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沼のほとりで
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沼のほとりで

2021-01-29 21:44

     僕がアルバイトをしている古本屋に昨年くらいからよく来るようになった客で、年齢よりもだいぶ幼く見える女性から聞いた話です。

     その女性は正直なところ少し大人びた仕草の中学生かあるいは高校生かとも思ったのですが、平日にもよく来るので尋ねたところ、二十歳になる大学生だということを知りました。その会話以降その女性はちょくちょく挨拶してくれるようになって、本のお勧めとかを話し合ううちにこんな話を聞いたのです。

     彼女が小学生のころ、夏休みに祖母の家に訪れた際に、水田の多い沼の近く、住宅地と田圃を遮るように茂る雑木林で遊んでいました。するとそこで、妙な木の枝を見つけました。子供の細腕が干からびたような、そんな印象を持つ枝だったそうです。それをあろうことか恐れ知らずの彼女は手に持ち振り回しながら、沼の方へ向かいました。

     沼のほとりに到着し、ボートを沼に浮かべるための坂道から漣を眺めていました。あいにくサンダルではなかったので、水に足をつけるようなことはしなかったそうですが。

     しばらくそうしていると、草むらからがさがさと音がして鳥か何かいるのかと見てみると猫くらいの大きさの奇妙な生き物が二本足で直立していました。その動物の肌は、露出した部分は両生類のようにてかてかしていて、ところどころ毛におおわれていたそうです。

     動物は彼女と目が合い、じろじろと眺めていたそうですが、彼女が手に持っている木の枝に興味を示したように見えました。彼女は木の枝で遊びたいのかと思い、その動物に枝を差し出すと、恐る恐る近づいてきてそっと手を出し、4本指の水かきがついた手で器用に枝を握り、お辞儀をするように頭を低くしてからまた草むらの中に消えていきました。

     彼女はもう少しその動物と遊びたかったとがっかりしましたが、仕方ないと思いなおして沼の周りを何か面白いものはないかと散歩し始めました。

     それから、何をしていたかはっきりとは覚えてないと彼女は言いましたが、うっかり沼に落ちてしまい、パニックになった彼女は溺れてしまったのだと言います。助かった後によく見てみると、腰までの深さしかない、岸からほど近いところだったそうですが。

     彼女はしかし、助かった時確かに誰かに手を引いてもらったのだと主張しました。助かった彼女が岸辺でうずくまってしばらく咽たあと、周囲を見回しても誰もおらず、びしょ濡れの彼女一人がそこにいたのだそうです。

     彼女の手にはなぜか、いかつい表情をした不動明王の根付が握られており、彼女は興奮気味に絶対にあの動物が助けてくれたんだと言うので、僕はきっとそうだろうねと言いました。

     それにしても溺れているところを助けて、何かのメッセージか、お守りなのか、お不動さんの根付を彼女に贈るとは奇妙なことです。

     彼女が話の後ひとしきり書棚を見終わり、今回は何も買わずに帰る様子をありがとうございましたと言いながら見守っていると、彼女のバックパックに不動明王の根付がぶら下がっていることに気付きました。だいぶ年季の入った渋いもので、それを持っているからそんな話を思いついたのか、あるいはその話が本当なのか、今のところ聞けずにいます。


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