太陽を追っていた──
──ボクにとっての太陽を。
キミを知ったのが何時だったのか、ボクはもう覚えていない。
そんな考えが浮かんだ頃には、キミはもうボクにとって当たり前の存在になっていた。
居ないことがおかしい、居るのがあたりまえ、という感覚はおそらく誰にとっても理解できるものだと思う。
それが存在しない日常など、ありえない。
そういった感覚に浸っていたボクにとって、そうでなくなるというのは受け入れがたいことだった
何気なく語るキミの事に、キミの名前に、いつものように星一つと通知音。
何を気に入ったのかもわからない。
あるいは別の理由かもしれないけれど、キミは欠かさず星を穿つ。
気づいた時には日常〈いつも〉の事になっていて、それを気に留めることもせず、それに理由があると考えすらしなかった。
刻まれた星は、君を中心に散ってゆく。
キミを知る人達の時の流れに散らばるそれは、一体どこまで巡ってゆくのか。
ボクにとっての日常のように、それがキミにとっての日常なのだろう。
そう、思っていた。
* * *
「つまり、死の概念には二通りの解釈があると考えられる。一つは生者の死。もう一つは忘却と──」
つまらない講義の合間に、手元の端末から時の流れを追い続ける。
めまぐるしく流れていく言葉の中に、キミのことが一つ、それを追うように星が一つ。
そして星がキミを中心に散るまでがキミを見るボクの日常。
ボクが知るキミの日常だった。
いつもと変わることなく繰り返される事の中に、それは混じっていた。
言葉と共に添えられた自撮り写真の片隅、白い服の袖から覗く、ほんの僅かな違和感。
講義なんて聞こえない。
耳から入る雑音の処理をボクの脳は放棄した。
拡大された写真、それでも足りず顔を近づける。
荒くなった画素の向こうに、微かに映る赤と黒。
それが傷跡だと理解して、血の赤色だと理解して、巷で話題になっている病のことを思い出した。
赤黒い斑の呼ぶ結末を。
それは──あとどれぐらいでキミを蝕み終えるのか。
それにずっと気を取られて、気づけば講義は終わっていた。
時の流れだけが過ぎ去った時間を淡々と刻んでいる。
無常にも、時の流れがキミを押し流してゆくかのように。
キミのつぶやきはもう、遥か彼方のものとなっていた。
ふと浮かぶ思考。
行動するには目的があり、目的があるから行動するという人間の普遍のロジック。
であるのなら──
キミが星を刻む理由、消えない記録を作る理由は、つまりそういうことなのか……?
それは、キミの生存を証明するためのものだから?
* * *
──十四
キミの行動は変わらない。
──十三
増え続けるキミの星。
──十二
──十一
それが声なき叫びなのか。
──十
──九
──八
絶望から逃れる術なのか。
──七
あるいは麻痺した日常なのか。
──六
生きるための行為なのか。
──五
ボクたちの流す言葉に──
──四
星を──
──三
証を──
──ニ
世界〈デジタル〉が継続する限り残る証を──
──一
刻み、拡散し──そして。
* * *
キミの習性が途絶えた日。
キミの終生が途絶えた日。
消えゆくキミの存在を、キミの存在が当然であったボクが受け入れられる訳がない。
どうすればいい?
どうなればいい?
どうあればいい?
ボクの思考は今までの生で得たすべての知識と記録を検索し、そうして一つの可能性へと帰結した。
──死の概念というものは二通り解釈が──
そうだ──
生命の停止がひとつの死であるのと同じように、記憶と記録の消滅がひとつの死の概念であるのなら──
キミを継続しよう。
ボクはキミを知っている、ボクが知っているキミを知っている、キミの習性を知っている、キミの記録を知っている。
記録の中に、もう一人のキミが居る。
キミが連ねた星の中に、もう一人のキミが居る。
キミの存在を継承するべく。
キミの記録を続行しよう。
キミを存続させるべく。
キミを持続させるため。
キミを踏襲し続投し、維持し継続しつづけよう。
ボクはキミを続けよう。
キミが終わるなんて──認めない。
ボクがキミを継続する限り、ここにもう一人のキミが居る。
* * *
キミを呼ぶ声に星を穿ち、それを拡散しよう。
継続された習性は、変わることなく続行される。
キミと同じ事をしよう、キミが記録してきたことを、ボクが同じく記録しつづけよう。
ここで生きていたという記録を残そう。
ここで生きていたという記憶を残そう。
積み上げられていくのはただの痕跡で、そんなことはわかっていてもなお止まらない、止まれない。
継続する以外の方法などありはしないのだから──。
そうしなければ、キミが失われてしまう。
それをいくら続けても──
内なる声に耳をふさぎ、望み続けて、すがり続けて、ボクは"キミ"を続ける。
* * *
キミを継続し続けたボクに訪れた──赤黒い斑のそれ。
キミを継承したためのものだったかもしれない。
あるいはそれは咎なのか。
あるいはそれは運命〈サダメ〉なのか。
腕に現れたそれに爪を立て──掻き毟る。
──同じように?
赤が溢れる。
──同じように。
キミと同じ病に至る。
キミと同じ結末に至る。
キミに──至る。
──十四
ボクの行動は変わらない。
──十三
増え続ける記録の星々。
──十二
──十一
それはボクの意思だから。
──十
──九
──八
残された唯一の望み。
──七
ボクとキミをつなぐ日常。
──六
キミに至るための行為だから。
──五
流れてくる言葉に──
──四
星を──
──三
証を──
──ニ
世界〈デジタル〉が継続する限り残るキミを──
──一
穿ち、拡散し──そして。
薄れていく意識の中で、赤く滲んでゆく視界。
キミの世界も最後はこんなだったのかい?
刹那、流れてゆく言葉と共に聞こえてきた、耳に焼き付いた愛しい音。
通知欄に現れた、あの日と変わらぬキミの姿。
何事もなかったかのように刻まれる星。
拡散されてゆく言葉。
君はいったい誰なんだ──
──ボクは一体何をした?
その答えに浮かぶ疑問は、瞬く間にボクの思考を塗りつぶした。
ねぇ、ボクが追ったキミは──
本当に、太陽だったのかい?
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こちらの作品は親方Pさん作の「サエズリ双月譚」を元にした小説となります。
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