• 30時間ぶっ通しの数学イベント「マスパーティ」を開催します! #マスパーティ

    2019-10-15 21:18
    30時間ぶっ通しの数学イベント「マスパーティ」が、いよいよ今週末19~20日に開催されます。
    このイベントの経緯や開催内容などは、既に主催のひとりtsujimotterさんがブログにまとめてますので、そちらをご覧下さい。
    http://tsujimotter.hatenablog.com/entry/mathparty

    この記事では開催の趣旨などを述べたいと思います。

    その前に簡単に経緯ですが、上記ブログにある通り、私のふとしたTweetがきっかけでした。
    https://twitter.com/kiguro_masanao/status/1152052513719255040?s=20

    「MathPowerが中止になったので、10月の日曜数学会でなんかやってもいいな。35時間ぶっ続けは無理だけど、二日間開催くらいならなんとかできそう。」
    というTweetです。

    最初は、一日目に日曜数学会、二日目にみんなで博物館か何かに行く、みたいなプランを考えていたのですが、我らがtsujimotterさんがどんどん企画を膨らませ、あっという間に30時間のイベントに仕立ててしまいました。
    こうなったのはすべてtsujimotterさんのおかげであり、今週末の開催にこぎつけたのも大部分はtsujimotterさんの尽力のおかげです。この場にて先にお礼申し上げます。


    さて。
    マスパーティは、「数学の楽しみ方の見本市」という趣旨で開催いたします。
    「数学の見本市」ではなく、「楽しみ方の見本市」です。どういうことでしょうか?

    皆さんは数学、お好きでしょうか。また、楽しんでいるでしょうか。

    数学という学問は、多くの学問がそうであるように、とても広い学問です。
    ある人にとっては、数学というのは図形の性質を考える学問かもしれません。またある人にとっては素早い計算方法を編み出す学問かもしれませんし、別の人にとっては物理現象を説明するための学問かもしれません。

    どれが正しいということはなく、そのすべてが数学という学問のひとつの見方です。
    見方がたくさんあるということは、楽しみ方もたくさんあるということです。

    図形の性質を一つ一つ証明していくのは、とても楽しい行為です。巨大な数の計算方法を考案し一般化するのも楽しいですし、目の前の現象を数式で記述するのも胸躍るような楽しさがあります。

    数学の楽しさに取りつかれた人は、たいてい、自主的に数学をやっています。
    ところが中には、それをイベントとして昇華しようとする人がいます。
    そこで今回、そうした人たちをお呼びし、それらのイベントをそのまま、同一の会場で行うことにしました。

    それがマスパーティです。

    マスパーティは30時間ぶっ続けの数学イベントですが、その中身は複数の数学イベントの連続開催です。
    プロの数学者を呼んで行うガチの数学勉強会「数学カフェ」に始まり、趣旨も難易度も異なるイベントが10近く集まっています。
    ※途中、収まりきらなかったイベントを紹介するラジオ的コーナーなどもあります。

    具体的にどんなイベントがあるかは、既にtsujimotterさんが熱く書いて下さっているので、そちらをご覧ください。
    http://tsujimotter.hatenablog.com/entry/mathparty

    普通の数学イベントとはちょっと違う、「イベントのイベント」。
    ぜひ、今週末の30時間、ぶっ続けでお楽しみください。

    なお、残念なことに参加チケットは既に完売しております。
    ただし全編ネット配信する予定ですので、リアル参加できない方はぜひそちらをご覧ください。
    配信URLは後日追記いたします。

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  • Φカフェ数学デー最終回、及び数学の楽しみ方について

    2019-04-01 22:18
    2018年7月13日より始まったΦカフェ数学デーが、2019年3月29日をもって終了いたしました。
    ほんの9か月足らずでしたが、毎回20名前後の方々にご来場いただき、大変盛り上がる空間となりました。
    いらっしゃった皆様、ありがとうございました。

    Φカフェ数学デー最終回は、最終的に65名もの方がいらっしゃいました。言うまでもなく、過去最多人数です。非常に大勢の方々に楽しんで頂けたようで、大変嬉しかったです。
    最終回の盛り上がりの様子は、Twitterで検索していただければなんとなく察せるかと思います。
    #Φカフェ数学デー

