川原 礫チャンネルフォロアー、(レ)ッキーズのみなさま、こんにちは!

本日放送した「川原 礫チャンネル第38回生放送」でもご紹介させていただいた、『ソードアート・オンライン IF 公式小説アンソロジー』の一部を試し読みとして公開いたします!

●そもそも『ソードアート・オンライン IF 公式小説アンソロジー』とは?
“もしも”をテーマに『SAO』の世界を自由に描く、公式アンソロジー小説!
『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン』や『ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット』だけじゃない。
グルメありゾンビありの完全IFな一冊!

書籍情報は【こちら】から!


読める掌編がサイトによって異なるので、両方チェックしてくださいね★


今回は幻の『魔法科高校の劣等生』とのコラボ掌編
「ドリームゲーム――くろすおーばー――」
こちらの一部を試し読みとして公開します!
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『魔法科高校の劣等生』とは?
作品紹介はこちらをチェックしてくださいね!

この掌編は「電撃文庫MAGAZINE Vol.39 2014年 09月号」に掲載された、

佐島 勤書き下ろし掌編を文庫に収録!
当時はなかった石田可奈による新規イラストも収録しております!




 魔法学の分野で「聖遺物(レリック)」と呼ばれている物がある。魔法的な機能を持つ特殊なオーパーツで、二十一世紀末現在の技術によって再現できない物のことだ。

 共に国立魔法大学付属第一高校二年生である司波達也(しばたつや)と司波深雪(しばみゆき)の兄妹は、去年の九月、学友共々この「聖遺物」の暴走に巻き込まれたことがあった。便宜的に「ドリームキャスター」と名付けられたそのレリックは人間が意識せずに排出している想子(サイオン)を一定量吸収することにより起動し、その集団に属する者の夢を結び付け構成員同士でコミュニケーション可能な娯楽の為の架空世界――つまりは演劇体験型遊園地――を作り上げる機能があった。

 少なくとも一万年以上の経年劣化によりコミュニケーション機能に不調が生じており、その為に達也たちは随分と要らざる苦労や恥ずかしい思いをしなければならなかったのだが、その記録は西暦二〇九五年四月から十月までの映像記録と共に保管されているので、ここでは割愛する。今重要なのは――

「……また巻き込まれたようだな」

「……そうですね、お兄様」

 兄妹がまたしてもドリームキャスターが作る世界に引きずり込まれているという非現実にあった。

 現実では西暦二〇九六年八月の九校戦が終わったばかりだ。富士から自宅に戻った二人は久々に自分のベッドで眠りについた。そして気がつくと、深い森の中に立つ煉瓦造り風の一軒家の前に兄妹揃って立っていた。

 パジャマとネグリジェという違いはあるものの、二人とも寝間着に着替えて床に就いた。しかし今の二人は、深雪が首元の詰まった露出が少ない白のロングドレス、達也が革の鎧にマントを羽織った戦士スタイル。衣装面では「役」にはめ込まれてしまっていたが、幸い意識は保っている。目を覚ました後、恥ずかしさにのた打ち回るような羽目にだけはならずに済みそうだ、と兄妹は胸を撫で下ろした。

「お兄様、レリックは一体何処に設置されていたのでしょう? それらしき物を見た記憶は無いのですが……」

 そうなると気になるのは、何故このような事態に陥っているか、である。

「俺も見た覚えが無い。あの時のレリックは危険物として厳重に保管されているはずだから、別の物が作動したのだろうが……あんなに特殊なレリックが果たしてそう次々と何個も発掘されるだろうか?」

