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【東方二次創作】首吊り峠の怪 その三
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【東方二次創作】首吊り峠の怪 その三

2016-02-21 23:43
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東方二次創作注意
独自設定・解釈・妄想などが含まれます
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足元の石

「ただいま」
 お使いから戻り声をかけた私に迎える返事はありませんでした。まだ昼を少し過ぎたばかりの時間帯、いつもなら母が家にいるはずです。手近な部屋を覗くと閉めきった室内に座りこむ母がいました。俯いた顔に暗い影が差しているのが後ろからでもよくわかりました。
 その姿には見覚えがありました。そしてその暗く湿った心にも。
「お母さん、ただいま。お使い終わったよ」
「あ、ああ。おかえり。早かったのね」
 ようやく私に気付いた母はゆるゆると顔を上げました。あいにくと格別早く帰ったつもりはありません。その場しのぎに言葉を返す母には悪いのですが、私の瞳は大まかな事態を把握していました。残念なことに悪い予感は当たったようです。
「いつもありがとうね。戸棚におやつがあるから、食べなさい」
「うん、わかった。これ二人分だよね?」
 私と妹の二人。素知らぬふりで投げた言葉に母の顔色は目に見えて変わりました。いつものことながら心を読まずともわかりやすい人だと思います。幾ばくかの逡巡の後、母は小さく首を振りました。
「一人で食べていいわ。あの子は今納屋にいるから」
「また何かしたの?」
 私は何も見えません。私は何も知りません。そういう体で話を促します。無論わざわざ聞かずともとうに知れているのですが、まるで興味を示さないというのもそれはそれで不自然なものなのです。
「はす向かいのお宅のことを、その、悪く言ったのよ。全くどうしてあんな下らない出鱈目を……。あそこの奥さん、少し前に旦那さんを失くしたばっかりだっていうのに。これからどんな顔して会えばいいのかしら……」
 悪く言った。子供向けに薄めていましたがそれ自体は大枠から外れているということもないでしょう。妹の言ったことは確かにその家庭の外聞を貶めるものでした。ただそれとは別に今の話には事実と異なる点が二つありました。
 一つは妹の言葉が出鱈目だということ。もう一つは母の心配事がご近所への体面だということです。申し訳なさげな口ぶりとは裏腹に、母の心には別の懸念が溢れかえっていました。
 どうしてあんな嘘をついたのか。
 もしかして嘘ではないのか。
 だとしたらどうやってその話を知ったのか。
 普通なら知りえるはずがない。
 まさか。まさかあの子は、あの子の目は――。
「お母さん」
 短く言葉を割りこませると母は我に返ったように目を瞬かせました。加速していた思考が不意に止められたことで冷めていくのがわかります。
 母はよく一人で思い詰めるきらいがあり、また一方で一度水を差せば落ち着いていく人でもありました。合理的な父とは違いやや感情的ではありますが、内省を重んじる思慮深さと周りの声に耳を傾ける客観性は私の尊敬するところでした。
 この日にしても私の声に向き直るころには平静を取り戻し、普段通りの穏やかな顔に戻っていました。
「私ちょっと出かけてくるね。おやつ、ありがとう」
 それだけ告げて私は戸棚に向かいました。今日のおやつは干し柿です。一人で食べるように言われましたが、やはり妹に持っていってあげようと思いました。私は綺麗な手拭いに干し柿を包み、そのまま部屋を出ようとしました。
「ねえ……」
 そこにかすれるような声がかかりました。振り返ると部屋に残された母と目が合いました。黒く大きな瞳の中にゆらゆらと暗い光が灯っていました。

 ――あなたも本当は見えてるんじゃないの?

 母の内に危うい揺らぎが見えました。ゆっくりと頭をもたげた疑惑の念が少しずつ少しずつ心の中を塗りあげていきます。私は強張り身構えようとする身体を理性で抑えつけました。
「何、お母さん」
 私は何も見えません。私は何も知りません。だから笑顔で問いかけました。
 母は数瞬の間を置いて、「何でもないわ」と静かに首を振りました。
「暗くなる前に帰ってくるのよ。それと、夕飯まであの子は出しちゃダメだからね」
「うん、わかった。いってきます」
 摘み取ったはずの疑念の芽。けれどその根はいまだ母の心に残っているようでした。

