思い出した話。
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思い出した話。

2018-08-17 01:15
    昨年末に撮った企画の編集が遅々として進まない。
    秋になる前に投稿しようと考えていたのだが、なかなか難しい。
    というわけで、投稿は当分先になりそうです。


    今回は僕が投稿している動画に動画には関係ない話をしたい。

    仕事柄、文学的な文章に携わることが多い。
    そのこともあってか、ある日、仕事場で会社の宣伝用の文章を考えている時にふと思い出したことがある。
    中学時代のことだ。

    よく、ワークや資料集にはコラムが載っている。文系の科目だと特にそうだろう。
    当時の僕はそういったコラムが好きで、楽しんで読んでいた。
    確か中学2年の時だったと思う。いつも通りに、何気なく読んでいたコラムの中で、1つの詩が紹介されていた。こんな詩だった。

    「電車に乗っている女性が、お年寄りに席を譲った。そのお年寄りが電車を降りると、別のお年寄りが彼女の元に押し出されて、また席を譲った…」

    なぜかは分からないが、これがとても印象に残った。使っている言葉は、「詩臭い」特別なものではなく、日常的に使う言葉だった。だから、情景がすぐに思い浮かぶ。授業で扱った詩よりも、インパクトが強かった。
    作者の名前もすぐ覚えた。吉野弘という人だった。

    僕は仕事の合間に、その詩を探った。
    作者名を検索するだけでその詩を見つけることができた。便利な世の中になったものだ。
    吉野弘の詩で、「夕焼け」というタイトルだった。
    以下引用。



    いつものことだが

    電車は満員だった。

    そして

    いつものことだが

    若者と娘が腰をおろし

    としよりが立っていた。

    うつむいていた娘が立って

    としよりに席をゆずった。

    そそくさととしよりが坐った。

    礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。

    娘は坐った。

    別のとしよりが娘の前に

    横あいから押されてきた。

    娘はうつむいた。

    しかし

    又立って

    席を

    そのとしよりにゆずった。

    としよりは次の駅で礼を言って降りた。

    娘は坐った。

    二度あることは と言う通り

    別のとしよりが娘の前に

    押し出された。

    可哀想に。

    娘はうつむいて

    そして今度は席を立たなかった。

    次の駅も

    次の駅も

    下唇をギュッと噛んで

    身体をこわばらせて---。

    僕は電車を降りた。

    固くなってうつむいて

    娘はどこまで行ったろう。

    やさしい心の持主は

    いつでもどこでも

    われにもあらず受難者となる。

    何故って

    やさしい心の持主は

    他人のつらさを自分のつらさのように

    感じるから。

    やさしい心に責められながら

    娘はどこまでゆけるだろう。

    下唇を噛んで

    つらい気持ちで

    美しい夕焼けも見ないで。

    詩集<幻・方法>より



    中学校を卒業して大分経つが、読むとすぐ情景が浮かんでくる。
    そしてその情景に対して、あの時の僕は驚きの感情が強く残ったが、
    今読み返すと、僕は娘と作者の「やさしさ」に対して、想いを馳せていた。


    吉野弘の詩はこのほかにも名作がある。有名どころは結婚式のスピーチなんかでも引用される「祝婚歌」だろう。

    この人の詩は、心に響く。
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