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三世子
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三世子

2021-05-14 18:26

     三世子は二十歳を迎えた年の盂蘭盆に、都内に住んでいる両親と連絡をとって、母方の祖母に挨拶をしに行くことにした。子供のころは毎年盆と正月に訪れていたが、高等学校に進学してからは毎年という訳にはいかず、大学入学後は初めての訪問となった。

     祖母の家は広い農地を所有しており、何人かの親戚が畑や水田の管理をしていた。三世子は電車から見える水田と、その側を流れる二級河川を眺めながら彼女が生まれた頃に河童が出たと騒ぎがあったという話を思い出した。元号が平成になって間もないころでインターネットは普及しておらず、情報源と言ったらテレビかラジオ、新聞、雑誌と選択肢が限られていた。情報が限られているということは、不特定の人が集まっても話題を共有しやすかったということでもある。共有できる話題が多いと、人は活発に話をするようになる。河童が出たという話が近隣に広まるのもあっという間だった。1999年にもノストラダムスの大予言で日本中が大騒ぎしていたから、まだそういう非科学的な話題が日常として受け入れられていた時代でもあった。馬鹿げた迷信と言って反発する人も当然いただろうが、それは信じる人が居たことの証明でもあるのだ。

     三世子は河童のようなものと出会ったことがあり、危害を加えられたことがないどころか、命を救われたことさえあるのだが、その時に話題になった河童は農作業に従事する屈強な若者をいとも簡単に川に引きずり込んで、溺れさせたというのだ。三世子は車窓から空を赤く染める夕日が山に沈んでいくのを見ながら、彼女が河童からもらったと信じている不動明王の根付を撫でた。

     人を殺す人が居るように、人を救う人もいる。河童にもそれぞれ考えや事情があって、同じような見た目をしている彼らも一枚岩ではないのかもしれない。しかし一方で、溺れた青年は河童にやられたと大騒ぎをしたものの命に別状はなかったし、何人かが河童らしい動物が逃げていくのを見かけたと証言したせいで噂は広まったが青年以外に被害者は出ず、いつしかその話題は立ち消えてしまった。

    「どうせそいつが河童に悪戯をして報復されたんだ」

     三世子は人間より河童のほうが信じられる気がした。

     祖母は三世子を歓迎した。しわだらけの顔に細めた目が溶け込んでしまっていた。三世子は祖母に話したいことが山ほどあったから、機関銃のように友人と遊園地に行ったことや、友人の兄から聞いた話などをし始めた。祖母は笑顔を崩さずにお茶を出して、三世子の話を聞いた。

     しばらくすると三世子の両親が到着した。挨拶を済ませると、明日以降に挨拶に来る予定になっている親戚たちに振舞う料理の下ごしらえを始めることになった。三世子はまだ子ども扱いされるので、部屋でスマートフォンをいじっているだけでも何も言われなかっただろうが、料理を手伝うことにした。父親は部屋で少し残った仕事を片付けてくるという。

     三世子は湯を沸かしながら、道中思い出していた河童の話を尋ねた。祖母はあの青年は災難だったねえ、と懐かしむようにいった。

    「うちは河童たちと古くから親交があってねえ」

     母はまた、祖母の悪癖で妄想を聞かされるのか、という顔をしたが、黙って包丁を引っ張り出してきゅうりを薄切りにし始めた。

     祖母の話ではかくりょともかくれよとも呼ばれる、幽界に住む河童たちが水面に稀に開くこの世界との裂け目を行き来していて、それが人々の目に触れることがあるのだという。青年はその裂け目に足を突っ込んでしまったのを河童がこちら側に引き戻してくれたのだろう、というのが祖母の解釈であった。

    「みよちゃんの名前は、河童のいる世界とこちらの世界をつなぐ子になって欲しいと思ってつけたのよ」

     三世子は初めて自分の名前の由来を知って驚いた。母は字画がいいからと言っていたから、そうなのだろうと深くは考えずにいた。

    「ところで、三世子だから3つの世界じゃないの。幽界とこの世界とあと一つは何」

     三世子が聞くと、祖母はさあ、何だったかねえと本当に知らないのか、はぐらかしているのかわからない反応をした。二人の話を全く聞かずに黙々と料理をしていた母が唐突に二人に割って入った。

    「ねえ、今しがた切ってたきゅうりどこ行ったか知らない」

     三世子と祖母は目を合わせると、楽しそうにほほ笑んだ。


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