 私の家の裏には小さな納屋がありました。貰いものの廃材を使い父が手ずからこしらえたもので、冬の大雪にも耐えるしっかりした作りです。中にはこれと言って貴重なものも入っていないので平時は鍵もかけずに使っていました。その戸板に今は木の棒が噛ませられ、内から開けられないようしっかりと固定されていました。
 父はしつけに厳しい人でした。奔放な性格の妹はよくはしゃぎ過ぎては叱られて、べそをかいていたものです。特に他人様に迷惑をかけた時などは苛烈なもので、反省するまで納屋に閉じ込めるというのが父のやり方でした。それでも怒りにまかせて手を上げるようなことは決してなかったことから理性的な人柄が伺えます。
「あ、お姉ちゃんだ! ねーここ開けてー!」
 裏に回り数歩ほど足を向けたところで納屋の方から声が上がりました。咄嗟に第三の目を周囲に走らせます。近くにいるのはネズミやカラスなどの動物の心ばかり。こちらに意識を向けている人がいないのを確認して私は小走りに納屋へ駆け寄りました。
「どうして、近づいているのが私だとわかったの?」
「え? そんなのお姉ちゃんの心を――あっ! えっとー、あーっと……そう! 足音! お姉ちゃんの足音がね、どしどしいってたから! 変な足音だからお姉ちゃんは!」
「…………そう」
 そんな足音は立てていません。
 妹は私と同様に生まれつき心を読みとる目を持っていました。発現した第三の目は深い群青色をしています。妹は私とお揃いの赤がいいと言っていましたが、私はその静かに落ち着いた色合いがとても美しいと思っています。
 私達の持つ覚の力は目の形こそしていますが光の反射を認識しているわけではありません。感覚的なことなので言葉では説明しづらいのですが、視覚が光を聴覚が音を感知するように第三の目は想いを知覚する器官なのです。ですから距離さえ離れていなければ戸板に遮られていようと心を見ることができます。妹が見えないはずの私に気付いたのもこのためです。
 断じて私が間の抜けた足音を立てていたからではありません。
 妹は覚りの力が知られてしまうことにあまり留意していませんでした。そのため心を読んでは知り得た話を何の気なしに口にすることがしばしばあったのです。私はその度にごまかしに走りまわり、父や母、周囲の疑惑を拭ってきました。もしかしたらそうやって過保護にかまいすぎたせいもあるのかもしれません。何にせよ小さなころから何度となく繰り返した戒めが今一つ響いていないことは姉として甚だ残念なことでした。
「心を読んでいるのをばれないようにしなさいといつも言っているでしょう」
「ごめんなさい。お姉ちゃんが来てくれたのが嬉しくて、つい……」
「まあいいわ。次からは気をつけなさい。喋る前にちゃんと考える癖をつけるのよ」
「うん、わかった」
 それが心からの反省であることは第三の目でわかりました。
 妹は少し楽天的なだけで教えれば聞いてくれる素直な子なのです。
「じゃあお姉ちゃん、ここ開けて?」
「ダメよ。お母さんに叱られてしまうわ。夕飯までには出してもらえるから、それまでそこで我慢していなさい」
「でもここつまんないんだもん」
「面白かったら罰にならないでしょう。ほら、おやつよ」
「わーい、ありがとうお姉ちゃん。わっ、干し柿だ。干し柿大好き!」
「こっちはお水。お手洗いが近くなるから、飲み過ぎてはダメよ」
「はーい」
 窓の隙間から持ってきた干し柿と竹の水筒を差し入れると、途端に妹は喜びの声を上げました。さっきまでしょげていたのがまるで嘘のようです。そうやってころころと変わる心のあり様はあまりに純粋で、私はたしなめる身でありながらつい微笑ましく思ってしまいます。
「あまりはしゃいでいてはダメよ。お母さんに見られたら反省してないと思われるわ」
「うーん。でもわたふぃわるいもふぉしてないほー?」
「食べながら喋るんじゃありません」
 背を預けるように納屋の壁に寄り掛かって座ると向こうからも同じように押し返す感触がありました。妹はさっそく干し柿の甘さを堪能しているようです。結局私の分も全て渡してしまったのですが、これなら一つくらいは貰っておけばよかったかもしれません。
「っん、ぷは。でも私悪いことしてないよ。あのね、チエちゃんがね、お父さんに会いたいって泣いてたの」
 チエちゃんというのは件のはす向かいのお宅に住む一人娘のことです。年の近いこともあってか、妹とはよく一緒になって遊んでいる仲の良い友達でした。もともと快活な子ではありましたが、先日山の事故で父親を失ってからは塞ぎこんでいるのを目にしていました。
「それでね、泣いてる子がいたら優しくしなさいってお姉ちゃんも言ってたでしょ? だから慰めてあげようと思って」
「……それで教えてあげたのね。あなたの本当のお父さんはお隣の旦那さんだって」
 それが今日起きたことのあらましでした。
 妹の言ったことは本当のことです。周囲には知られていなかったものの、確かにあの家の娘と亡くなった父親の間には血の繋がりがありませんでした。あの夫婦はもともと結婚を反対され駆け落ち同然に逃げてきたのですが、障害がある程燃え上がる二人の恋はいざ自由になってみると物足りなくなってしまったようです。
