【映画 聲の形】感想 改。+ 批判レビューに いちいち反論するよ。
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【映画 聲の形】感想 改。+ 批判レビューに いちいち反論するよ。

2016-10-31 18:56
  • 5

私は本来、「君の名は。」も「映画 聲の形」も どちらも高評価している。
「君の名は。」には若干満足できなかった部分もあるが、おおよそ「面白かった」とは思っている。
だが思わぬ「君の名は。」の高評価、実績に、つい批評という行動にでてしまった。
自分の評価と世間の評価のズレに、納得できなかったのだ。
この「映画 聲の形」は、逆に「もっと評価されるべき」と擁護にまわったのです。
結果 必要以上に言葉がきつくなり、「本作の主題」に反するような表現が増えてしまい、ひょっとしたらただ不快なのではないかと、ここに反省する次第。
今後は自重します。


以下、書きためたものを そのまま公開しますが、不快かもしれないので、見たくない方はここで戻って下さい。




本作を批判(低評価ではなく)する人は、どうしても加害者を許せない方なのだろう。
深刻なイジメ被害者でトラウマを持っているか、もしくは正義感しか持ち合わせない方か。
人生において「謝りたい」「赦しを請いたい」と思うようなことってないのでしょうか。
過去 いっさい間違いを犯した事は無い、イジメは一部のクズがやるもの、という感覚しか持ち合わせていないのでしょうかね。
自身に投影するってことができないのでしょう。
「加害者目線の大団円は許せない」とか言う方は、自身は絶対加害者になったことはない、なんていう認識なのでしょうか。

後で書いてますが、加害者を執拗に責め 追い込む主張は、社会でのイジメ体質そのものですよ。
主人公を非難した同級生らと同じです。
誰もがやりそうな、ごくごく普通なその行為が、客観的に観ると こんなにも酷い仕打ちに感じる。
本作をみればわかるはずなんだけどな。
加害者を執拗に批判するのもイジメだってことさ。
自身を俯瞰してみれない人は、被害者目線しか想像出来ないのではないか。
イジメに発展していなくても、なにげに言ってしまった事、してしまった事で相手を傷つけることなんて、ざらにあると思う。後悔なんていっぱいある。
ない、なんて人いるのかな。
よほど自分自身に無頓着な人か、被害者意識しかないのか。
ゴミ屋敷の住人が「周りが俺の生活を批判する」といって、他人に迷惑になっている部分に気付かないように。

私は、ここでこんなことを書くのも、本作の主題に反する行為とさえ思っている。
つまり誰かを傷つけているかもしれないからだ。
見方は人それぞれだけど、自分は感動したクチなので、批判レビューはどうしても見すごせなかった。
ストーカー映画、加害者のご都合映画、といった内容はあきらかに的外れです。
以下、他者批判レビューに対する反論。



■「ただただ 不快なだけだった」

映画に求めているものが「快感」だからなのでしょう。
例えが「下(しも)」で申し訳ないが、トイレで流して「あぁすっきりした」っていう感じの「快感」だ。
登場人物たちの言動によって、なにかこちらまで「傷ついた」かのような感覚になるのだとすれば、それは「的を射ているから」だろうと思う。
このような作品、表現をしようとした勇気に喝采を送るべきだろう。
批判を恐れず、伝えたいことをやろうとしたのだから。


■「ヒロインが聴覚障害者である必要がない」

聴覚障害者をヒロインにあてているのは、「聲を伝えられない象徴」としての意味合いがあると思う。飛び降りるシーンでそれがわかる。
「障害者を利用した」的な事を書いているが、そんな事言ったら他作品もみんな、なにかを利用している作品だ。
病院物などのドラマで、患者を出して「感動に利用するな」 みたいなものだろう。
セカチュウとか嫌いなんだろうな、きっと。
でも 感動なんてそんな何種類もあるわけじゃない。
おおまかに「生、死」「成就」「記憶」「相互理解(友情、愛情)」「希望」…
本作のヒロインに自己犠牲を強いたとかいうなら、批判されても仕方ないかもしれないけど、利用したとか、侮辱したとか、ばかばかしい。
「この作品を絶賛するとか、心配になる」とか言ってるが、本作のテーマについて触れず、ただただ「障害者が、イジメが…」としか書かないこの人は、作品の趣旨が理解出来ない方なんだろう、逆に同情する。