    既にツイートしたように、Φカフェ数学デーは場所をN高御茶ノ水キャンパスに場所を移し、4月以降も継続いたします。
    また、毎週水曜日に開催されてるソノリテ数学デーは、これまで通り通常運転いたします。どうぞ奮ってご参加ください。


    先日話題になったことに対して

    さて。
    先日、以下のようなツイートとブログが、少し話題になりました。


    数学イベントに関わる上で今後気を付けていきたいこと - soujiの長文用
    http://souji0426.hatenablog.com/entry/2019/03/30/120512



    どこで話題になったかと言えば、たぶん「数学イベント界隈」とでも呼ぶべき界隈です。自惚れた言い方をすれば、私が「中の人」をやっている界隈です。
    私もこのツイートやブログに書かれている問題点については日々考えていますので、この機にここで記そうと思います。

    上記のブログにおける主張は、以下の二点です。
    そんな中で私がどう思っているかというと
    ・素数とか関係なく数学で盛り上がること自体は良い
    ・布教活動を関わる人(特にイベント主催者)はそれ以外にも数学の楽しみ方があることを伝えてほしい
    です。
    完全に同意です。私もそう思います。
    このうちの二点目について、私の考えと活動を述べていこうと思います。

    以下の考えは以前から持っているもので、これまでにも色んな所で色んな形で発信しています。
    ただ、こういうのは一回発信して終わるのではなく、繰り返し言い続けることでより広く浸透するのかなと思うので、機会があれば何度でも言っていこうと思います。


    啓蒙と教育について

    まず最初に断っておくと、私は数学の啓蒙・教育には、興味がありません。
    日曜数学会も数学デーもこれらを目的とはしておらず、既にある程度数学に親しみを持っている人達を対象に開催しています。

    しかし、日曜数学会や数学デーの内容は、たびたびTwitterなどで発信しているため、さほど数学に親しみのない人の目にも留まっているでしょう。そういう人たちに、数学の楽しみ方について偏った印象を与えてしまうことは、本意ではありません。

    そこで、少しでも多くの手段で、色々な楽しみ方があることを発信しようとしています。


    数学デーでは

    例えば、『数学デイズ』という同人誌を出しました(これは鯵坂もっちょ氏の発案です)。これは数学デーでの活動内容をまとめた本で、2019年2月のコミティア127にて初出、現在は数学デーと書泉グランデさんで購入できます。

    読んで頂ければわかる通り、数学デーでは本当に色んなことをやっています。数学の概念を使ったゲームをやったり、誰かが持ち込んだちょっと面白い問題についてみんなで考えたりしています。

    また数学デーには、数学との接し方も好きな分野も異なる人達が集まっています。数学デーに来れば、一口に「数学好き」と言っても色々なタイプの人がいるのだということを実感できるはずです。
    このことは、『数学デイズ』でも以前のブロマガでも言及しています。

    みらいけん数学デーまとめ
    みらいけん数学デー 最終回


    また数学デーでは、お客さんのツイートも積極的にリツイートしています。スタッフだけでは全体をカバーできないので、お客さん達のツイートを活用することで、少しでも「色んな事をやっている」ということを発信したいためです。

    問題があるとすれば、これらの活動を発信した際、どうしてもわかりやすく目立つものが拡散されてしまうことです。やはりゲームの様子を撮ったツイートや、見た目に面白い画像のあるツイートは伸びやすいです。
    この点を解決する方法は、今のところありません。もしこれが解決できるなら、任意のツイートをバズらせることができるでしょう。少なくとも、私にはそんな方法は思いつきません。


    日曜数学会では

    日曜数学会でも同様の問題があります。人によって発表の上手下手はあり、どうしても発表が上手い人、面白いことを言える人の動画が目立ちがちです。

    そこで日曜数学会では、2018年7月頃から、過去のLTをランダムでツイートすることにしました。日曜数学会のアカウントは現在2000人以上のフォロワーがいます。これらの人達に、様々な切り口から様々な人が行った発表を届けることで、数学には色んな楽しみ方があると伝えたいためです。


    また日曜数学会のアカウントでは、日曜数学会とは無関係な数学トピックもツイートしています。

    これも、数学には色々な面があること、数学には色んな話題があることを、発信したいためです。
    ツイートする内容は、意図的に玉石混合にしてあります。中には私が面白さを感じないものも含まれます。それは、私にとっての石が、誰かにとっての玉であるかもしれないからです。

