵確認)。

    どの場合も原因がすぐにわかるものではないこと(だから気になる人は少しでも早く)。

    タイミング法(要するにほとんど進歩しない)を更に半年続けると言われたこと。


    今回は来た!と信じては、落胆することを繰り返す不妊というものが、辛くないという道はありません。


    それに、唯一の自慢だった夫との仲の良さを否定されるような屈辱を感じることもありました。


    誰でも、内臓を晒すことは屈辱と繋がっています。


    特に、生殖に関わる内臓は尊厳と直結していますよね。


    それが、毎月毎月揺らがされました。



    「妊活」にテコを入れようと、派遣勤務も辞めていました。

    私が名前を呼ばれるのは、病院での「高田さん」「高田さん」ばかり。


    すっかり私は「高田さん」になりました。


    その後、超初期流産、卵管通水検査、クリニック変更、卵管造影検査、抗リン脂質抗体血液検査、人工授精、不妊クリニック利用は2年になろうとしていました。


    弱っていく心で、「クリニックで樫尾さん樫尾さんと呼ばれていたら、もっと辛かっただろうな」「高田さんと呼ばれると、孤独な検査でも夫が一緒に居ると感じられる」そう感じていました。


    超初期流産、イコール受精できた状況や、卵管通水造影検査の結果から、卵管の細さが私の中で有力な原因になっていました。


    そして卵管造影で広がった卵管のゴールデン期間が終わり、30代前半の卵が終わり、落胆し、顕微授精にステップアップするまでの心の準備期間…つまり手付かずの期間に、自然受精し、継続しました。つまり子供が授かったのです。


    妊娠期間も、それこそ妊婦のための検査がありました。

    何より出産は、生殖器も恥もへったくれもありません。恥じらう余裕なんか無いでしょ?!と言うかのように進んでいきます。あんなことやこんなことがありました。


    自分の内臓、生殖、乳、そういったものが晒される時、夫の姓で良かったです。



    自分という人間は「自分」だと思っていた。

    夫や、男性とずっと対等でいられるものだと思っていた。


    けれど、己の生殖と対峙した時、私は私でなくなりました。


    私は子宮でありたいわけでも、卵巣でありたいわけでもなかった。


    ただ、女友達でも男友達でも、悪巧みをして、荒唐無稽な話をして笑って、お互いの脳の宇宙を感じたかっただけでした。


    だけどそんな私の人間性は横に退かされ、卵巣と子宮のご機嫌を優先する日々がきたのです。


    何のためにそうなったのか。それを選んだのか。


    夫の存在のためでした。夫の子に会いたいからでした。


    そのためにやった、「樫尾えり」として受け入れたらプライドが壊れてしまいそうなことでも、「高田えり」という名前が、何かを護ってくれていました。


    不妊や妊娠出産をして判ってしまったこと、女性の体の機能を活用することは相当しんどいこと。


    そして、不妊や流産を経験している女性の多いこと。


    妊婦の6人に一人は流産を経験している。


    (ちなみに加齢によって妊娠がしにくくなるというよりは、流産の確率がとても上がるのです。)


    そして彼女たちはそれを言って回らない。

    心に涙を貯めて、私達の隣で仕事をしたり、電車に乗ったりしています。


    有史以前にはもっと、女性は自身の不妊や流産の経験に、闇に包まれた恐怖と悲しみを抱えて来たことでしょう。


    「仕事で男性に負けるつもりはない」


    そう信じてきました。


    だけれど、受胎と出産のために男性、女性にこれほどの違いがあるとは!

    肉体だけでなく、精神力もごそっと持って行かれます。


    核家族に育ち妊娠出産が身近で無い私は、それを実感として知りませんでした。


    身を以て知るまでは。


    身を以て知らなければ解らない。

    そんな私に、祖母は「早い方がいいよぉ…」とただ言うしかなかったのです。


    原因不明の不妊の間、天国の祖母にも、ごめんね、ごめんねと幾度もなく言いました。


    不妊や流産に光が照らされることなく共有されることなく個人の中に抱えるしかなかった長い歴史を考えれば、「女性はウチへ」そっと閉じ込めようとした概念が根深いことが、必ずしも純粋悪だと私は言い切れません。