 心に浮かんだ疑問に触発されて、達也は自分が立っている地面に「眼」を向けた。

「何だと……?」

「お兄様!?」


 呻き声を上げた達也の、ただならぬ様子に深雪が焦りを滲ませる。

「すまん、驚かせてしまって。しかし、これは……」

 達也の情報体を認識する「眼」に映った粒子は、前回と異なり霊子(プシオン)だけではなかった。

「……想子(サイオン)と、電子が絡み合っている?」

 兄が説明してくれるのを大人しく待っていた深雪が、その独り言に「えっ?」と目を見開く。

「電子? ではこの世界は、レリックの力ではなくエレクトロニクス技術で作り上げられた仮想世界なのですか?」

 深雪は質問し終わってから自分の早とちりに気づいた。

「あっ、ですが、想子(サイオン)と霊子(プシオン)も作用しているのですよね?」

 達也が眉を顰めた深刻な表情で頷いた。

「ああ。だがこの情報構造は感応石を用いた信号変換によるものではない。五感を再現することに掛けては、我々よりずっと進んだ技術が使われているように視える」

「そんな技術を秘匿している組織が存在するでしょうか?」

 仮想現実の技術は各国が開発を競っている分野だ。視覚と聴覚だけでなく、触覚と運動感覚まで再現できれば教育の分野でも通信の分野でも娯楽の分野でも、その需要は計り知れない。

「いや、無いだろうな」

「では一体何者が……」

「分からない。一応、仮説は思いつくが、それを論じても意味は無い。それよりどうすれば現実に戻れるかだ」

 達也はもう一度「眼」を凝らした。

「……現実とのつながりは保たれている。どうやらこの世界はレリックの機能と未知の技術が混線した結果出現したもののようだな」

「では、目を覚ませば戻れるのですね?」

 深雪が幾分ホッとした声で達也に問い掛ける。

「戻れる。ただし、あの時と同じで条件を満たす必要があると思う」

「条件、ですか……今度は何をやらされるのでしょう」

 深雪がげんなりした顔で愚痴をこぼす。

 達也は妹の表情に笑みを浮かべているが、実を言えば彼は完全に自信を持って「戻れる」と断言したのではなかった。

(……いざとなれば電子的な構造を「分解」する。それで混線状態は解消するはずだが……)

 電子的な情報の構造を読み取ることはできた。それは取りも直さず、彼の力で「分解」できるということを意味している。

 しかし、彼が読み取れたのはこの世界の構造情報だけだ。彼が「分解」を発動すれば、この世界が部分的に崩壊することになると予想された。それは全体の構造を把握していない建物の中で、柱をランダムに壊していくことに等しい。混線の解消に伴い「世界」が想定外の壊れ方をすれば、中にいるプレイヤー、つまり自分たちにどんな副作用があるか分からない。

(……「分解」の使用は最後の手段だな)

 達也は不安を妹に覚られないよう、全く別のことを訊ねた。

「ところで深雪、魔法は使えるか?」

「えっ、魔法ですか?」

 深雪は一瞬だけポカンとした表情を見せたが、すぐに目を閉じて意識を集中したり、口の中で色々な言語を呟いてみたり、そろえた指で空中に図形を描いてみたりと試行錯誤を繰り返した。そして達也に向けて、申し訳なさそうに首を振った。

「……温度に干渉する魔法は手応えがあります。他の魔法はブロックされているというより最初から許可されていない感じです」

「どんな手応えだ?」

「実際に魔法が発動する感触はありません。魔法の発動を模倣している、と申しましょうか……仮想シミュレーターで他人の魔法を追体験している感覚が一番近いと思います」

 達也たちの現実における仮想シミュレーターは、まだ視覚と聴覚を再現する段階までしか至っていないが、魔法の修学にも使われている。新しい魔法を覚える際、実際にその魔法が発動された場面を追体験することで魔法発動のイメージを掴みやすくする効果があるとされている。

 ただこの方法には実際に使えない魔法が使えるようになったと錯覚する副作用があって、国立魔法大学付属高校各校では仮想シミュレーターの使用に消極的だ。むしろこの訓練は既に魔法力が出来上がった警察や軍隊の魔法師の間で積極的に採用されている。

