25円で見れるらしいから加齢なる貧乏根性で華麗なるギャツビーを見た。
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25円で見れるらしいから加齢なる貧乏根性で華麗なるギャツビーを見た。

2014-02-22 23:59

    ネタバレはしないように書いたけど、歴史苦手な人は少しだけ背景知識は知っといた方がいいよ。


    華麗なるギャツビー (2013年の映画)


    華麗なるギャツビー』(原題: The Great Gatsby)は、2013年アメリカ合衆国恋愛ドラマ映画英語版である。F・スコット・フィッツジェラルドの1925年の小説『グレート・ギャツビー』を原作としており、バズ・ラーマンが監督・脚本を務めている。出演はレオナルド・ディカプリオトビー・マグワイアキャリー・マリガンジョエル・エドガートンアイラ・フィッシャージェイソン・クラークらである。

    衣装について

    本作で使用された衣装・小物類については、女性のドレスをプラダ、女性のジュエリーをティファニー、男性服をブルックス・ブラザーズが提供し、各社が記念コレクションを発売したり、使用アイテム公開イベントを開催したりしている。





    相関図は最下部、若干のネタバレのため注意。
    まあでも、ネタバレしててもそこまで関係ないんだけどね、クリスマスキャロルくらい有名なお話だし、正直知ってても楽しめるくらいの作品だと思いますが、念のため。


    日本ではマンダムの男性整髪料のイメージが先行しがちだけど、調べてないけど多分ここからとったんでしょう。ギャツビー、華麗なるだけど、原題はグレート、となると、逆変換すると、GTOは、『華麗なる先生鬼塚』だなという発想に至る映画だった。


    とても面白かったです。3Dじゃなくても全然良かったです。
    ”アイム、ギャツビー”のとこで、女子力高めの胸がキュンとなって鳥肌たったな、あれ。

    原作の小説はフィッツジェラルドっていうアメリカではそれなりに有名な小説家、日本人で太宰治知らない人いないでしょみたいな感覚だと思う。たぶん。

    あと知ってると便利なのは、奥さんがゼルダって名前で、金持ち出身でフラッパーの代表みたいな人なんだよね。でも、当時はフィッツジェラルド自身はそこまで売れっ子作家でもなく、愛人のシーラって言う人のヒモとして生活するんだよね、なんとなくそこらへんの作者の人生ともギャツビー物語は投影してるとこあるんだろうなと。それと、関係ないけど太宰っぽい感じもするよね。

    F・スコット・フィッツジェラルド

    東海岸の療法施設で生活するゼルダとは疎遠になっており、スコットは愛人シーラ・グレアムと生活していた。この時期、彼は自身のことを「ハリウッドの雇われ脚本家だ」と自嘲していたという。一方ユダヤ系イギリス人のシーラは、名家育ちのゼルダと対照的に孤児院で育ちながらも、美貌と才能を武器にして無一文から成り上り、渡米後にハリウッドスターのゴシップを新聞に執筆していた売れっ子ゴシップコラムニストだった。ゆえに晩年は金銭的には恵まれていても、物書きとしてのポジションは底辺であるゴシップコラムニストの愛人シーラに、かつてはアメリカの頂点にいたベストセラー作家が経済的に養われるという情けない状況であった。

    アルコールが手放せず、健康状態が悪化していたフィッツジェラルドは心臓麻痺を何度か起こした。最後の小説を執筆中の1940年12月21日、フィッツジェラルドは再び心臓麻痺をおこしグレアムのアパートで死亡した。

    文学的素養が乏しいため確かなことは言えないが、小さい時に図書館で読んだ記憶で、走れメロスくらいしか太宰を読んでもおもしろくない位の時だった。ギャツビーというのも名前をTVCM(整髪料)で知ってたから、手に取って読んだのは記憶している。あの頃から(今もなお)思想体系が未熟だった自分としては、当時は全然うまく味わっていなくて、裏技で人生成功してもどうせ失敗するんだぜ、運命なんてねくらいの、なんというか勧善懲悪の水戸黄門イメージが染み付いていたが、今映画見て振り返れば、はっきりいって全然違う内容です。なので、ネタバレではありません。

    ただしでも仕方が無いと思う部分もあって、少年が読んで言外に男の哀愁だったり、泡沫のロマンを感じる事はおそらく出来ないだろうから。資本主義の格差が生む財力だったり、倒錯した性欲だったり、権力の腐敗構造が生み出すオトナの御都合主義みたいな、夢も希望もないような話しを子供に教えるのは虐待だもんなとか。