■「印象に残らない作品」

おそらく、日常系がお好みでない方の意見でしょうね。なにかしら事件が起こるようなドタバタでないとつまらないんでしょう。
「君の名は。と比べるのはおかしい」と言っているのに、結局「そっちの方が面白い」という始末w
好み と 評価 は別だと思うんだけどな、私は。


■「ヒロインが一番残酷」「現実に障害者が転校して来た。介護状態だった。現実は違う」


一般の学校に障害者は来るな、だそうだ。
送り込む母親らのエゴなんだそうな。
健常者に負担だから、が理由らしい。

このアニメにレビューとして いちゃもん付けるのはおかしいよね。
そういう「排除の理論」もイジメ要素のひとつ。
受け入れ経験のある人が大変だったというのは想像するしか無いけど、そこは 気付きましょうね。
>>どうやら同一人物が、そのレビューサイトに張り付いて別人を装って何度も投稿しているようだが、そういう主張は、他でしてほしいものだ。レビューじゃないよね。

現実とは違うから、低評価と言う方がそこそこ見受けられる。
そりゃ、さまざまな状況があるだろうから、全てに当てはまる訳ではない。
また、再三言って来たが「障害者の現実」がテーマではない。
それはあくまでも表現材料の一部だ。
「誰にでもある罪」、そして「コミュニケーション」がテーマだと思う。
そこがズレてしまうと、こういう感想になるよね。


■「新海監督推薦!」

…?
上からでしょ。
なんのお墨付きよw
この作品のファンは、そんな言葉に喜んではいけません。
この作品の方がよっぽど観る価値があるし、賞にふさわしい。
残念ながら、日本アカデミー賞とか「君の名は。」が総取りの予感がするが、どうでもいいよ、そんな結果。


■「これはファンタジーであって、こんな天使のような障害者はいない」

つまりは現実的でない、こうだったらいいなーという人物・展開になっている、ということのようだ。

「イジメをした奴は後悔なんてしない。
進学ごとに関係がリセットされるので、加害者としての過去を、周囲も含め ひきずらない。
被害者側も、何度も転校するくらいだから 人間関係に疲れ、されたイジメを忘れて許すなんてありえない」
といった内容だ。

これは 現実視しているというよりも、絶望している方の意見ですね。
非常に暗い見方。
自身の世界観で「決めつけちゃってる」印象。
この物語が全ての事例にあてはまるわけではないことは、作り手もわかっているでしょう。
あくまでも、それそれの実生活と経験を思い起こし、考えさせようとする作品なのだ。

しかも、こうだったらいいなーで、なにか問題なの?


■「私が感動したからいい映画だ…というのは、先生の立場と同じ傍観者だから」


「感動ポルノ」と何度も投稿する方がいるようだ。
感動した人は 加害者に寛容で 障害者を侮辱してるってこと?
感動してる奴に限って障害者とは接触の無い第三者?
感動するなと…?
ではどういう映画なら納得なの?
感動した人はあたかも「いじめ、障害者に無知」みたいなレビューをされているが、さてどちらが無知なのか…

この作品を批判する方に多く見られるのは、加害者への憎悪だ。
「常に被害者の味方、自身は加害とは無縁…」
そういう正義感は偽善ですね。
加害者を執拗に追い込むこと、口撃、それもまた社会のイジメ体質そのものですよ。

作品に感動した人は、加害、被害、どちらか一方の味方ということはないと思う。
良い意味で傍観しているといえるし、映画を見ているだけだから、実際 傍観者なわけですよ。
論外。

登場する先生は、加害者である主人公を追求、非難した。
むしろ 先生と同じなのは、こういうレビューされる方なのでは。

感動ポルノ…そういって批判する人は、殆ど全ての映画や作品を批判していることになる。
芸術は美しいものを描くのがほとんど。
花は鮮やかだから美しいと感じるのです。
皆が「ヒロシマの原爆絵」「ピカソのゲルニカ」みたいな凄惨なものしか描かなかったら、美術館に人が入るでしょうか。
こういう方は、アニメや漫画を見てはいけません。