「シミュレーターか……呪文と魔法陣、どちらの手応えが強かった?」

「呪文ですね。ただ、実際に反応したのは魔法名の部分だけです」

「ふむ……」

 達也は腕を組んでしばし思考を巡らせると、いきなり左手で一番近くに生えている樅の木の一種(のレプリカ)を指差した。

「セット、カートリッジ・ナンバーファイブ。デフォルト、ロード」

 そのセリフを言い終えた直後、彼の左手から可視化された想子(サイオン)弾――らしきもの――が放たれた。

 想子(サイオン)弾は樅の幹に着弾すると眩い光を放って弾けた。その表面に深さ十センチ前後に抉られた跡が残る。物理的作用力を持たない想子(サイオン)弾で実体物を損傷させるなど、現実では決してありえない現象だ。

「お兄様!? 一体何が……」

 深雪がひっくり返った声で叫んだのも無理からぬことだった。

「……この現象は予想外だったが、操作手順は予想どおりだったな」

 達也も驚きを隠せないでいたが、その中に満足げな響きも混ざっていて、それが深雪の注意を引いた。

「操作手順、ですか?」

「ああ。古典的な呪文の内、魔法名の部分だけ反応があったと言っただろう?」

「はい」

「だから今回の仮想現実世界は音声コマンド入力で、いつもCADを操作している手順をトレースすれば上手くいくと考えたんだ」

「なるほど……さすがはお兄様です。わたしはそのようなこと、思いつきもしませんでした」

「お前の感覚が正確だったお蔭だよ」

 達也は笑って首を横に振り、もう一度左手を樅の木に向けた。

「ナンバーツー、ロード」

 再び左手から想子(サイオン)弾が飛ぶ。しかし今度は幹に傷をつけることはなかった。その代わり、弾痕に残留していた想子(サイオン)の煙が吹き飛ばされる。

「ふむ。無系統は再現されるか」

 今度は右手を隣の木へ向けた。

「セレクト、ザ・ライト」

 ――右手の仮想CADを指定。

「セット、カートリッジ・ナンバーワン」

 ――カートリッジ方式になっているストレージの一番をCADにセット。

「デフォルト」

 ――起動式セレクターを操作せず、第一番起動式を使用することを宣言。

「ロード」

 ――起動式の読み込みを開始。

 本来であれば後は自分の中にある魔法演算領域で魔法式が組み立てられ、魔法が発動する。

 しかし、今回は何も起こらなかった。

「このやり方で『分解』は再現されないか。深雪の言うとおり、再現される魔法の種類が限定されているようだ」

「わたしも試してみます」

 そう言って深雪が左手を胸の前へ、右手を樅の木へ差し伸べた。

「起動式十四番、実行」

 しかし、何も起こらない。

「深雪、CADのOSは英語を基本としている」

「あっ、そうですね」

 深雪は少し頬を赤らめ、同じジェスチャーを繰り返した。

「スターティングフォーミュラ、ナンバーワン・フォー。ロード」

 今度は彼女が指定した魔法のとおり、木の表面に氷が張った。

「……不思議です。魔法が発動した実感が無いのに、魔法と同じ現象が起こるなんて」

「ここは一種のシミュレーション空間だからな。事象改変が起こっているわけじゃなくて、そう見えているだけだ」

「そうでした」

 深雪が少し恥ずかしそうに笑う。達也もつられて笑みを浮かべたが、すぐに表情を引き締めた。

「一部とはいえ魔法が再現できるのだから、抵抗できない暴力に曝されるという最悪の事態は避けられるだろう」

 兄の言葉を聞いて、深雪がブルっと身体を震わせた。彼女はそのシチュエーション――暴力的なアダルトゲームの世界に獲物として引きずり込まれるという最悪の可能性を考えていなかった。

「しかし、それでも気になる。俺たちに割り当てられた『役』は一体何なんだ?」

「……お兄様。考えていても結論は出ないと思います。きっと向こう側からアクションがあるはずですから、それまでここで休みませんか?」

 そう言って深雪は背後の煉瓦造り風豪邸へ目を向けた。

「そうだな。中に手掛かりがあるかもしれない」

 達也はいつものように深雪を背中にかばって、館の扉を開けた。



(つづきは11月10日刊行予定の文庫をチェック!)