まつりの話
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まつりの話

2020-10-23 18:42

     これは僕の友人の話で、何かはっきりした実害があった訳でもないのだが、ちょっとした話のタネと思って聞いてもらいたい。

     彼が生まれ育った街には地味ながら毎年、市によって祭りが開催される。地味とはいってもそれなりに出店はあるし、毎年の目玉として、市内の団体がそれぞれ思い思いの衣装で音頭に合わせて踊り歩く、という時間もある。衣装は一般的なハッピであったり、その年に流行したキャラクターに扮装したり、あたかもチアリーダーのような華やかなものもある。参加者は老若男女さまざまであり、観客もそんな参加者が踊り歩く道路を囲むように隙間なく埋まる。

    また、その祭りの期間中は、昼間にも装飾されたトラックの荷台に乗って太鼓を打って市内を回り、それに追随して神輿を担ぐというようなこともする。7月末のことだからたいてい炎天下のもとで行われる。トラックの荷台には屋根が備え付けられているし、神輿を担ぐにもずっと付いて回る人もいるが、やはり倒れてしまう人は少なくない。

     このいずれのイベントも、1か月くらい前から夕方ごろに毎日のように練習する。そのため、その時期は太鼓の練習の音がどこからともなく聞こえてくるのである。太鼓をたたくにも、神輿を担ぐにも市内のいくつかに区切られた地域でそれぞれ出すため、当日は鉢合わせすることもあるし、市内のどこにいても太鼓の練習の音が聞こえるのである。

     僕の友人は大学も自宅からの通いであったため、その祭りが開催されていることは知っていたが、あいにく大学では試験がまだ終わっておらず、とても祭りを楽しむ余裕はなかった。

    彼の地域にある神社にも、祭り用の神輿は保管されていたが、その周辺は管理が行き届いておらず、草が伸び放題であった。彼はどうせ自分には関係のないことなのに、今年の祭りは大丈夫だろうかといらぬ心配をした。そして彼は、一緒に住んでいた祖父にその話をしたのである。

    「神社が荒れ放題だけど、今年は祭りに参加しないのかな」

     すると、祖父はあまり興味もないという風にそっけなく言った。

    「ああ、太鼓の練習をする音も聞こえていたし、参加するだろう。まあ、すぐに草刈もするだろうよ」

     彼はその年には練習をしている音を聞いていなかったために釈然としなかったものの、大学で調べ物をして帰ってくるときなどはかなり遅くなるので、そのせいで練習の音を聞く機会を逸しているのだろうと考えた。

     僕の友人は祭りの1週間前になっても草が駆られていないのに気づいていた。また、彼はいまだに太鼓の音を聞いていなかった。彼はおかしいと思った。「この地区の人は、今年は祭りに出ないのではないだろうか。祖父が太鼓の音を聞いたと言っていたが、もしかすると祖父の聞き間違えかもしれない」そう自分で考えた、丁度その晩のことである。

     彼は寝苦しくなって夜中に目が覚めた。時間は定かではないが、水でも飲もうと台所へ向かった。開け放しの窓からくる風が不快で生暖かかった。彼は清らかな虫の鳴き声の間に、軽快な打撃音が響いてくるのに気づいた。こんな時間に練習か、とも思ったが、彼は思いなおした。その時間は明らかに楽器の練習には非常識な時間だった。それに、草刈りもせず荒れ放題の神社や、練習の音が今まで聞こえていなかったから、今年は祭りに参加しないのだと考えていたところだったし、丑三つ時に聞こえてくる太鼓の音は軽快さの中にどこか陰鬱な感じがして薄気味悪かった。

     彼は昔自分も太鼓を練習した場所へ、何者が他人の耳をはばからずにこんな真夜中に太鼓をたたいているのか確認しに行こうとした。しかし、太鼓の音は、彼の決心に気づいたかのように、ぴたりとやんでしまった。彼は内心ほっとしながらも、悪態をつきながら再び床に就いた。

     彼はそれからしばらく体調が優れなかった。大学では試験があるので休みはしなかったが、勉強をしながらも、夜は早めに寝るようにした。祭りの前日、目を覚ますと妹が心配そうに覗き込んでいた。祖父も近くにいる。どうやらかなりうなされていたようで、妹がたまたまそれを聞きつけて、祖父に相談したのだった。その日、大学の帰りに神社によると、いつの間にか草刈りがされておりきれいになっていた。彼はお参りをして帰途についた。それからは、徐々に健康を取り戻し、試験の結果が優れなかったことを嘆いていた。

     私が友人に聞いた話はおおよそこの通りのことである。祭りは例年通りの盛況に終わり、友人も大学の帰りがてら、タコ焼きやリンゴ飴を購入していったようだった。私も例の話を聞いたので、彼とは違って昼間からその祭りに行ってみたが、なかなかに人が多く、規模は小さくても少し気疲れするくらいの賑わいだった。午後3時くらいになって、話に聞いた太鼓と人を乗せた各地区のトラックが駅前の広場に集合し始め、あたりは太鼓の音一色となった。各地区の名称がトラックの側壁に書いてあるのに気づいたので、彼が住んでいる町の名称を探してみたが、ついに見つからなかった。


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