「本作で感動したから いい人というわけではない」みたいなことを言う人がいるが、感動したからといって特別「障害者支援」をするような善人でなければならない必要性は無い。
感動した人はむしろ 自身の中に過去の過ちを、または自身の過去の出来事を投影したから感動したのだ
「現実の障害者にはキモイと思うはず」みたいな侮蔑で「現実の己を知れ」みたいな発言は空しくはないですか?
今後 人付き合いの中で発する一言や、不自由な方に対して「もう少し気を付けよう」で良いと思うのだ。
善人だなんて思ってもいないし、必要も無い。


■「痴漢少年が報われる話」

いや、この話に痴漢関係ないから…
例えるのが おかしいから…w
過大批判ですよw


「登場人物が全員クズ、メンタル脆弱なかまってちゃん」

こういう感覚の方は、おそらく自身が人を傷つけていることに気付かない人のような気がする。
メンタルの弱い人間や障害含む身体面を優劣で見下し、軽蔑しかできない輩。
その文言そのものが、イジメる側の言いそうなこと。
典型的なイジメ加害者体質の可能性あり。
登場人物が気持ち悪いから、どこがいいのかわからない という評価は まさにそれ。
あえて笑うw


■「人間の汚い部分を前面に出した悪意に満ちている

「人間関係が黒すぎる。原作者の言いたい事がわからない」
こういう方は、実生活で人間関係に苦労した事が無い人か、もしくは無頓着な(自分がいじめには関係ないと思うような)人か、または天然な人か、少なくとも人を疑う事が無い人なのではないでしょうか。
つまり、登場人物のような人は周りにいないと感じているから、共感出来ないのではないか。
それはそれで良い事かもしれないけど、
「このアニメの世界はとても人間の汚い部分を前面に出した悪意に満ちている…」
という感覚は、違うと思う。
ホラー映画じゃあるまいし、怖がれ…みたいなシーンの連続で出来上がっている訳ではない。
「汚いものから目をそらさなければ いられない」というストレスをそもそもお持ちの方なのかも…。

作中描いていることは、ごくごく普通に、無意識にしてしまうもので、各々が 実生活で「俺はこう思う」「私は貴方をこう思う」という主張、発言が、相手を傷つける という表現だ(劇中、肉体的暴力に相当するのはごく一部)。
視聴者は、映画では俯瞰して見ているから「こいつ やな奴だ」と気付くが、普段は自分自身も無意識にやってしまっているはずだ。少なくとも過去に。
してない、と言う方は先に述べた「無頓着」な人です。

原作者が「悪意」で描いている訳ではない。
これでも「ぬるい」「現実はもっと酷い」という人もいるからね。


「ヒロインが いじめた主人公に惚れるワケがない」

現実にそんな奴いない、ということのようだ。

私自身は違和感は感じなかったが、いじめがどの程度だったかにより、恋愛感情へ心境に変化がある人がいてもいいのではないでしょうか。
しかも年月が経っているしね。
集団で暴力とか 長期間孤立させたとか、恐喝で金まきあげたとか…、悪質なものについては絶対ないのかもしれないが。

こんな覚えはないだろうか。
子供の頃、気になる女の子にちょっかいを出したことは…。
スカートめくり、髪の毛をいじる、持ち物を「返して」と言われてもしばらく返さない…。
からかいのつもりだろうし、悪意よりは好意が元になっている。
本作では「好奇心」とされているが、自分はこのうち2つ目で、ツインテの髪の毛を後ろから掴んで、嫌がられるのを面白がっていたことがある。
毎度やってたわけじゃないけど、席が真後ろだったのでつい出来心。
小学3、4年のころだろうと思う。
いじめと からかいは紙一重かもしれない。

