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お化け屋敷
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お化け屋敷

2021-04-09 20:53

     敦也は腐れ縁の針尾を含めた高校時代の友人たち男ばかり5人で、最近できた遊園地に行くことにした。夏休みの長期休暇で久しぶりに遊びに行こうという話になったのだった。

     その遊園地はもともと精神病を取り扱う病院だった建物をお化け屋敷として運営することを主軸とし、林に囲まれていた周辺の土地を切り開いて、能天気なテーマパークにしたものだった。病院はインターネット上で小倉川脳病院跡地という通称で廃墟として有名だったものだ。大戦中に軍によって接収されたと推測されるが、跡地と麗仁英会小倉川病院という名称以外の記録は残っていない。脳病院という名称は現代では脳神経外科や精神科などに細分化されている脳髄の病気全般を請け負っていた病院の通称で、精神病患者の治療にあたっていた。

     現代でも精神病を取り扱う病院では患者の人権保護と、従業員、患者本人の身の安全のための身体拘束という矛盾を抱えながら治療にあたっているが、1954年に向精神薬が開発される前にすでに閉院していた小倉川脳病院は、当時の精神病への無理解から監禁、拘束、人体実験じみた治療、患者の脳をホルマリン漬けにしていたなど、真偽のわからない噂がある。

     あくまで噂は噂であるが、そこがお化け屋敷である以上、演出としてその建物がどんないわくつきかということが入場者の恐怖心を煽るために案内されるのである。

     建物には精神病棟特有の鉄格子付きの病室などがあり、そういった内装がそのまま活用されている。客を入れるにあたり、柱の補強や抜けてしまった床の張替えなどはしたが、補修した後に意図的に傷や汚れを模した塗装をし直している。

     敦也たちは遊園地に入場するなり目玉のお化け屋敷へと直行した。

     ゴムチップで舗装された細い道を行くと、木造の建物と後から増築されたようなコンクリートの建物が連なっており、如何にも建設されてから長い年月が経っているというように、壁は薄汚れ、ガラス窓はいくつも割られていた。

     入り口の隣には場違いなほど真新しい液晶ディスプレイが置かれていて、お化け屋敷を舞台にして撮影した映像が流されていた。客は映像を一通り見てから中を探索する。現代のホラーコンテンツに慣れ親しんだ5人は、泣き叫ぶ患者や、積み重ねられた死体、手術で大げさに血を吹き出しながら脳味噌を取り出す映像を見て薄ら笑いを浮かべながら入っていった。

     病院の受付がそのままお化け屋敷の受付となっており、看護師風の白い制服を着たスタッフがチケットを確認して5人を陰気な目で睨みつけると、小声でどうぞお進みくださいという。

     中は薄暗く、陰気な雰囲気が漂っていた。扉についた鉄格子から病室を覗くと、病衣に身を包んだ出演者が壁に頭を打ち付けている。どっ、どっ、と一定の感覚で鈍い音が鳴る。よく見ると壁に血がついているようでもある。

     何部屋かに出演者が入っていて、精神病患者を演じていた。通り過ぎようとすると扉を思い切り叩いたり、鉄格子の隙間から手を伸ばそうとする者もいた。しかし、入場者側からはどの扉も開けられないようになっていて、その安全対策でどこか現実に引き戻されるようでもあった。

     奥にある浴室にたどり着こうという時に、敦也がいなくなっていることに針尾が気づいた。針尾は他の3人を引き留め、敦也を探すために引き返すことにした。敦也はまもなく見つかった。

     先ほど出演者のいない空き部屋で素通りした病室の一室に居て、鉄格子越しに4人に助けを求めていた。4人はお化け屋敷の演出か、敦也が4人を驚かすためにもぐりこんだのかと考えた。

