前回、郵便局を利用したのは大学の受験料を払い込み、願書を郵送したときだ。私は私立を三校併願し、どこも一回の受験料は三万五千円だった。合計十万五千円を支払ったときも、大金だと感じたけれど、現実味のある金額だった。百万円を超えると、紙の束としか思えない。田舎の高校生には、途方もない金額だった。
繁子先生の旦那さんがどんな用途で現金を必要としているのかは、私の想像の範疇を超えている。大人には色々な事情があり、子供にはわからない世界のことだと思っていた。
先月、七百万円以上のお金を下ろしたときに、
「こんな大金、宏志先生は一体何に使うんでしょうねえ」と、私は彼に言ったことがある。
「大人の世界は複雑なのさ。誰でも秘密のひとつやふたつ抱えて生きている。子供にはわからない色んな事情があるんだよ」と、彼は含みのある返事をした。
その通りだろう、と思った。徹さんが言うのだから間違いない。
私の彼への信頼感は絶大だった。彼が私に正しくないことを言ったことがあるだろうか。彼は私にとって絶対の王様だった。完璧な男性だったと今でも思う。
前回より長く待たされた。郵便局の窓口で、ちょっとこちらに来て頂けますかと、年配の男性局員に声を掛けられた。私に話があるという。
もしかして局員の中に河合先生の知り合いがいて、私との関係を訊かれるのだろうか。金額の大きさは、先月に倍以上引き出せたのだから問題ないはずだ。理由に心当たりはないけれど、奥の部屋に呼ばれたので私は付いて行った。
応接室のような部屋に通され、しばらく待つように言われた。お茶一つ出されない。随分ぞんざいな扱いを受けている気がしてならない。先程尋ねられた年齢のせいだろうか。郵便局にとって貯金の出し入れをする人間は、お客様のはずなのに、十代だからといって応対に差をつけるとは失礼だと思った。
まさか、子供が取り引きできる金額の上限が決まっているのだろうか。その規則に抵触したのかもしれない。私の年齢を聞いたときに、局員の表情が一瞬強張ったのはそのせいだったのだろうか。