    ところで、前半の感想としては、さすがにディカプリオ見てタイタニックを感じることはないが、たまたま最近見たディカプリオ映画で"J・エドガー”っていうFBI長官のエドガー・フーヴァーの生涯を描いた作品があって、その主人公のオジさんがガチホモなんだよね。そのせいで、最初の方はずっとギャツビーとニックのカラミとかが男色イメージたっぷりに見えて、また実際、多少男臭い映画だから、そういう風にも見えちゃうところがなんとも正直最初は構図が見難かった。また名前も”J・ギャツビー”だから余計にシンクロしてしまったのは私だけだろうか。

    で、オトナの事情か情事か単語の書き順はわからないし、深くはいえないが、トム・ブキャナンのハッスル感がシュワちゃんを彷彿とさせた、この意味は”シュワちゃん_家政婦”でグーグルに詳しいと思うので割愛します。

    ところで、映画見るのに、決定的に重要なのは時代背景だね。1次大戦後の空前の好景気と禁酒法、その後に待ち構える第2の世界戦争に巻き込む遠因となった世界大恐慌(1929年ウォール街での株価大暴落に端を発する世界恐慌)ということだろうなあ、大恐慌時代は物語には直接でてこないけど、時代の匂いみたいのはあるよね。原作者自身がそういう時代の空気に翻弄された人生の中で創作したものだからね。原作を読んだ当時の未だ幼かった自分はこの背景とか事実を知らなかった、そりゃ味わいも減るよねって。




    フラッパー: Flapper)は、1920年代に欧米で流行したファッション、生活スタイルを好んだ「新しい」若い女性を指すスラング。それまで女性らしいとされてきた装いや行動様式ではなく、膝丈の短いスカート、ショートヘアのボブカットジャズ音楽などを好んで、濃いメイクアップ強い酒を飲み、性交渉、喫煙、ドライブを積極的に楽しむという、以前までの女性に求められてきた社会的、性的規範を軽視した女性たちを意味する[1]

    フラッパーは「狂騒の20年代」を背景として登場した。アメリカの1920年代初頭は、第一次世界大戦終結直後で社会、政治ともに未だ混乱していた時代だった。ヨーロッパからの文物流入が盛んとなり、アメリカからもジャズなどの文化がヨーロッパへと広まっていった。

    1912年ごろまでには、ロンドンの舞台興行主ジョン・タイラー (en:John Tiller) が『ニューヨーク・タイムズ』のインタビューで、「フラッパー」を「いまにも世に出そうな」やや年長の少女という意味で用いている[13]。「フラッパー」は大胆で溌剌とした10代の少女を指す言葉として広く知られていたが[14]、イギリスでは徐々に衝動的な性質で大人気ない女性全般を意味する言葉となっていった[15]}}。第一次世界大戦時にフラッパーという言葉はますます使用されるようになっていったが、これはおそらく出征で男性が不足した職場に女性が登用され始めたことと関係している[16] 。1919年の『タイムズ』には、戦争からの帰還兵たちが職場に復帰すると女性の職探しが難しくなり、「フラッパーたちの将来」が懸念されるという内容の記事を掲載している[17]。このような社会情勢のなか、フラッパーは「独立心旺盛で享楽的な若い女性」を指す言葉へと変化していったのである[7]


    1920年までに、フラッパーは特定の世代とその行動様式を示す言葉として一般的になっていった。当時のイギリスでは多くの若い男性が第一次世界大戦で命を失ったために、適齢期の女性が結婚相手を見つけられずにいた。R・マレイ=レスリー博士はその講演で「ある種の社交家のなかには……浮ついた性格で、露出度の高い衣服を着てジャズを愛好するフラッパーと称される人々がいる。責任感がないうえに行儀も悪く、ダンス、新しい帽子、男性と自動車などを国家の大事よりも重要視する女性たちだ」と批判している[18]

    1920年代初めのアメリカでは10代の若い女性たちが好んだ、留金をせずにオーバーブーツ(雨天時に靴に被せるゴム製、ビニール製の靴 (en:Galoshes))を履くといったファッションを指す言葉として「フラッパー」が使われるようになった[19]。また、歩くたびにとめられていないオーバーブーツの留め具がひらひらする様子も「フラッパー」と呼ばれていた[20][21]

    イギリスでは1930年代なかばでも「フラッパー」という言葉が時々使用されてはいたが、すでに死語となりつつあった。1936年の『タイムズ』では「ブロット(泥酔 (blotto))」などと同じくフラッパーが時代遅れのスラングに分類されている[22]


    ジャズ・エイジ

    ジャズ・エイジ(Jazz Age)は狂騒の20年代と呼ばれるアメリカ合衆国の1920年代の文化・世相を指す言葉である。フランスの「レ・ザネ・フォル」(狂乱の時代。Années folles)に相当する。F・スコット・フィッツジェラルドの『ジャズ・エイジの物語』(1922年)に由来する。