 しかしながら事実だからと言ってそれを口にしていいかというとそれはまた違う話です。ましてや親を亡くして悲しむ子供に教えていいものではないでしょう。
「うん。でもね、そしたらチエちゃんもっと泣きだしちゃって。チエちゃんのお母さんは怒りだしちゃうし。変なの」
 妹の心には悪意も罪悪感もありませんでした。とぼけているのではなくこの子は本当に理解していないのです。どうして友人が泣いたのか、どうして自分が怒られたのか。今こうして大人しく納屋に入っているのも、ただ母に叱られたから従っているというだけのことでした。
 心を読むことができるこの力も決して万能ではありません。
 妹の眼は私よりも遠くの思念を捉えることができる反面、読みとれる心の深さに限りがありました。私にしても見えるのは目の前の想いだけで、そのままでは過去の記憶や深層心理を読むことができません。これが妹の場合だとさらに少なく、読みとることができるのは感情や欲求を除いたごく表層の思考だけに留まっていました。私の眼を狭く深くとするならば、妹の眼は広く浅くと言ったところでしょうか。
 例えば食事をしたいという思考の陰にある食欲や相手を害したいという考えの裏にある敵対心など、そういったものを妹は見ることができません。思い浮かべていることはわかっても、どうしてそう考えるのかまではわからないのです。
「チエちゃんが会いたかったのは死んでしまったお父さんなのよ。そこに別の人を連れてきても悲しみが癒えることはないわ」
「でも、そんなの無理じゃない。だってもう死んじゃってるんだから、会えるわけないわ」
「会えるかどうかと会いたいかどうかは別よ。もしもチエちゃんのお父さんみたいに私が死んでしまったらあなたはどう思う?」
「そんなのやだ……。死なないでお姉ちゃん……」
「例えばの話よ。私が死んでもう会えなくなったら、私に会いたいとは思わない?」
「ううん、そんなことない。会いたいよ」
「じゃあそこに知らない人を連れてこられて、この人があなたの本当のお姉さんですって言われたら嬉しいと思う?」
「……嬉しくない。そんな人いらない」
「チエちゃんも同じ気持ちだったのよ」
 そこまで話すと妹はとようやく合点がいったように「そっかー」と呟きました。妹は何も心のない人間というわけではありません。なまじ考えていること、言うなれば心の答えがわかってしまうだけにその過程にある想いにまで思慮が及びにくいだけなのです。こうして一つ一つ教えてあげれば理解し共感できる優しさをこの子は持っています。
「私、チエちゃんに謝らなきゃ。チエちゃんのお父さんは死んじゃったお父さんだけだったんだよね」
「そうね、それがいいわ。仲直りできるといいわね」
 少しこじれてしまいましたが互いに年端もいかない子供のことです。すぐには難しくてもそうかからずに元の関係に戻ることができるでしょう。
 問題なのはむしろ大人たちの方です。自らの不義を知られた相手の母親は少なからず妹に敵意を向けるでしょう。また今後万一噂が広がるようなことがあれば、その大元である妹にたどり着く者が出てくるかもしれません。そうなってしまえば父や母はまた思い煩い、余計な気を起こしてしまう恐れがあります。
 手を打たねばなりません。憂いは断たねばなりません。この子と私が安寧に暮らしていくために、例えそれが杞憂であっても足元の小石は取り除かないといけません。
 そのためには何をしなければならないでしょうか。必要なものは何でしょうか。邪魔な相手は誰でしょうか。私の中で思考が回り、木々が根を張るように際限なく広がっていきます。
「もう、お姉ちゃんそれやめてってば。いっぺんに色んなこと考えるの」
「ああ、ごめんなさい。少し考え込んでしまったわ」
「言いながらまだ考えてるしー。それしてるときのお姉ちゃんの心、見るのが追いつかなくて頭くるくるしちゃうから好きじゃないの」
 私は考え込むと複数の事柄を同時並行に思考する癖がありました。それは単純に考えごとを早く煮詰めるために身につけたものなのですが、これが妹にはめっぽう不評でした。この子の眼では思考が追い切れないらしく目をまわしてしまうのだそうです。
「ごめんなさい。それじゃあどこか別の場所で考えてくるわ。夕飯には迎えに来るから、それまでいい子にしているのよ」
「えー、もう行っちゃうの? んー……うん、いい子にしてる。またね、お姉ちゃん」
「ええ、またね」
 立ち上がって土を払い、私は納屋を後にしました。妹のそばを離れるのは名残惜しいのですが、いつまでもここにいるわけにはいきません。一足ずつ歩いていくごとに、妹から離れていくごとに心は定まりするべきことが見えてきました。
 私は手始めにお話を作ることにしました。


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誤植がありました。
>「ごめんなさい。お姉ちゃんが来てくれるたのが嬉しくて、つい……」
来てくれるたのが、となってます。
67ヶ月前
×
>>1
ありがとうございます。
直しておきます。
67ヶ月前
×
断じて~、と殊更に否定するあたりにガガンボさんのさとりだなと感じますね
67ヶ月前
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