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ファミレスのカップル
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ファミレスのカップル

2021-03-05 19:42

     大学で同じ講義をとったものでちょっとずつ話すようになった女の子から聞いた話だ。普段は腐れ縁の針尾か、まあ誰かしら知り合いがいるもんだが、その一般教養の民俗学の講義は珍しく一人になった。その子は一個下の三世子という名前で、学科も同じだったから少しずつ話すようになっていったわけ。

     とある水曜日の講義を待つ教室で、気弱そうな准教授が来るまで時間があったから聞いたんだ。三世子が友達と大学の近くにあるファミレスで夕飯を食べていたらしい。ハンバーグを食べていたといっていた。

     食べ終わっても、ドリンクバーと席を往復しながらしばらくだべっていた。んで、そろそろ帰るかって時に、女が金切り声をあげるのが聞こえたんだと。窓際に座ってるカップルがけんかを始めたわけだ。それを友達が面白がって、それを見てから帰ろうということになったらしい。三世子は他人の痴話げんかなんか興味なかったものの、友達は早々と席に座りなおして、聞き耳を立てていたので、あきらめて座りなおした。話声は周りなど気にせずにどなり散らしている女のせいで、よく聞こえたらしい。やっぱり三世子も気になったんだろうな、問題の席には背を向けた姿勢だったらしいが、ちらちらと盗み見ていたといっていた。女は座ったまま手を振り回しながら叫んでいたが、男はうつむいたまま黙っていた。推測するに、男が何かへまをして、女に怒られているというところだろうか。男がしたことは何だろうか、女の怒りようからすると、浮気か? いや、それとも財布を忘れたとか。案外、別れ話を唐突に切り出されて、女が逆上したのかもしれない、などと三世子の友達が勝手な憶測をした。

     女の怒鳴り声がにわかに途絶えたもんだから三世子はカップルの席に視線を移した。すると、女が手を振り上げているのが見えた。あ、これは机をたたくな、と思っていると、案の定勢いよく女が机をたたいた。ばしんとそこそこ大きい音が店内に響き、女はそのまま立ち上がって、店を出て行った。

     三世子は確かに窓の外にある赤い自動車に乗ってどこかへ行くところまで見届けたのだという。男はまだうなだれたままだった。女が出て言ったことで、しんと静まり返っていた店内がざわめきだした。三世子はなんとなく緊張してしまって、喉が渇いたのでドリンクバーに向かった。そうすると、出入り口とは反対側にあるドリンクバーのさらに奥にあるお手洗いから、さっきの女が出てくるのが見えた。三世子はついじっと見つめてしまって、その女に気付かれ、いぶかしげな目つきで見られてしまった。しかし、女はすぐに未だ顔を伏せたままの男のもとへ行き、何事もなかったかのように座った。三世子はドリンクバーにグラスを置いたまま席に戻った。友達も、その女を見て驚いていた。店内の人々も再び静まり返った。男はやっと気付いて、顔を上げた。しかし、やはりその男も疑問に思ったようで、何か言いたげにしていたが、機嫌を直したように見えたその女に下手なことをいって怒らせたくないのか、それとも適切な質問が思い浮かばないのか、言葉に詰まっていたらしい。男は窓の外に視線を一瞬だけ移した。その女の車があるかを探したのだろう。しかし、やはりあの目立つ車は見当たらなかった。そもそも、俺もそのファミレスに行ったことがあるからなんとなく想像がつくが、トイレは出入り口に近いわけでもなし、ファミレスの左右にも裏にも別のビルや自動車ディーラーがあるから、車に乗って走り去った直後にトイレ側に回り込むのは不可能だったはずだ。

     男はまだ疑問が晴れないようだったが、そのまま二人は連れ立って出て言った。そして、店内にいたほとんどの客が見守る中、窓の外でその女が、車がないと喚いている様子が見えたという話だ。

     三世子は車泥棒のドッペルゲンガーだとけらけら笑っていて、俺は一瞬こんな筋道の通らない馬鹿げた話でからかわれているのかと思ったが、突然教室に滑り込んできた一人の女生徒が三世子の前で急停止して俺の疑惑を吹き飛ばしていった。

    「大ニュース!! この前のカップルの女見つけた! バス停んとこの喫茶店にまだいると思う。後つけるから一緒にいこうぜ」

     やばいだのなんだのと嬉しそうに言いあいながら二人は教室から出て行った。准教授が教室に入ってきたのはそれからほんの2分後だ。


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