    第一次世界大戦が終結し、ジャズが時代の流行の音楽となり、享楽的な都市文化が発達した時代で、大量消費時代・マスメディアの時代の幕開けでもあった。

    1929年世界恐慌により終焉を迎えた。


    1929年に始まった世界恐慌

    1929年10月24日ニューヨーク証券取引所で株価が大暴落したことを端緒として世界的な規模で各国の経済に波及した金融恐慌、および経済後退が起きた。1929年10月24日は「暗黒の木曜日」(Black Thursday)として知られ、南北戦争に次ぐアメリカの悲劇といわれた。



    アメリカ合衆国における禁酒法
    アメリカ合衆国史における禁酒法(きんしゅほう、Prohibition)は、1920年から1933年までアメリカ合衆国憲法修正第18条下において施行され、消費のためのアルコールの製造、販売、輸送が全面的に禁止された法律である。「高貴な実験(The Noble Experiment)」とも揶揄された。

    禁酒運動による相当な圧力の下で、米国上院1917年12月18日に修正第18条を提出した。1919年1月16日に3/4の州(当時は36州)による批准が完了して憲法修正条項が成立し、翌年1月16日に施行された。いくつかの州議会では修正第18条の批准の前に、州としての禁酒法を既に立法化していた。

    ボルステッド法(正式名:国家禁酒法)はウッドロウ・ウィルソン大統領拒否権を発動するも、1919年10月28日に議会が再可決し、「酔いをもたらす飲料」を法的に定義して、憲法修正第18条で規制の対象とするアルコール飲料を定めた[1]。一方、ボルステッド法はアルコール販売を禁止したが、法律を強制することはほとんど行われなかった。違法な酒の流通および無許可での製造販売は激烈になったが、政府にはアメリカ全ての国境、湖、河川および秘密酒場で法執行を強制する手段も意志もなかった。実際にはニューヨーク市単独でも、30,000-50,000軒もの違法な酒場がいたるところにあった[2]。特に都市部においては禁酒法は世界大恐慌の間、次第に不興を買うようになった。

    1933年3月23日に、フランクリン・ルーズベルト大統領はボルステッド法のカレン=ハリソン修正案に署名した。そして、特定の種類のアルコール飲料の製造・販売を許可した。

    1933年12月5日に、米国憲法修正第21条は修正第18条を廃止した。

    華麗なる一族のキムタクのギャツビー



    コレも良かったなあ,意外にうまくはまってたのは、
    この時代とはミスマッチな感じのJAYZのラップが
    意外や意外スピード感なんかとも
    重なってしっくりきてたのが、クリエイティブで良かったです。
    まどろっこしくて、スノビッシュなギャツビーのあの例の曲は食傷気味だったので、

    JAY-Zとかについてはコチラ

    サウンドトラック
    詳細は「ミュージック・フロム・バズ・ラーマンズ・華麗なるギャツビー」を参照
    サウンドトラック盤は2013年5月7日に発売された。またターゲット限定でデラックス版も発売された映画音楽ジェイ・ZThe Bullitts英語版が製作総指揮した
    ラナ・デル・レイとバズ・ラーマンが作詞した曲「ヤング・アンド・ビューティフル}」がプロモーション・シングルとして発売された

    まあ、でも考えてみれば、このジェイジーとかいうオジさんも現代のギャツビーというか、裏稼業から成り上がった代表みたいな人だもんなあ、そんな彼のなかなかの豪邸をレンタルできるみたいなので、興味ある方はどうぞ↓。
    ビヨンセとジェイ・Zが所有する家を1ヶ月間約3160万円でレンタルできる







    期間限定で25円で高画質配信やってるから
    皆も見るといいよ。もちろんステマです。
    二ワンゴ様のおかげで、見れるのですから。




    あらすじ(ネタバレ無し)

    1922年のアメリカ。中西部出身のニック・キャラウェイは、イェール大学を卒業後ほどなくして戦争に従軍し、休戦ののち故郷へと帰ってきた。しかしそこに孤独感を覚えた彼は証券会社で働くことを口実に、ニューヨーク郊外のロング・アイランドにある高級住宅地ウェスト・エッグへと引っ越してくる。隣の大邸宅に住んでいる人物は毎夜豪華なパーティーを開いている。青みを帯びた庭園には男たちや女たちが蛾のように集まって、ささやきやシャンパンや星明かりの下を行き交った。その屋敷の主がジェイ・ギャツビーという人物であると知り、興味を持つ。ある日、ニックはギャツビーのパーティーに招かれる。しかし、そのパーティーの参加者のほとんどがギャツビーについて正確なことを知らず、彼の過去に関して悪意を含んだ噂ばかりを耳にする。やがてニックはギャツビーが5年もの間胸に秘めていたある想いを知ることになる。


