父が、今日はもう休みなさいと言ったときには、日付が変わっていた。
父は、真摯な交際関係にあっても、青少年と性行為を行えば淫行にあたると言った。本当だろうか。父が本当ではないことを言ったことがあるだろうか。私の気持ちは揺れ動いた。
徹さんは今どこにいるのだろう。声が聞きたい。彼のことを考えながら眠りについた。
私は深く眠っていたらしい。私は綾子に起こされた。
「花菜お姉ちゃん、もうすぐ朝ご飯だよ」
綾子は私の耳たぶをつまんで揺すった。なぜか綾子は耳たぶを触るのが好きな子なのだ。
食卓には、ウイリアムズ・ソノマの大きな丸皿が五枚並んでいた。白地に青い縁取りがされている厚手の皿にチーズ入りのスクランブルエッグ、ソーセージ、ツナと白菜のサラダが盛られている。木製のパン切り台に食パンとライ麦パン、ジャムとバター、レバーペーストと人参のスプレッドが並んでいた。じゃが芋とベーコンがごろごろ入ったコンソメスープに浮かぶタイムの緑と香りが清々しい。実家で朝食をとるのは、久方振りだった。
朝食は、父が一人で作っていた。美穂が皿やカップを、綾子はフォークやスプーンを並べていた。正博は冷蔵庫からジャムとバターを出す。食器洗いは交代でするという。
母がいない生活の流れができていた。見事なチームワークだと感心しながら、玉葱のドレッシングで和えた白菜のサラダをしゃりしゃり食べた。
登校する弟妹を玄関で見送り、私は食器を洗った。
九時から開く事務所へ出勤するため、父は八時五十分に家を出る。スーツに着替えた父が「どこにも出歩くんじゃないぞ」と、私に釘を刺した。
「今日の午後も事情聴取があるかもしれない。いつでも出掛けられるようにしておきなさい」
父はそう言いながら玄関に向かった。革靴に足を入れる父に、丈の長い欅の靴べらを手渡した。
「昼には一度戻る」
父は自分で欅のスタンドに靴べらを戻し、玄関のドアを開けた。
昼食をとりに帰宅するということだろう。
「いってらっしゃい。昼ご飯は作っておきます」
昨日から、なぜか私は父に対してよそよそしくなっていた。今までのように気安く話せない雰囲気だった。