    世の中には様々な趣味嗜好があり、数学のどこに魅力を感じるかも万人で異なります。なので、LTにせよニュースにせよ、少しでもバラエティに富んだ話題をツイートすることで、それに興味のある誰かの目に留まれば良いなと思っています。

    ちなみにこちらでも、わかりやすかったり派手だったりするものが伸びる傾向にあります。ツイッターアナリティクスによると、過去28日間(3月4日~3月31日)で最もインプレッションの多かったツイートはこれだそうです。

    ニュースのツイートでは、これです。

    やはり、わかりやすいものがウケているなと感じます。


    数学との接し方について

    数学には色々な側面があり、どこに魅力を感じるかは人によって異なります。
    なので、人によって数学との接し方も異なります。

    このことは私も以前から何度も発信しており、例えば以下の記事の最後に「感想」として書いています。

    35時間連続の数学イベントMATH POWER 2016 報告レポート
    最後に、私キグロの個人的な感想です。

    ここまで読んだ方ならお分かりの通り、今回のイベントには数学で遊ぶ企画から、真面目に数学に取り組む企画まで、様々な企画がありました。
    また出演者の中にも、数学そのものを楽しむ人もいれば、数学を使って何かをする人もいました。

    私は、数学との付き合い方には様々な形があって良いと思っています。今回のイベントは、まさにそれを具現化した、素晴らしいイベントだったと感じています。

    この記事を読んで、数学とこんな風に付き合う方法もあるんだ、と目から鱗が落ちる方がひとりでもいれば、望外の喜びです。

    また、カクヨムで連載している小説『QK -1213-』でも、同様のことを書いています。

    『QK -1213-』第62話 6=1+2+3

     数学部でQKをやっているのは、あす香を含め三人だけだった。残りの七人は、何度かやったら飽きてしまった。数に興味がなかったのだ。

     数学が好きだからといって、数が好きとは限らない。数学が扱う対象は多彩だ。数は、そのうちの一つに過ぎない。

     あす香は、部で一番“数好き”を自負していた。QKをやっている部長も後輩も、興味の対象は数自身ではなく、数という体系が持つ性質だった。個別の数の具体的な性質に興味を持っているのは、あす香だけだ。


    こうした中で、日曜数学会や数学デーがどういう立場の人を狙っているかというと、
    数学が好きで、その気持ちを誰かと共有したい人
    です。

    ポイントは、後半の「共有したい人」です。一人で数学書を読んだり、黙々と計算したりするのが好きな人は、そもそも日曜数学会や数学デーのターゲット層ではありません。

    もちろん、そういう人も世の中にはたくさんいるでしょう。その人達の目に、日曜数学会や数学デーがどう映っているかを考えると、あまりいい結論は出そうにありません。

    また、数学の勉強会に参加し、自身の数学力を高めようとしている人達にも、日曜数学会や数学デーの活動はあまり好ましく映らないでしょう。基本的には、遊ぶことがメインの場だからです。

    まさにこの点が、件のブログで指摘されています。

    ここ2・3年で数学を扱った一般向けのイベントが増えてきたのは一数学ファンとして非常に嬉しく思っています。
    ただし、それに対する数学研究者・数学科の学生・院生の反応は、積極的には関わらないようにする人・その逆、そしてその関わり方も様々です。

    多少であれ批判的な立場に立つ人はどのようなことを考えているかというと、それが数学の啓蒙・布教活動として肯定しづらいというのがあると思います。

    とくにここ最近増えてきた数学系イベントのいくつかが、
    部外者から見れば数学に関わる概念(それこそ例えば素数)を使って盛り上がるばかりで、数学書を読む・セミナーするなどして数学科生っぽい数学への関わり方をしている人からすれば、それは果たして「数学」なのか?と疑問を持ってしまっても仕方ないと思います。
    過激には自分たちがやっている数学を軽く扱われていると考えている人もいるかもしれません。

    (soujiの長文用 より)

    この点をどうすべきかは、非常に重要な問題でありながら、私の中でまだ結論が出ていません。
    現在のところは、暫定的に「無視する」という選択をしています。しかし同じ数学好き同士、何かうまい妥協点を見つけられればいいなと思っています。