いじめには主に、異質な者に対する「排除」、自分より弱者と感じる者に対する「支配」的なものがあるが、本作で描かれたものは これらとは少し違うのではないでしょうか。

本作はまだまだ子供の時だ。
青年期になって恋に発展しても不思議でもなんでもない。
というか、子供の頃理解し合えなかった二人が、青年期になってようやく理解し合うという物語ではないでしょうか。


■「美人なヒロインだからこういう話になるだけ。現実は違う」

「美人だから感動するんでしょ?
あんたらの評価なんてその程度の感性」

確かにね。
でもいろんなコンテンツ、ほぼそういうものですよ。
「君の名は。」 にも言っておやり(笑)


■「大人の描き方がダメ。アニメに多い子供だけの 狭いご都合世界」

子供時代、大人の存在ってどうだったでしょう。
思い起こすと、親や先生よりも、やはり友達との時間や意識が90%だったと感じる。
もちろん人にもよるかもしれないが、中心は友達など同年代でしたね。
しかも子供目線の話だし、政治関係ないし、本作に大人は必要以上に関わる必要は無いのだ。


「加害者目線の作品。被害者にのちのち接触するのはNG」

批判レビューで もっとも多い指摘だ(同じ人が投稿を連発している可能性もある)
作り手には「痛い」意見かもしれない。

ただ これは深刻な案件には あてはまるのでしょうが、本作はそこまでの内容では無いし、そもそもテーマがいじめや障害者、というわけではない。
加害者に都合がよすぎる というのだが、では被害者の主張のみの話…そんなものになんの希望があるだろうか。
おそらくその場合「復讐」「恨み」の話になるのだろう。
気持ちいいかもしれないが、癒しとは違うね。快感かな…。
いったいどのような物語だったら納得できたのか、そういう方に限って説明していない。

こういう方は、加害者側をいつまでも悪者にしておきたいのではないか。
「被害者側が赦しを求められすぎる」という不満もわかるが、そのほうが楽なのだろう(結論は恨みと拒絶)。
それもまた被害者側の都合で、感情論とは思いませんか。
第三者から見て、それは解決とは思えない。

死ぬまで、そして死んでも赦しを与えないということだ。
本作をその論理でいえば、
いじめたのだから(いじめを批判しているのに) いじめられて当然(いじめられろ)、ということだ。
矛盾である。

少なくとも本作ではそれは通用しない。
加害者に都合が良すぎ、ゆえに低評価という方は、実生活でもそういう「赦しを与えない」というスタンスであり、一度貼ったレッテルは二度と取り下げることはしない方なのかもしれない。

もしくは、よほどのトラウマがあって、受け付けないのだろう。
そういう方、多いらしい。
なにげないニュースやドラマも、トラウマを刺激するシーンがあると、とたんに見ていられなくなる症状だそうだ。思い当たる節はありませんか?

つまり、作品自体が悪いわけではない ということ。

身体に危険が及ぶ、という狂気的接触とは別物なのだ。
事実、ストーカー的でなく、同じいじめ被害者になった主人公が会いに行く話だ
連日の、まるで鬼のクビを獲ったかのような「ストーカーに繋がる危険」的なレビューは本当にばかばかしい
殺人シーンは殺人を、短いスカートは痴漢を 助長するから描くな、に等しい批判だ。


本作のヒロインは、そもそも「恨んでいないのではないか」と思うのだ。
人によっては、相手の姿を見ただけで、怯えてしまう被害者もいるのだろうから、会いにいくのを肯定するわけではないが、本作はそういう たぐいのお話しではない。
製作陣を「許さない」とまでいう方もいるが、残念ですね。





こういったレビューはごく一部の方ではありますが、気になったので作品を擁護しました。

というか、本作で感動した自分自身を…でもあるのですが。
批判レビューを多々読んで思うのは、障害者やイジメにばかりスポットをあてている事。
タイトルの意味を無視している。
本作は「誰にでもある現実を表現したもの」であって「特殊な立場の人の現実を描いた訳ではない」と思うのだ。
本作に癒しを見いだせなかったと言う方は正直なところ、なにか「心の問題」があるのではないかと思ってしまう。
私自身は こういった希望と癒しの物語が好きです。
多少の現実離れ、理想があるくらいがちょうどいい。
夢を語るのも大事。


