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遊園地
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遊園地

2021-05-07 18:17

     鞍田は困惑していた。妹の理恵が盛大に寝坊したせいで遊園地への到着は昼頃になったのだが、どうもあちこちでトラブルが起きているらしい。精神病院跡地を利用して病気に苦しむ人たちを見世物にしているらしいことは事前情報でわかっていたので、あるいはその不謹慎さに業を煮やした正義中毒者たちが暴れまわっているのだろうか。

     2人とも成人しているとはいえ理恵とその友達の三世子に何かあると、お財布役として来ている鞍田にも少なからぬ責任が生じる。入場したばかりだが予定を変えようか、と2人に提案したが、心配しすぎだと一蹴された。鞍田は仕方なくなるがままに任せることにした。

     理恵が広げたパンフレットを三世子がのぞき込む。三世子のバックパックについている、不似合いな、厳つい顔をした像が彫られている根付が揺れた。はしゃぎながら最初に行くアトラクションを相談している傍で鞍田はスマートフォンを取り出し、SNSで何か情報がないか検索した。すると、遊園地の名称をハッシュタグにした投稿がいくつもヒットし、単に楽しんでいるだけの投稿に混じって、お化け屋敷で行方不明者が出ているらしく入場できないという愚痴が見つかった。アトラクション内で迷ったということだろうか。

    「お化け屋敷はマストでしょ」

     理恵が言い、三世子が賛成する。2人は鞍田を置いて行こうとしているので、慌ててついていく。鞍田には遊園地で一人置いて行かれるのは心細い。SNSの情報は気になったが投稿時間は何時間も前だったから、行方不明者もきっと見つかっただろうと思えた。

     精神病院跡地を補修したお化け屋敷は行列ができていて、数分おきに客が建物に飲み込まれていく。少し離れたところに設置されているベンチで4人組の若い男性が休んでいた。

     お化け屋敷は悪趣味な映像から始まり、精神病患者を演じる出演者が各病室に監禁されており、精神病への偏見に誇張を重ねたようなアトラクションになっていた。病室の最奥、浴室へつながる通路の手前だけキープアウトと書かれた黄色いテープで立ち入りを禁じられた空き室があった。演出のようでもあるが、他の病室が内側から鍵をかけられるなど客と出演者がトラブルにならないように安全対策が取られる中、ドア枠が破砕しており、触るとトゲが刺さりそうな状態であることに違和感があった。窓も割れてはいるが、客の手が届きそうな範囲の破損はあくまで装飾で、怪我につながりそうな箇所には注意が払われていたのだ。

     鞍田が先頭に立ち、立ち入り禁止になっている空き室をちらと覗き見た。さっさと通り抜けて浴室へ向かおうとすると、背後で三世子があれ、と声を上げた。

    「敦也先輩? そこ立ち入り禁止ですよ」

     鞍田が振り返ると、若い男性が室内に立っていた。さっきそこには誰もいなかったのに、と疑問を持ちかけたが、敦也が何か感極まって三世子に抱き付こうとしたのでそれどころではなくなった。間髪入れず理恵の右フックが敦也の左頬を正確に殴りぬけた。

    「何抱き付こうとしてんだ、テメエ」

     鞍田は我が妹ながらなんて口の悪い娘だと不快に感じた。

     その後、血だらけの浴室、ホルマリン漬け風の脳髄の模型など、驚かせるような仕掛けは少ないものの、気味悪さを味わうには十分な順路を通り、お化け屋敷を一通り満喫した。左頬を押さえながら3人の後をとぼとぼと付いてきていた敦也はお化け屋敷の外のベンチにいた4人の若者と合流したようだった。

    「ここから一番近いのはジェットコースターね」

     理恵はパンフレットを見ずにいう。なるべく移動時間を短縮し、多くのアトラクションを堪能したいのだろう。寝坊しなければもっとゆっくり遊べたのだろうに、と鞍田は思った。

     ジェットコースターに着くと、メンテナンスがちょうど終了した所だったようで、客は並んでいなかった。通りかかった客の話し声が鞍田の耳に入る。

    「あ、メンテ終わったみたいだよ」

    「やめときなよ、最後尾に座った客何人も居なくなってるって言うよ」

    「SNSの噂でしょ」

     結局、再稼働したジェットコースターに乗ったのは鞍田達3人だけだった。理恵は迫力を感じたいと言って先頭に座ったが、三世子は怖いからといって最後尾に座った。他に客がいないから好きなところに乗っていいと言われたからといって別々の席に座るだろうか。鞍田は2人の関係性がよくわからなくなりつつ、妹は放っておいて、三世子の隣に座ることにした。鬱陶しがられるかもしれないと不安に思ったが、三世子は心強いです、とゴーグル越しに笑いかけた。お世辞を言ってくれるくらいには受け入れられていると思うと、いくらか気が楽だった。