    ただしひとつだけ主張すると、日曜数学会でも数学デーでも、時折セミナーが勃発します。特に数学デーでは、『ベーシック圏論』を読む「ゆる圏」という勉強会が発生しました。
    しかしこのような活動は目立たないため、外部からは見えにくいかもしれません。


    私の数学との接し方について

    いま私が一番好きなのは、ユークリッドの『原論』です。自宅で一人静かにこれを読み、ノートに図を描いて「なるほど確かに正しい」と深く頷くのが、いまの私にとっての数学です。

    なので私は、どちらかと言えば、日曜数学会や数学デーのターゲット層ではないのかもしれません。みんなでゲームをするのは好きですが、誰かと議論するのはあまり好きではないからです。相手の主張をその場で理解し、それに対する自分の考えをその場でまとめて言葉にするという一連の作業が、とても苦手なのです(そのため、この記事も書くのに三日かかっています)。

    だから私は、どちらかと言えば、一人で数学書を読んだり、黙々と計算したりする方が好きです。それが啓蒙にもあまり興味がない理由でしょう。

    ただ目立ちたがり屋ではあるので、勉強した内容を動画にして、ニコニコ動画に投稿したりしていました。日曜数学会で毎回発表したり色んなイベントに出演したりしているのも、その延長です。

    また「共有したい」という思いもあるので、日曜数学会や数学デーで『原論』の話題を出したり、『原論』のブログを書いたりしています。
    こちら→オペレヴィ・ヴィクセ


    参加者のその後について

    件のブログではもう一点、重要な指摘をしています。
    数学に関係するイベントは無いよりは有った方が断然良いと思います。
    無ければ発展もありませんから。
    でもその主催者は、最初は集客で精一杯で仕方がないかもしれませんが、そのイベントに来た人がイベント後にどのように数学に関わってくれたかを考えてみる段階に進んでみてもいいと思います(すでに進んでいる方には申し訳ありません。。。)。
    (soujiの長文用 より)

    私もそう思います。せっかく自分のイベントに来てくださった人達が、イベントを通じてどう変化したのか、気にかけるべきでしょう。

    日曜数学会や数学デーは、啓蒙が目的ではなく、交流を目的としたイベントです。
    すると私が気にすべきは、「参加者同士が、イベント後も交流を持っているかどうか」です。
    この点は以前から気にしており、過去のブロマガでも言及しています。

    日曜数学会の今後の運営方針
    ただ、これには1つの問題があります。
    それは現状、交流ができているのかどうかの評価方法が存在しない、ということです。
    そこで参加者の方々にお願いしたいのですが、日曜数学会を通じて知り合った相手と何かやる際は、ぜひ日曜数学会の名前を出したり、Twitterでハッシュタグ「#日曜数学会」を付けて何からしらツイートして頂けると幸いです。

    しかしこの問題は、時代が解決してくれました。
    日曜数学会に来る人は元々数学が好きで、しかもTwitterアカウントを持っています。こちらから追わなくとも、皆さん勝手にその後の経過をツイートしてくれるのです。

    全員の動向を把握することはできませんが、目立つ活動をしている方であれば、目に留まるようになりました。代表的なところで言えば、自分でも日曜数学会と似たイベントを立ち上げ、交流を広げている人が複数います。
    また数学デーで仲良くなった人達が、数学デー以外の場所に一緒に遊びに行ったりもしているようです。

    数学との関わり方に注目すると、元々数学好きが集まるイベントのため、イベント後も変わらず数学と関わっている方がほとんどです。
    しかし、日曜数学会がきっかけとなって研究を始めることもあるようです。

    例えば第5回日曜数学会で、「加法よりも低レベルな演算」の発表がありました。


    すると、これを見た人が考察を進め、第6回日曜数学会で発表したのです。


    このように、誰かの発表を機に興味を持ち、考察をするパターンがあります。
    またTwitterを見ていると、「面白いネタを仕入れたから日曜数学会で発表しよう」という旨のツイートを見かけることがあります。日曜数学会が数学をするモチベーションになっているのかもしれません。

    問題は、目立った活動をしていない方です。黙々と数学をしている限り、外からその様子を窺うことはできません。日曜数学会や数学デーを通して、こうした方々がどう変化したかを知る方法は、いまのところ見つかっていません。


