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【考察】「声優に挑戦」の何が嫌なのかを考えてみた【駄文】
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【考察】「声優に挑戦」の何が嫌なのかを考えてみた【駄文】

2017-10-14 21:39
    ※あくまで個人の考察です。ご了承ください。

     きっと忘れられた存在、Konoseです。元から無名ですが。

     本日は(前の題材を放置して)「声優に挑戦」ということについて考察を行ってみます。
     小学校に入る前後に「声優」の存在を知り、一時期は声優になりたいと本気で思っていたくらいの声豚である僕ですが、アニメ業界以外の方の二次元キャラの演技に対する違和感や嫌悪感は未だに拭い去ることができません。もちろん実際に聞いてみたら良かった、ということもあるにはあるのですが、それは後述。今回は何故その違和感や嫌悪感を持つのか、を考えてみました。
     理由は一言で言えば、「異端であること」になります。2つに分けて説明していきましょう。

    ①周囲のキャラとの不一致
     大体の作品では、「声優に挑戦」と銘打った場合、特定のキャラがいわゆる一般芸能の方、それ以外は声優を本業としている方という形になることが殆どです。そうすると、視聴者は無意識かつ必然的に発声や演技の仕方を比較することになります。
     キャラクターは世界を構成する要因として最も大きな存在であり、キャラクターの存在によってその世界は担保されるのです(少なくとも僕はそう考えています)。そのため、その世界を担保する存在の中での多数派がその世界の「正統」であり、そこからはみ出た存在は「異端」となります。人間だけでなく殆どの生物が自然状態では「異端」を嫌い、排除しようとします。その感情が違和感や嫌悪感なのです。
     「挑戦」系では先述の通りそのキャラ(以下「挑戦キャラ」とします)以外は(いわゆる)本職の声優さんですから、挑戦キャラ以外が「正統」、挑戦キャラが「異端」となるため、違和感や嫌悪感が生まれるのです。

    ②「台本」の存在
     キャラクターである以上「台本」が存在し、キャラクターの「台詞」が存在します。それはどの作品でも一緒ですし、どんな声優さんでも台本や台詞がなければ演技は難しいでしょう。問題となるのは、台本の存在を視聴者に感じさせないような演技、なのです。

     キャラという存在はその世界に「生きている」扱いを受けます。他者と関わり、思考し、感情を持って行動する。その様子を見ることが「作品を享受する」ということだと僕は考えています。
     言うなれば作者が作った箱庭を様々な視点から観察、鑑賞しているようなものなのです。もちろん作者の作った世界なのですから、作者の意図は多分に含まれていますし、キャラも作者によって動かされている存在です。しかし物語作品とはその意図や人工物であることを視聴者が「感じないようにする」というのが前提となっているのです。だから人は非実在である物語のキャラに感情移入し、非現実な話に感動するのです。

     これは「演技」にも言えることです。声優さんの演技に対して「キャラに命を吹き込む仕事」という表現をすることがありますが、それはまさしく「キャラという非存在を存在として認識させる」ための重要なファクターであるということを表しているのではないでしょうか。
    キャラクターが人間の声を持つこと、それはつまりより「人間らしさ」「生命感」を視聴者が感じられるようになることなのです。だからこそ、「演技」によって視聴者の感覚や感情は大きく揺れ動くのです。
     さて、ここで挑戦キャラの問題に戻ります。
     挑戦キャラを演じる方の殆どが舞台や朗読劇といった「自分以外の存在になる」という行為をしたことの少ない方です。自分以外の存在を自分が演じるというのは非常に難しく、他者の思考を十二分に理解し、再現するというプロセスを経なくてはなりません。それが視聴者にとって違和感なくなされていなければ、視聴者は演技の中に「台本」を感じ取ってしまいます。台本は現実世界に生きる人々の日常の中では存在しないものです。その異物は作品世界にもあってはならないものですから、その存在を示唆する挑戦キャラはやはり「異端」となってしまうのです。
     これは「棒読み」と言われることでもあるのですが、無理に感情的な演技をしても嘘くさく感じるのもこの「台本」の存在感によるものだと思います。これらは技術的な問題であり、本人の性質的な問題ではないのです。言ってしまえば場数の問題、訓練の問題なのです。
     

     以上の2つが、僕の思う挑戦キャラ、「声優に挑戦」への違和感と嫌悪の正体です。時折違和感を感じない演技をされる方がいらっしゃるのは、この2つが解消されている、もしくは限りなく小さな差異に収まっているからだと思います。そういう方々は大抵が舞台役者だったり、キャラクターや声優という職業に対する敬意を表明していたりします。お笑い芸人の方が演技がうまいのも、発声や感情の出し方を訓練し、コントや漫才という形で常に演技をしているからだと思います。
     
     最後になりますが、この文章は「声優に挑戦」に対する反対表明ではありません。声優の大御所は「いわゆる一般芸能の方が声優をすることは、声優に対しても新しい風を吹かせてくれる」とおっしゃっていましたし、それによって挑戦する方と作品の両方のファン層が広がるのはとても良いことだと思います。しかしその目論見だけで本来大事にされるべき作品世界に異物が持ち込まれるようなことがないようにすることが重要だと思います。



     …という一般人の戯言でした。

    Konose
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