    登場人物(若干のネタバレ

    • ジェイ・ギャツビー(Jay Gatsby) - 本作の主人公。陸軍の将校を経験した後、禁酒法時代のアメリカにおいて●●●●に手を染め、若くして富を得る。とはいえ、その多くは謎に包まれており、さまざまな流言飛語が飛びかっている。
    • ニック・キャラウェイ(Nick Carraway) - 本作の語り手。登場時29歳(作品の最後で30歳になる)。イェール大学を卒業し、証券会社で働いている。ギャツビーの大邸宅の隣に住んでいる。物静かな好青年。
    • デイジー・ブキャナン(Daisy Buchanan) - トムの妻。天真爛漫だが軽薄で俗物的。若かりし頃は、その美しさで近隣の若者や駐屯している軍人からアイドル扱いされていた。ニックのまたいとこの子供。
    • トム・ブキャナン(Tom Buchanan) - ニックとは友人関係。現在はデイジーの夫で30代。シカゴ出身の大金持ち。壮健な肉体を誇り、傲慢で横柄な男性。
    • ジョーダン・ベイカー - プロゴルファーでデイジーの古くからの親友。中性的な美女。
    • ジョージ・ウィルソン - カーガレージのオーナー。大得意であるトムには頭があがらない。素朴な正直者。
    • マートル・ウィルソン - ジョージの妻。美人ではないが肉感的な魅力に富む。男性的な魅力に溢れるトムとの不倫を楽しむ。




    映画ではジョーダンとニックのカラミはカットされていましたね、DVDの特典かなんかではそのシーンあるらしいけど、物語の大筋としては枝葉だもんね。

    ニューヨークから20マイルも離れたロングアイランドに双子のような島があって、そのうちのひとつが良家の金持ちしか住めない高級住宅街となっているウェストエッグ、金はあっても成り上がり者はもう一方のイーストエッグのほうへ住み分けている、という舞台設定だが、モデルとなる地域はあるものの架空の土地である。

    凡庸な家柄の出のニックが借りた家はイーストエッグにあり、海峡を挟んでちょうど対岸のウェストエッグにトムとデイズィが住んでいるというのが象徴的だ。

    トムは不遜な男で、家柄も体格もよく男らしく自信家で金持ち。絵に描いたようなブルジョワの厭なヤツで、もちろん愛人もいる。ニューヨークにこっそりアパートを借りて、人妻とダブル不倫中。もっともニューヨークに越してくるまえからトムの女遊びは派手で、妻のデイズィはそのことで泣き暮らしていた。

    娘が生まれたときにデイズィが言った言葉が、

    『ばかな子だったらいいな。女の子はばかなのが一番いいんだ、きれいなばかな子が』

    余計な目端が利くと知りたくもないことまで判ってしまう。だから夫が不実だろうが何も気がつかないほどばかなほうが、本人は幸せだいうことだ。そういうデイズィは受身で儚げな美女タイプである。夫の浮気に涙を流しても、決して子どもを連れて家を飛び出したりはしない。






    (※以下原作ネタバレ)
    映画では直接は言及していないニックの回想部分


    よせばいいのに、嫉妬と喪失で気の狂ったマートルの夫に、わざわざ車の持ち主を教えたのはトムであった。ギャッツビーが愛するデイズィを庇い、事故当時彼が運転していたものと周囲が誤解するまま、ひとことも言わず罪を被っていることにも気付かずに。

    残ったのはトム・デイズィ夫妻と、傍観者のニックである。

    人が三人死んでも、結局トムにとってはその程度の話だったのである。

    ぼくは彼をゆるすことも、好きになることもできなかったが、彼としては自分のやったことをすこしもやましく思っていないこともわかった。なにもかもが実に不注意で混乱している。彼らは不注意な人間なのだ――トムも、デイズィも――品物でも人間でもを、めちゃめちゃにしておきながら、自分たちは、すっと、金だか、あきれるほどの不注意だか、その他なんだか知らないが、とにかく二人を結び付けているもののなかに退却してしまって、自分たちのしでかしたごちゃごちゃの後片付けは他人にさせる‥‥

    都会的というか、いまでいう困ったちゃんである。軽薄なヤッピー、モラルの欠如したオツムの軽いおバカさんというヤツである。自分のように『野暮な潔癖感』を持った人間は、こういう手合いとは関わらないのが一番だと、ニックは田舎に帰ることにする。

    「ぼくは三十ですよ」と、ぼくは言った「自分に嘘をついて、それを名誉と称するには、五つほど年をとりすぎました」



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