    数学の楽しみ方には色々ある、ということについて


    件のブログで指摘されているように、私のやっているイベントが、数学の一部の楽しみ方しか提供できていない可能性は否定できません。
    巷にあるいくつか数学イベントは、外から見ていると(じゃあ口出すなという意見もありそうですが)、どうも数学のかなり狭い楽しみ方しか提供できていないのでは感じています。
    もちろん時間・会場・スタッフなどの資源には限界があるので、その中でたくさんの楽しみ方・考え方を伝えるのは難しいと思います。
    しかしだからといって、そこを考えることなく盛り上がることに特化するのはまた違う気がする。
    そこにどれだけ真摯に向き合うかの姿勢が問われるのは、参加者・プレゼンターなどのコンテンツ提供者ではなく、そのイベントを主催する人たちだと思います。
    (soujiの長文用 より)

    私も、この点は考え続ける必要があると思います。
    ですが、少なくとも日曜数学会と数学デーに関しては、既に色々な楽しみ方を提供できていると自負しています。
    日曜数学会では、興味の分野が異なる人たちが、それぞれの好きなことを発表しています。
    数学デーでは、数学との接し方が異なる人たちが、それぞれの立場から好き勝手に遊んでいます。
    そして私は、色々な楽しみ方があるということを、発信し続けています。

    そもそも私自身、「数学には色々な楽しみ方がある」と知ったのは、日曜数学会がきっかけです。
    それまでの私にとって、数学とは、数式を変形することでした。好きなものは三角関数とベクトル解析で、それを弄り回すのが私にとっての数学でした。世の中の数学好きは全員これが好きで、これ以外は好きじゃないと思っていました。
    ところが、そうではないことを、日曜数学会で知ったのです。

    「啓蒙」という観点から日曜数学会や数学デーを見たとき、問題になるのは「色々な楽しみ方のうち、一部の楽しみ方しか提供できていない」という点ではありません。
    真の問題は、「一部しか目立たない」という点です。

    この問題をどうすれば解決できるのかは、まだ私にはわかりません。考え続ける必要があると思います。


    目的

    最初に述べた通り、日曜数学会や数学デーは、啓蒙を目的とした活動ではありません。

    学問を好きな人が、学問を好きであることを気軽に表明できる世界を作ること
    学問を好きな人が、同好の士と交流するきっかけを提供すること

    これが、私の目的です。

    この目的のためには、日曜数学会や数学デーだけでは明らかに力不足です。
    そもそも、私一人の力で達成できるものでもないでしょう。他の誰かにも、日曜数学会のようなイベントを開催してもらわねばなりません。

    そこで、日曜数学会のノウハウをまとめたマニュアルを作ろうとしています。まだ未完成ですが、上の目的に共感した方は、ぜひ参考にしてください。
    こちら→日曜数学会の作り方


    おまけ

    「幸せなら手をたたこう」という歌があります。もとはアメリカの童謡だそうです。
    日本語では「幸せなら手をたたこう」と歌いますが、原文では少しニュアンスが違います。


    If you're happy and you know it
    Clap your hands
    If you're happy and you know it
    Clap your hands
    If you're happy and you know it
    And you really want show it
    If you're happy and you know it
    Clap your hands

    (歌詞には諸説あるようです)

    最後の四行は、おおよそこんな意味でしょうか。
    もしもあなたが、自分は幸せだと思っていて、そのことを本当に誰かに伝えたいのなら、手を叩きましょう。
    幸せなときに、必ず手を叩かないといけないわけでは、ありません。
    それを誰かに伝えたいときにだけ、幸せだと叫べば良いのです。

    私の好きな考え方です。

    数学との関わり方も、これで良いと思っています。
    数学が好きだからと言って、必ずしもそれを表明する必要はありません。イベントに参加しないといけないわけでも、何かを発表しなくてはいけないわけでもありません。

    でも、もしもあなたが、自分は数学が好きだと思っていて、そのことを本当に誰かと分かち合いたいのなら、日曜数学会や数学デーを訪れてください。

    きっと、分かち合える相手が見つかるはずです。

  • 月の表面が粗いことの証明

    2018-12-25 00:00

    この記事は、
    好きな証明 Advent Calendar 2018 (https://adventar.org/calendars/3655)
    の25日目の記事です。

