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顔に傷のある作業員
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顔に傷のある作業員

2021-07-30 19:39

     昔、工場で働いていたときに事故があった。山積みされていた資材が崩れて1人の中年の作業員が巻き込まれたのだ。命に別状は無かったものの、顔に大きな傷、右足を骨折、その他全身に細々した打ち身や擦り傷を負った。かねてよりヒヤリハットで指摘されていたが、場所がない予算がないと管理者が対処を先延ばしにしている内に発生した事故だった。

     その上労災保険の適用をごねて、資材を崩して勝手に怪我した作業員が悪い等と主張し始めたものだから他の作業者から退職するものが出るなど、その時は大変だった。結局保険金は給付されたものの、怪我をした作業者、周囲からはのりさんと呼ばれていたが、その人は入院したまま休職を解くことなく退職した。

     私もそれからしばらくして退職することにした。残業が多い上に薄給で、その上管理者があの調子では自分も、怪我か病気かでいつ仕事ができなくなるかわからない。貯金が十分に出来ていなかったし、次の仕事を決めてから退職することにしたので少し時間がかかったが、夏が終わる頃には転職の目処が立ったのだった。

     事故があって数日後、まだ私が工場で働いている間にとある事が起きた。顔にどきりとするような大きな傷がある人を見かけたと言う人が続出したのだ。三交代制で夜間の勤務をしている製造部門が主だった。曰く、トイレ休憩で薄暗い廊下を歩いている時、向かいからくる作業員に挨拶をするとうつむいていた相手が顔を上げ、その顔には大きな傷があった、自分しか担当していないはずの成型機の影で誰かが作業していたので誰か確認しようと近付いたらやはり顔に大きな傷があった、そしてその傷からは生々しく血が垂れていた、という話だった。顔の傷と聞いて、まずはのりさんが病院を抜け出して何かしているのかと考えられた。のりさんはまだ入院していて、足にギプスをしている状態だからまともに歩ける状態ではない。その上、その作業者の顔は傷を負って人相が少々変化していることを踏まえても、のりさんじゃなかったと目撃者は口を揃えた。それは置いておくとしても、ただでさえ大けがと労災保険関連のトラブルで気が滅入っているであろうのりさんに確認を取ろうという人はいなかった。

     夜間の仕事で集中力を欠いた所に、のりさんの件があったから幻覚でも見たのではないかということで一応その話は終わった。しかし、その後も顔に傷のある作業者は目撃されていたようだ。それでも結局幻覚と言われるのがオチだからと話題には上がらなくなっただけだった。それに、ただでさえ離職率が高いのに、退職者が続出したため急募で増員した従業員の新人研修やらで忙しく、怪談話どころではなくなっていた。

     それからしばらくして、私が退職願をしたためようとしている頃、茹だる様な蒸し暑い日和にまた顔に大きな傷のある作業員がいたと話題になった。目撃したのは従業員がいくら報告しても幻覚で済ませていた管理者だった。えらく不機嫌そうにしていた奴は聞いてもいないのに顔に傷のある従業員が居て腰を抜かしそうになった、のりさんに電話してふざけて脅かすんじゃないと怒鳴りつけてやったと武勇伝のように語っていた。さすがに心配した私の上司がのりさんに電話をしたところ、身に覚えのないことで怒鳴りつけられたのりさんは困惑している様子だったそうだ。工場で目撃されている作業員の話も彼は知らないはずだから、なおさらだったろう。のりさんはその電話で退職の意を伝え、更衣室にあった私物は私がまとめて郵送した。

     私の退職願を受け取った上司は、もともと大企業の早期退職者で金に困っているという訳でもなかったので、私が退職した後、年が明けて年度末を迎えるころに定年で退職したと思う。

     今もその工場で働いている元同僚と街でばったり会って少し立ち話した時に、のりさんがまた別の工場で職を得たらしい事、例の管理者も相変わらずの姿勢で仕事に精を出しているという話を聞いた。

     その時に例の顔に傷のある作業者は今も目撃されているのか聞きそびれてしまったが、もし目撃されていても話題には上がらないだろう。何せ何ら害は無いのだから。


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