    「どうやって入ったん」

     笑いながら、高校時代テニス部だった春明が言う。敦也は4人が戻ってきて少し落ち着いたようだった。

    「お前らと一緒に通り過ぎた後に急に開いて、何か見落としたかと思って部屋を覗き込んだら、誰かに押されてその隙に扉が閉まっちまったんだよ。これ、お化け屋敷の演出?」

    「いや、知らんけど」

    「そっちから開けらんない?」

    「さっき試したじゃん、今も開けらんないよ」

     春明はしゃべりながらドアノブをガチャガチャと回して見せた。

    「遠隔操作とかで鍵締めたんじゃねえ?」

     4人がああでもないこうでもないと扉の前でしばらく問答をしていると、遊園地の制服を着た男性が近付いてきた。

    「どうかされましたか」

    「あ、この部屋」

     針尾が説明をしかけたところで、男性は部屋の中に敦也が入っていることに気付いた。

    「お客さん、困りますよ、どうやって入ったんですか」

     敦也が再度説明すると、男性は最初不審がっていたが、持っていたマスターキーを使っても扉が開かなくなっていることを確認すると、無線で連絡を始めた。

    「遠隔操作で鍵の開け閉めとか、扉の開閉をしてるんじゃないんですか」

     春明が待ちきれずに質問した。男性は連絡を終えると向き直った。

    「そういう設備はありません。内側から開閉できる鍵と、マスターキーでロックしてます。お客さん、本当にそちらの鍵開かないんですね」

     敦也がそうです、と答える。マスターキーを試した時も、敦也は手で鍵を押さえているなど、疑われないように扉から離れていた。

    「設備担当が到着次第、対応を検討しますが、無理やりこじ開けることになると思います」

     針尾は不安を覚えていた。まさか、廃墟をそのままお化け屋敷にするなどという罰当たりなことをしたから、敦也が危険な目に遭っているのでは、と。

     設備担当がやってきて、ドアノブに六角レンチを差し込んでいたが、しばらくして制服を着た男性に耳打ちした。

    「いたずらで接着剤とか使われていると、鍵壊さないとどうにもならないですよ」

    「滅多なことは言うな。鍵壊してもいいから開けてくれ」

     すると設備担当は敦也に対して、扉を蹴って開けるため危険だから離れていてください、と指示した。敦也は素直に部屋の右奥へと下がった。4人と制服を着た男性も扉から離れる。設備担当はドアノブの真横を力任せに蹴り始めた。

     扉を蹴る音が響くが、なかなか扉は蹴破れない。敦也は子供のころに祖母から聞いた話をふと思い出した。


     祖母の大叔父が精神病院で亡くなったのだという。

     その年、正月に祖母の家で過ごしていて、普段は許してもらえない夜更かしをしていた。祖母は珍しく酒を飲み、仏間の額縁に飾ってあった亡くなった親類について話したのだ。

     祖母の大叔父は技師として優秀だったが、家族を顧みず仕事に追われる中で精神を患ってしまった。もともと粗野な人で祖母は盆の集まりなどで大叔父を見るのも嫌だった。精神病を患ってからは手が付けられないほど暴れるようになったので、親類の男衆総出で簀巻きにして精神病院に放り込んだのだ。

     ところがまもなく、精神病院でも酷く暴れたため、取り押さえる際に何か所も殴打され、打ち所が悪くて死んでしまった。親類の何人かは抗議したらしいが、祖母は大叔父が亡くなったと聞いてほっとしたのだと言った。敦也はその話を聞いて悲しくなったが、正義感の強い祖母がそう思うのだから仕方のないことなのだろうと思った。


     何度蹴ったか、ようやく扉が開いた。鍵は変形し、ドア枠の一部が破砕した。そして、敦也はその部屋に居なかった。

     設備担当が真っ先に扉の鍵を確認したが、接着剤は付着していなかった。精神病院の設備をそのまま流用しているから、その部屋に扉以外の出入り口はない。

     針尾は部屋に飛び込んで敦也の名前を叫んだが、返事が来ることはなかった。


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