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首を吊る人影
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首を吊る人影

2021-01-15 17:31

     先日、自宅でうっかりして怪我を負ってしまった。一人暮らしな上、少々血が出すぎてしまったため、ふらふらする頭で救急車を呼んだ。救助に来た人は苦い顔をしていたように思う。室内に招き入れた後の記憶はない。目を覚ました時には、次の日の昼になっていて、僕は病院のベッドに横たわっていた。

     天井に消火設備用の細いパイプが何本か通っているのが目に入った。腕には点滴が打たれていて、少し狭い個室は例によって真っ白だった。窓からは光が差し込んでいて、窓の外の少し離れたところに、木の枝が伸びているのが見えることから、その部屋が2階か、3階だということが予想された。僕は動く気にもなれず、天井の模様が類像現象で人の顔に見えるものがいくつあるか数えていた。しばらくすると看護師が入ってきて僕が起きているのを知り、にこやかに体の調子がどうか聞いてきたので、僕は悪くはないと答えた。看護師はそのほかにも何か僕に聞いてきていたはずだが、どういった問答をしたかは覚えていない。やがて看護師は退室していった。

     医師との話の結果、結局翌日の昼に退院する事になって、体がだるかった僕は、かなり早い時間に目をつぶった。

     目覚めると室内は真っ暗だった。時間を確認しようとベッドのそばに時計でもないかと頭を動かそうとしたところ、眼球以外の体の各部が全く動かせなくなっていた。いわゆる金縛りというものらしい。どうしようもないのでじっとしていたが、突然ベッドに誰かが上って来たらしく、ぎしっと軋んだ。僕は一生懸命そちらのほうに視線を向けた。暗くてよく見えなかったが、うっすら浮かぶ人影からどうやらそれが、線が細く、髪の長い女性であるように思われた。僕の右手にある窓側に向かってしばらくたっていたその人影は、手を高くに掲げて、自分の首に手を押しつけるようにしていた。少し間をおいてから、それが天井のパイプに吊った何かに首をかけているのだと気付いた。僕は止めようとしたが、声が全く出ない。相変わらず動くのは眼だけだった。突然人影はじたばたと暴れ始め、苦しみもがいているようだった。僕はもう止めることも忘れて、見ていることしかできなかった。しばらくして人影は力を失いゆらゆらと揺れ始めたが、パイプかなにかが耐えきれなくなったのか、間もなくどさっという音とともに人影は落ちていった。

     僕は体が動くようになったことに気付くと、しゃにむに飛び起き、入り口近くにしかないスイッチで明かりをつけた。心臓が激しく脈打ち、呼吸が乱れていた。光に目が慣れ始めるまえに目を細めてみると、人影も何も無くなっていた。天井のパイプは無傷でゆがみもなく、ひも状のものも見当たらなかった。一瞬夢だったのかと考えたが、布団の一部が人の足の大きさにへこんでいるのに気付いた。枕元に置いてあった腕時計はだいたい午前2時半を指していた。

     翌朝僕は、その体験について悪夢を見た与太話として看護師に話した。看護師は誰かに何か聞いたのかと言ってきたが、僕はそんなことはないと否定した。看護師はまだ何かを疑っているのか、怪訝な視線を向けたが、朝食の後片付けをして病室から出て行った。退院のため荷物をまとめて階下の受付まで行こうとナースステーションを通過した時に、先の看護師が他の看護師と話をしているのを聞いてしまった。どうやら5年前にその部屋である患者が自殺したらしい。その患者は、もはや治らない重病を患っていて、着替えのシャツで首を吊ったのだとか。しかし今までその病室に泊まって、そのような話をしてきた患者はいなかったようで、看護師達は希死念慮のある患者同士何か通じるものがあったのではないか、などと話していた。

     僕は、自分の状況説明が建前上、額面通りに受け取られたに過ぎないことを知った。

     自分の無力さを嘆くきっかけになった、居酒屋で聞いた友人の悩みが頭をよぎったが、今は自分の中にあるわだかまりを緩和する術を見出すことが先決であるように思えた。


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