    こちらではお久しぶりです、キグロです。
    このアドベントカレンダーは、エレガントな証明や思い出の証明を語る企画です。
    企画の説明では「数学でなくても構いません」とのことですが、今日までほぼ全て数学ネタのようです。

    さて、私のこの記事では、物理の話をしたいと思います。
    物理といっても難しいレベルの話ではなく、17世紀に行われた古典的な証明です。

    ずばり、「月の表面はどうなっているか?」という話です。

    現代の我々は、月の表面が砂漠であることを知っています。
    それは、実際に月に行った人達がいて、月の砂や石を持って帰ってきているからです。

    しかし、月の表面が砂漠であることは、人類が月へ行く300年以上も前に、ガリレオ・ガリレイによって証明されているのです!

    今回お話したいのは、その証明です。


    この証明は、ガリレオの有名な著作『天文対話』に登場します。先に、『天文対話』について少し紹介しましょう。

    この本は、三人の対話形式で書かれています。三人はそれぞれ立場が異なります。
    一人目のシムプリチオは、アリストテレス派の科学者です。彼はアリストテレスの著作に書かれていることはすべて正しいと信じており、「月や太陽は、地球とは異なる物質でできており、完全な存在である」と主張します。
    二人目のサルヴィアチは、ガリレオ派の科学者です。彼はガリレオの知り合いという設定で、アリストテレスの著作の内容を疑っており、実験と観察によってその内容が誤っていることを示そうとしています。
    そして三人目のサグレドは、中立の立場を取る司会者です。シムプリチオとサルヴィアチの話を聞き、どちらがより正しそうか判断を下します。

    この三人が議論し、アリストテレスの著作の内容、特に「天と地は異なる原理で動いている」という主張が正しいかどうか検討します。それが『天文対話』です。


    では本題。
    月の表面についての議論は、『天文対話』第1日目(第1章)に登場します。シムプリチオ(アリストテレス派)はこう主張します。

    「神は天を完全なものとして作られました。したがって、月も完全なものです。
    完全なものであるから、月は完全な球です。
    すなわち、月の表面は鏡のように滑らかであり、山や砂などありません」

    本当はもっと証拠を挙げ、長々と滔々と語っているのですが、要点としてはこのようなことです。
    証拠のひとつは後で述べましょう。

    これに反論するには、どうしたらよいでしょうか?
    現代の我々(特に現代の日本人)なら、例えば「神なんていねえ!」と突っぱねることも可能です。

    しかし、それは反論ではありません。神がいないと主張するなら、それを証明する必要があります。
    なによりサルヴィアチ(ガリレオ)は、神の存在を信じています!
    彼は「神はこの宇宙を完全なものとして作った」という前提を認めたうえで、月は完全な球ではないことを証明しなくてはいけません。

    さて、どうしたらよいでしょう?


    反論するには、相手の挙げた証拠に、ムジュンを突き付けるのが手っ取り早いでしょう。
    先程後回しにした証拠を、ここで挙げます。

    その証拠は、「月は太陽の光を反射して輝いている」ということです。
    このことは、月の満ち欠けの観察により、シムプリチオもサルヴィアチも認めていました。
    (正確にはシムプリチオは「月は反射もするし、自らも光っている」と考えていますが、ここでは無視しましょう)

    この証拠を持って、シムプリチオはこう主張します。

    「月は太陽の光を反射して光っています。
    光を反射して輝くのは鏡であり、砂場は光りません。
    従って、月の表面は鏡のように滑らかなのです」

    見事な三段論法です。たしかに砂場は光らないし、鏡は光ります。

    では、これに対するサルヴィアチの反論を見ていきましょう。


    サルヴィアチは、ごく簡単な実験をしてみせます。

    「では君たち、一緒に外へ来てください。そしてこの鏡を、壁にかけてみましょう」

    時刻は昼間。壁には日光が当たっています。そしてその壁は、誰の目にも明らかなようにザラザラしています。
    ここに鏡をかけ、サルヴィアチはこう言います。

    「あの陽の当っている壁と鏡との二つの表面をご覧なさい。さあどちらがより明るく見えるかいって下さい。壁の表面ですか、鏡の表面ですか」
    (岩波文庫『天文対話(上)』P.114)

