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2021-03-19 20:57

     2、3年前の夏ごろ、市内で行方不明者が出た。駅前などで両親がビラ配りをしていたのをよく覚えている。失踪するにはそれなりの理由があるはずだが、その女性は何の前触れもなく唐突に消えたらしく、誘拐事件として警察が捜査していたが、身代金の要求もなし、犯人からの声明もなく、進展が見られないためやむを得ず公開捜査と目撃情報収集に切り替えたというのが事のあらましだ。

     僕は当時どこにでもいる受験生で噂を耳にした程度の話なのだが、駅前で配られていた顔写真を見るとその女性は美人だったので、その人自身が誘拐犯人にとっての目的である可能性が高そうだなと感じた。

     同級生なども興味津々で噂をしており、虚実入り混じっているだろうが、日々を過ごすうちに様々な噂を耳にした。曰く良好と思われた両親との関係性だが、父親が過保護で都内の大学を出たその女性を無理に実家に連れ戻したとか、監禁こそしていなかったが、自由もほとんどなく箱入り状態だったとか、実は親身に相談に乗っていた男性がいたとか。そのため、誘拐事件ではなく駆け落ちなのではともいわれていたが、通学する度、毎朝必死にビラ配りをしている彼女の両親の姿を見ると、僕には駆け落ちだとは思えなかった。

     暑い日が続く中、近所で幽霊が出るという噂が立ち始めた。それも一人ではなく何人もが、髪の長い女性の幽霊を見たというのだ。海の上に人影が立っていた、川の向こう岸から手招きをされた、橋で人とすれ違った後で振り返ると誰もいなくなっていた、など見た状況は様々だった。人々は誰もが行方不明の女性を連想したが、彼女が死んでいると暗に示すことになるため、口に出すことは憚られた。

     僕は受験勉強からの現実逃避でその幽霊の目撃情報があるあたりを散策していた。それで、何故そうしたかは全く覚えていないが、海のほど近くにある林に十年以上前から放置されている大型の冷蔵庫を開けてみたいという強い衝動に駆られ、周囲に人がいないことを確認し、緊張と罪悪感に震える手で扉を開けたのだった。

     そこには彼女の遺体が驚くほどきれいな状態で納められていた。

     心臓に何か疾患を抱えていた様で、誘拐時のショックで病状が悪化して死んでしまったのだという。その時の様子はその後逮捕された男から証言された。

     発見から数日して一人の男が誘拐事件に関与したと自ら警察に出頭したのだ。男は酷くおびえていて証言内容は支離滅裂だったそうだ。週刊誌の記事によると、4人の男たちは乱暴目的で女性を大きめのバンに押し込んで、人気のないところまで走ろうとした。女性は強く抵抗していたが、急に苦しそうに呻きだし、やがて動かなくなったため恐ろしくなって車を止め、放置されていた冷蔵庫の中に隠したのだという。

     男たちはそのまま何食わぬ顔で生活を送っていたのだが、一人は労働中に工事現場で事故死、一人は恋人との痴話げんかの最中に足を滑らせ、階段を転落して死亡、一人とは連絡が取れなくなった。警察に出頭してきた男によれば、次は自分の番だと思ったが、誰かに助けを求めるわけにもいかず、しばらく一人で悩んでいたのだが、常に何かに付きまとわれているような気配が消えない。自宅や仕事先の冷蔵庫から女の声で「出して」と聞こえることが何度も繰り返し起こるようになったため、恐怖に耐え切れずに警察に自首することにしたのだという。

     しかし結局、その男も留置所での勾留中に自殺を図り、一命はとりとめたものの重い障害を負って入院したと噂されている。

     以下、母親との会話。

    「覚えてる? 若い女性が男たちに誘拐されて冷蔵庫で死んでいるのが見つかったことがあったでしょ」

    「若い女性って、他人事みたいな。○○ちゃんでしょ。心臓が悪くてこっちに戻ってきてから何度か会っていたんじゃないの」

    「え、あ」

    「そ、そうそう」

     母親が訝し気に僕を見る。

    「それで、それがどうしたん」

    「いや、友達に聞かれて。冷蔵庫に入ってたせいか、遺体が綺麗な状態で見つかったじゃない」

    「正成どうしたの。あんた変よ」

    「え、な、何が」

    「まあ、いいわ。でもこの話は終わり。もう思い出さないほうがいいよ」

     それから僕は自室に戻って、そういえば、あの時、彼女の遺体は茹だる様な夏の日々にさらされて、白く透き通るようだった肌が青黒く変色しているところを見つけたのだった、と思い出した。

     子供のころは近所に住んでいたのでよく一緒に遊んだものだったが、彼女の親の都合で市内の別のところに引っ越したのと、彼女が中学校に進学する時期が重なり、それから疎遠になっていた。その後、大学を卒業した彼女に偶然会い、勉強を教えてもらうという口実で何度か会っていたのだった。彼女の死の原因を作った男たちを当時強く憎んだが、どうすることもできずに受験勉強に没頭することで気を紛らわせたのだ。男たちの死が偶然によるものか、彼らの罪悪感が死を引き寄せたのか、もっと別の何かが彼らを死に至らしめたのか僕にはわからなかった。

     僕は彼女の遺影に手を合わせに行こうか、と考えた。


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