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追記)2018.9

>>>「いじめの経験がある人や、いじめられた経験のある人、それを見て見ぬ振りした人。
日本に多いであろう学生時代のトラウマを持ってる人は見ないほうが良いと思います」<<<

というレビューが気になりました。
こういう感覚は「逃げ」ですね。
過去を受け入れ向き合い、これからに繋ぐ。そういう意識がない人。
まぁそれも生き方だが。
不快だから見るなということかもしれないが、こういう人たちこそ見るべきアニメ。
面白い事、綺麗なもの、にばかり目を向けるのは大人ではない。

私は幼少期、いじめほどではないが 仲間はずれに苦しんだ時期がある。
下級生に喧嘩さえ売られた事もある。
情けないが、自分がキレたら何してしまうか怖かったので逃げたw。
そして基本、見て見ぬ振りする人間でもあった。
それでも本作には感銘を受けた。
イジメや障害にばかり気をとられているのは、うわべを見ているににすぎない。

贖罪の物語であり、なにより自分自身(生きていく事)を赦す物語だ。

文化祭で「入り口」と書くべきところを「人り口」と書いた人を、皆でげらげら笑うのをただ見ていたことがある。
そんなことでも本人はいたく傷ついたはずだが、おそらくこういうレビューされる方は、そういう瞬間の己の「罪」に気付いて来なかったではないかと想像する。
気がついていれば、こんなレビューしないはずだ。








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◯◯と言う意見の方は◯◯な人間だ。と強引な決めつけが激しく、自分が聖者のように他人の人格を否定する。このレビュー者は己の感性が全て正しいと言いたいのでしょう。不愉快ですねw
38ヶ月前
×
>>1
いや、ディベート的な感覚で書いてあると思いますよ?レビューなんで、どうしても一方的になってしまっているけど。むしろ、それに対しての具体的な反論があれば聞きたいんじゃないかな。
それに、私は一つの意見に対して、それは実は◯◯ともいえるよね?っていういろんな視点から見ることのできたいいレビューたなと思いました。
たまたま、この人と私はほぼ同意見だから共感できたけど、全然違う見方だったらそれはそれで面白かっただろうなと思ったし。
己の感性が全て正しいと言いたい人には私は見えないな。
36ヶ月前
×
>>2
くっさ 死ねよガイジ
33ヶ月前
×
とても参考になりました。
このお話は「君の名は。」とは違い、そもそものテーマが「心」や「罪」といった大変デリケートな問題なんですよね。
だからこそ色々な考えがあり、人間の良し悪しをハッキリと登場人物に表現させているので、拒絶感の強い人もいると思います。

子供の時も大人になってからも、理解しようとするその一歩を踏み出すのがとても怖いもの。
その最初の一歩を踏み出していく彼らの姿にはとても感動を覚えました。

長々とコメントして申し訳ありませんでした。
31ヶ月前
×
これはアンハッピーエンドでは無い物語ですが、でらハッピーエンドなのかなと胸に焼き付くような思いをしました。

確かにある種の道徳ではあるとは思えます。

「害」「悪」「断罪」というフィルターをかければ誰もが悪い訳でもなく、誰もが正義でないような気がします。
そして誰もが強くはないと思います。



実は小生は小学校6年・中学1・2年イジメにあっていました。
イジメが始まれば、教室全体が徐々に、団結してイジメに加担してしまう姿を当事者として見てきました。
そして今は双極性障害と患っています。障害者2級です。
(虐めがきっかけで障害者になった訳でなく、それとこれとは別です。)

そういう見地から見ると、何とも言い難い結末な気がしてなりません。

病気のせいにはしたくはないですが、「この病気に関わった人達はみな鬱になればいいのに」と今でも思ってしまいます。
病気の辛さはなってみないと分からないから。

ただ当時のいじめっ子達に関しては「あの人たちは今、どんな大人になったのだろう」とある種の哀れみのような感情を抱いています。

今の小生を慰めてくれという訳ではなく、この映画の解が今でもわからないですが、一意見としてとても参考になりました。

乱文失礼しました。
30ヶ月前
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