     ジェットコースターはよくある上下に激しく揺さぶられる以外に、VRやARの映像が見えるゴーグルをつけることで、重力と風を感じながら映画の4D上映を楽しむような演出になっていた。最初はARモードになっていて、ゴーグルに取り付けてあるカメラで取り込んだ映像をリアルタイムで映しながら、妖怪がコース上を歩いていたり、周囲を飛んでいるコンピュータグラフィックスが投影されていた。ジェットコースターが出発し、頂点で位置エネルギーが運動エネルギーに転換される。さびれたトンネル風のセットに突入すると、映像がVRに切り替わり、舞台が昭和の街並み、学校の教室、高速道路などに切り替わり、それぞれで怪異が襲い掛かってきた。ごおという走行音に交じって、トンネル内のスピーカーから笑い声や怪異の叫び声が聞こえる。

     やがてトンネルを抜け、青空のもとに再び出ると、映像がARに再度切り替わった。すると、空席ばかりで先頭に座る理恵の後頭部が見えるはずが、ほとんど満席になっている。鞍田が驚いてゴーグルをずらすが、どうやらAR映像ではなく本物の人間らしい。乗客たちは何やら喜び合っているようにも見える。

     乗降場所に戻り、理恵と合流した。

    「あれ、私たちだけだったんじゃなかったっけ」

     3人が疑問に思って眺める中、金髪とお団子頭の女性2人組や、大学生らしいカップルが何事もなかったかのように降りていく。遊園地のスタッフが何やら無線に呼び掛けていたが、理恵と三世子はすぐに次のアトラクションに興味を移した。

    「あたし、合わせ鏡の館に行きたい。脱出ゲーム好きなの」

     三世子が言う。合わせ鏡の館はいわゆる鏡の迷宮だが、規模が大きく迷路として攻略し甲斐がある、とSNSで有名なインフルエンサーがレビューしたのを見たらしい。理恵も乗り気で、鞍田はそもそも2人に合わせるつもりでいたから反対意見はなかった。

     合わせ鏡の館に入って早々に閉じ込められた全面鏡の一室で、鞍田が天井の鏡を見上げると、襟元が広く開いた袖の短いTシャツを着ていた三世子の谷間が垣間見えそうだった。理恵は三世子の胸元に手を被せ、気を付けてと忠告した。三世子はいまいち意味を理解していないようだった。理恵は直接責めなかったが、鞍田の視線に気付いていたのは明らかだった。そういう理恵も裾の広いキュロットスカートを履いており、床の鏡に下着らしい陰がちらついていた。

     六角柱の隣り合ったエリアに送り出されると、迷路の攻略が始まった。六角柱の2、3面の鏡がぽっかり開いており、隣の六角柱へ移動できるようになっている。万華鏡の中にいるように色が変わるレーザー照明や悪魔の像が設置してあり、一見同じような六角柱を見分けられるようにヒントと演出が同居していた。いくらか進むと、他の客に出くわした。三世子はあっ、と声を上げた。

    「古本屋の店員さん」

     鞍田がそれを聞いて、本当だ、と相槌を打った。いつも古本屋ではエプロンを着て冴えない髪型をしているが、今日はデートにでも来ているのか、ファッション誌に載っているような服と髪型だったので、鞍田は一目見ただけではわからなかった。瀬谷は3人に気付くと、どうも、と会釈をして入口のほうに向かって歩いて行った。

    「あの人、迷ってるんじゃないの」

     理恵が呆れたようにつぶやいた。

    「そうかも」

     鞍田が相槌を打つのを、三世子が遮る。

    「お兄さんもあの本屋さんよく行くんですか」

    「ああ、まあ」

     社会人になる前に遊ぶために大学に通っている理恵には関係のない会話だった。理恵は先を促す。

     3人は用意された謎を解かないと扉が開かない部屋や、鏡とモニターが混在して様々な錯視を引き起こすエリアなどを難なく攻略していった。

    「ボリュームはあったけど、難易度はそこそこだったね」

     理恵は辛口な評価をした。三世子もどこか物足りなさそうだった。

     それから、歩き回ってちょっと疲れたから、観覧車でも乗ってゆっくりしようという話になった。

     観覧車は他のアトラクションとは異なり、遊園地の定番だから設置したと言わんばかりのどこの遊園地にもある様な何の変哲もないものだった。そこそこの行列に並び、順番になって案内される。

     頂点に達したところで、一つ先を行くゴンドラに視線を向けた理恵が叫んだ。

    「あれ、学童のエロガキじゃない!?」

    「あら、ほんと」

     話を聞くと、2人がボランティアで通っている学童で三世子になついている和也という子らしい。不思議なことに子供1人で乗っているようだった。和也も三世子たちに気付いて手を振っている。

    「あいつ、最初に三世子見た時、お前何年? って聞いてきたんよ」

    「童顔なのは自覚あるけど、小学生に間違われるとは思わなかった」

     2人は苦笑いしながら和也に手を振り返した。鞍田はくつくつと笑うと、今日はよく知り合いに会う日だね、といった。

     鞍田はしかし、どうも妙だ、行列の前に小学生など居ただろうか、と疑問を感じた。


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