    シムプリチオは答えません。サルヴィアチは畳みかけます。

    「さあいって下さい、シムプリチオ君。もし君があの鏡をかけたあの壁を画くとすれば、壁と鏡と、どちらにより暗い色を使いますか」(同)

    ようやくシムプリチオは答えました。

    「鏡を画くのにずっと暗い色を使います」(同)

    鏡の方が暗いということは、表面が滑らかな方が暗いということです!
    中立の立場を取るサグレドも、この実験を見て「月の表面はあまり滑らかでない」と確信しました。

    しかし、なぜ鏡の方が暗くなるのでしょうか。普通に考えれば、鏡の方が強く光を反射するはずです。
    その理由は、シムプリチオが主張します。

    「この角度から見れば鏡は暗い。しかし、鏡が光を反射している場所に立てば、鏡は壁より明るく見えるはずです」

    サグレドもサルヴィアチも、この説明には納得します。それを見て、シムプリチオは主張を続けます。

    「鏡は入射光線に対し、一定の場所にのみ反射光線を送ります。
    しかしこれは、鏡が平面である場合のみです。
    鏡が球面であれば、鏡はあらゆる場所に光を送ります。なぜなら、球の表面には無限の傾斜があるからです。
    そして月は球体であるから、月は太陽光線をあらゆる場所に送ります。
    従って、地球上のどこから見ても、月は明るく輝くのです」

    この実験は平面鏡で行われました。なので一定の場所でしか明るく見えませんが、球体の月であればあらゆる場所で明るく見えるはずです。

    このシムプリチオの主張には、中立のはずのサグレドが反論します。
    (サグレドは中立と言い張るくせに、かなりサルヴィアチの肩を持ちます)

    「対象が輝いて見えるためには、その対象が光を反射するだけでなく、その反射光が我々の眼に入ることも必要です。
    そこで鏡が球面であればどうなるか、考えてみましょう。
    そうするとすぐに、反射光のうち、ごく一部だけが我々の眼に達することがわかります。
    なぜなら、全球面のうちごくわずかな部分のみが、光を眼のある場所に送り届ける傾斜を持っているからです」

    シムプリチオは勘違いしていたのです。
    月があらゆる場所に光を届けますが、全表面の光があらゆる場所に届くわけではありません。全表面のうちごく一部ずつを、あらゆる場所に届けるのです。

    シムプリチオの主張するように、月が鏡のようになっていたとしましょう。
    すると我々は、ごく一部だけが光り、他の部分は真っ暗な月を見ることになるはずなのです。
    しかし、現実はそうではありません。
    よって、月の表面は鏡のように滑らかではなく、粗雑になっているとわかるのです!


    このあと、シムプリチオはさらに反論し、サルヴィアチはさらなる実験をしてみせます。
    が、私が好きなのはこの部分です。

    シムプリチオは、「月は太陽の光を反射して光っている。だから、月の表面は滑らかである」と主張しました。
    それに対し、サルヴィアチは「月は太陽の光を反射して光っている。だからこそ、月の表面は滑らかではない」と示しました。

    相手が根拠とした事柄を使って、相手の主張をひっくり返すのです!!

    カッコいい。まじカッコいい。


    『天文対話』は、とてもカッコいい証明がたくさん出てくる、とても熱い本です。
    シムプリチオの主張は、他にもたくさんあります。
    「月と地球は違う物質でできている」「黒点は太陽表面ではなく、地球の上空で起こっている現象である」「望遠鏡で見た像は歪んでおり、正しい天の姿を見せていない」などなど……。
    それも、ただ主張するだけでなく、きちんと論拠を持って主張します。
    これらに対し、サルヴィアチもまた、実験と観察の結果をもって、反論していくのです。

    熱いでしょう!?

    何より驚くべきは、これが今から400年近くも前になされたということです。
    このとき、人類は月へはおろか、宇宙へも、それどころかほんの数百メートルも空を飛んでいません。
    地べたにいながらにして、宇宙の仕組みを解き明かしてしまうのです。やばい。
    (これは現代の天文学、宇宙物理学などについても言えることです。やばい)


    というわけで、私の「好きな証明」は以上です。
    また、これで「好きな証明 Advent Calendar 2018」は、25日分すべて終了です。
    あとは、鯵坂もっちょ氏による26日目の記事を待ちましょう。

    では。