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なにも特別ではない平凡なひとのための物語
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なにも特別ではない平凡なひとのための物語

2013-08-15 19:19
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 電子書籍はやばい。本とかマンガとか読みたいというより、電子書籍で読んでみたいという誘惑が強くて、iBooksとKindleとニコニコ電子書籍で読み比べようと同じ本を買ってしまう。おかげで、最近はほとんどご無沙汰していた小説とかマンガとかを、また、読み始めている。ひさしぶりだとこれがまた面白いのがあることに気付くのだ。

 暗殺教室というマンガが面白いという噂を聞いて、ランキングでも上位だったし、買ってみた。これが、ひさびさの大当たりで面白かった。それだけじゃなく、いろいろ今の世の中というのを考えさせられたのだ。

 平凡な生活を送っていたら、突然、殺戮ゲームに参加させられるというのは、すでになんども使い古されているプロットだ。その殺戮ゲームの舞台が学校であり、メンバーがクラスメイトであるというのもよくある設定だ。ちょうど暗殺教室と同じくランキング入りしてたそんなマンガにアホリズムというのもある。こちらはこちらで面白く、暗殺教室とも似たような設定なのに作り方がまったく対照的なので比較してみたい。

 まずタイトルが対照的だ。「暗殺教室」と「アホリズム」。タイトルからして明らかにおどろおどろしいのは「暗殺教室」のほうだ。「アホリズム」はなんか力の抜けたタイトルだ。ところが中身はまったく逆なのだ。暗殺教室は設定こそ担任の先生を学年末までに暗殺しないと地球が滅ぼされるという深刻なものだが、実際は半分ギャクマンガに近くて登場人物はいまのところだれも死んでない。アホリズムはまったく逆でのんきなタイトルとは裏腹に毎回のようにクラスメイトが死んでいくシリアスなストーリーだ。絵もリアルな劇画調だ。暗殺教室の絵は、表紙の絵に描かれている暗殺対象の担任の先生がなにか抽象画かなんかに見え、タイトルの暗殺教室のインパクトと相まって、非常に不気味に見えるのだが、ページをめくるとまさかの表紙の絵のままの担任の先生が活躍していてムーミンかタコのできそこないにしか見えずに緊迫感のかけらもない。

 暗殺教室とアホリズムには似ている設定もあって、生徒達が戦っている敵よりも悪そうな真の敵っぽいキャラクターがいて、どちらも学校のオーナーであることだ。

 こういうマンガを読んでいるおそらくは若い人たちが、これらのマンガを読んで、どういうところに感情移入して共感しているのか、精神的なサプリメントとしての機能性について考えてみた。ひとつは平凡な毎日から脱却したいという非日常性への憧れ。もうひとつは学校に象徴される自分たちをとりまく社会への不満からくる破壊衝動。さらに彼女も含む自分の真の仲間への渇望。そして眠っているはずの潜在能力や可能性を認めてほしいという自己承認要求。そういったものを満たしてくれるのがこの手のマンガのサプリメントとしての機能なんだろうと思った。

 そして暗殺教室とアホリズムを読んで思ったのは、もう、子供達はそういう世の中の似たようなマンガに込められた大人の小賢しい計算なんて、とっくに見ぬいていて飽き飽きしているんだなということだ。
 だから、シリアスなマンガに「アホリズム」なんて間抜けな名前をつけざるを得なかったのだろうし、「暗殺教室」という深刻なタイトルにはギャグマンガみたいな体裁をくっつけざるをえなかったのだ。そうでないと、もう感情移入できないのだ。

 そのうえで、なお、いまだ満たされない自分たちの心に空いた穴をなんとか埋めたいと求めているのだろう。そう思ったのだ。

 暗殺教室はシリアスな題名にギャクマンガの体裁をとっている。でも、そこで描こうとしているテーマは、やはり、読者への救いだ。どんなに平凡な人間だって、他人には理解してもらえないかもしれないが、悩みながら必死に自分なりに頑張る毎日を過ごしている。それは社会から認められないおちこぼれE組の連中が実は地球を救うために戦っている姿と符号する。これからの人生に希望を見出せないまま努力をつづけている現実の読者たちを肯定して励ましてくれるのは、来年に地球を滅ぼすのに生徒を教育しつづける殺せんせーだ。殺せんせーと命のやりとりをしているのは、まさにそれぐらいに真剣に自分と向き合ってくれるような人間関係に読者が飢えているからにほかならない。
 暗殺教室は、今、いちばん、たくさんの若い子の心に勇気を与えている、そういう作品じゃないかと思う。
 話しは変わるが、Fooさんという音楽プロデューサーがいて、彼がプロデュースしているルートファイブというグループの「ボク時々、勇者」という曲が、今の若い世代のの気持ちを一番よくあらわしているんだと、去年から彼が自画自賛で力説していた。


 平凡な毎日を変えたくて勇者になりたいんだけどなれない自分も分かっている。でも、なりたいんだ、みたいなことをいっていたような気がする。

 正直、あんまり興味がなくて聞き流していたんだが、最近、ずっと待ちうたが、その曲に設定されていて、何度も電話をかけているうちに覚えてしまった。結構、いい曲だった。そのサビの一節。

もう嫌になるくらいいつも通り
変わんない僕らの日々に
誇れるものなど何一つも無くても
昨日の僕に恥じぬように
たとえ勇者にはなれなくても
探すよ 捨て損ねたなけなしの勇気を

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