    樫尾えりは死んだか?樫尾キリヱの躍進


    かくして、無事に女児を出産し、すっかり夫の姓の「高田えり」になった私でしたが、2歳前の娘が好奇心旺盛にトットコと私を振り返らずに走り始めた頃、「あ、色々やろう」と、自分中の拘束具を解放しました。


    「こんなん」になってしまったので、「高田えり」としてやっていこうかとも少し悩みました。


    しかしやっぱり悪行に夫の清らかな姓を巻き込みたくない(笑)



    そしてこの一年で、私は、ハンドルネーム樫尾キリヱとして、


    などなど、順調に悪行の軌跡を遺すことに成功しています。




    かつて私は、夫の姓に変わって旧姓が消され、旧姓の私は無くなったと感じていました。


    でも今は違う。旧姓の私は無くなるんじゃなくて、守られて、仕舞われて、必要な時に召喚できるのです。


    免許証の名前ではないから、卑怯かなと少し思うこともあります。


    卑怯かもしれません。でも、子宮の痛みと、卵巣の痛み、それらがあっても無くても、自分にGoを出すのは自分です。



    表現の場が爆発的に増えている現代において、いくらでも「樫尾キリヱ」に、自分の一番愛着のある姓名に生命を持たすことができます



    夫婦別姓、政策はどうする?

    私は選択的夫婦別姓が良いと思うし、そうなると思います。


    私は悩んだし、思いがけない「婦人科の辛さ」に溺れたりくぐり抜けたりして考えが180度変わったけど、もし夫婦別姓が一般的な世の中だったら、そういうものだと思ってやっていけたし、本当はそのほうが良かったと思います。



    夫婦別姓制度に対して「家族を壊す制度」という意見があります。


    その意見の人は耳をよく済まして聴いて欲しい。
    よく耳掃除して聞いてね。
    正座して聞いてね。



    姓が違うせいで壊れるようなヤワな愛ではないわ



    マイナンバーでデータベース化したっていうのに、ナンセンスです。


    夫婦別姓、選択的夫婦別姓にしたら、GDPは上がりますよ。


    だって多くの女性が優秀で仕事好きだもん。姓の統一や変更という面倒なことに邪魔されなければ、更にやる気は出ます。


    もう、投票の締め切りまで3時間を切りましたね。

    調べていなくて今更何処へ投票すればいいかわからない
    という方も、夫婦別姓を含む論点の方針が一覧になった見やすい表を作られている方もいますので、検索してみてください。



    娘の風邪も良くなったので、投票に行ってきました。夫婦別姓以外にも総合的な方針を考えて投票しました。





    最近の鬼女の主な活動先はこちら↓

    キリヱクラウド https://kyrie.cloud

    樫尾キリヱのnote https://note.mu/kyrie_jpn


    今後ともよろしくお願いします。



    (補足)

    不妊検査について、後悔している点と、こうすれば良かったと思っている点は、以下の通りです。

    1.性交や排卵に原因を感じないのであれば→最初に提示されるタイミング法はすっとばしてもらう。

    2.検査が少しずつしか進めなくてイライラした→検査をできれば最初に一括でやったほうがいい→4万円くらいです。とはいえ、少しの検査をしているうちにできるんじゃないかって当時は思いますよね。

    3.不育症の「抗リン脂質抗体についての血液検査」は早めにしたほうがいい→血液ちょっと抜けば分かるのに、長いことわからないで何度も流産してやっと検査をし「不育症」が発覚しショックを受けるケースが多いです。
    身近にもありました。私も超初期流産を繰り返し、非常に心配でした。

    「流産を何回か繰り返してやっと血液検査してみよう」なんて、あんまりです。

    血液でわかり、防げるかもしれない流産は、防ぎたいともし感じるのであれば、「抗リン脂質抗体についての血液検査」は早めにしたほうがいいです。






    少しでも若いお父さん、お母さんになりたかったので、半端なく後悔しました。




    でも、娘に出会えた今、こう思っています。


    さまざまな後悔や、行ったり来たりする非効率があったから、「娘」と出会えた。


    だから、きっと全部が、良かったのです。


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