古いムック本
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古いムック本

2020-11-20 18:26

     私は本屋やネットで風変りな本を漁っては、ぱらっと見て満足してコレクションするという趣味を持っていて、家には今後開かれもしないだろう本が積みあがっている。

     最寄りの郷土資料に強い古本屋に、月に1度は必ず行くのだが、そこで見つけた本の話をしようと思う。

     その古本屋でアルバイトをしている青年は、家でよく奇声をあげているという噂があるのだが、話してみると存外普通だから噂などあてにならない。それどころか、将来自分の店を持つために郷土資料や古本売買の勉強しているのだというから、見上げた青年だ。

     その古本屋では郷土資料がまとめられている一角の手前に、ムック本のコーナーがあって、20年も30年も前のものがあるから、毎度なんとなく引き寄せられてしまう。

     その本の中に、呪術を特集したものがあって、出版社やシリーズ名も聞いたことがないものだったが、なんとなく興味をもって購入した。

     本の中身はというと呪術の歴史などと銘打って、呪いによって死亡したとされる事例や、ブードゥーの呪術医への現地取材が特集されていた。

     また、象形文字と漢字が合わさったような文字を連ねた御札が掲載されており、ご利益があるんだかないんだか、切り取って肌身離さず持ち歩こうという言葉とともに、御札の効力が併記されていたが、その中でまるまる1頁使った項目があって、同じような文字や装飾に囲まれたその頁には、1人の名前がびっしりと書き込まれていた。

     名前は恐らく前の所有者が書き込んだものだろうと思う。なんとも憎しみが込められているようで、一文字一文字を何度も強く書きなぞったのか、2、3頁先まで凹んでいた。

     その頁はどんな効果があるのかとよくよく見てみると、呪い殺したい相手の名前を書こうとなっており、こんな頁を設ける出版社にも、そんなものを真に受けて名前を書き殴る読者にも少々辟易した。

     私は不気味さというよりは、人間の愚かさのサンプルとしてよいコレクションが手に入ったと、いそいそと本棚に仕舞った。

     そのムックを本棚から引っ張り出したのは、ハローワーク帰りに寄った図書館で読んだ新聞記事が原因だ。

     新聞は最近のものはほとんど目を通さないが、新聞社が発行している古い新聞の縮刷版に取り上げられている古い事件を見るのが好きで、その日は地方紙の1990年代の縮刷版をぱらぱらとめくっていた。

     その記事に私の地元出身で、都内で地下アイドルのようなことをやっていた女性が事故死したと書いてあり、それが忘れもしないあのムックに書き殴られていた名前だったのである。

     古本屋の本は店頭での売り買いの他、業者向けの競りがあって、個人経営の古本屋でも、必ずしも店頭に並んでいる本が地元の人が売ったものとは限らないのだが、私は因果のようなものを感じずにはいられなかった。

     呪術による殺人は因果関係が証明できないから裁判で裁かれることはないと有名なドラマで言っていた気がするが、それよりも深刻なのは、他人にわからない方法で相手を殺したと自分が思い込むことである。

     死んでほしいほど憎んでいるが、自分で手を下すのは恐ろしいというような考えの人間が、呪った相手の死に直面してどう感じるか。

     清算するために自首したいと思っても、誰にも相手にされない。彼女はただの事故死で、呪いなどとは関係ないといわれるのがおちだ。しかし、呪った本人にとってはそれが真実なのである。自分が殺したものと思い、自責の念にさいなまれ、後悔することもあるだろうし、呪いが成功したと達成感を覚える場合もあるかもしれない。

     しかし、私が推測するにあのムックの元の持ち主は後悔したのだろう。

     新聞の縮刷版をさらに読み進めると、1週間後、地下アイドルの元同級生の女性が自殺したとあり、親友の死に絶望か、と見出しが付されていた。WHOが自殺報道へ勧告を出す前だから、今よりもメディアの自殺報道への抵抗感は希薄だったと見える。

     地下アイドルの事故死にしろ、元同級生の自殺にしろそれほど大きな記事ではなく、続報も特には見当たらなかった。

     私は帰宅してなんとなくムックを引っ張り出し、あの恨みのこもった頁を眺めながら、新聞で親友とされていた2人の間にどんな葛藤があったのだろうかと思いをはせた。

     そして、最後の奥付が書かれている頁に小さく弱々しい字で、ごめんなさいと書き込まれていることに気付いた。


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