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死刑判決がおりて思うこと~相模原連続殺傷事件~
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死刑判決がおりて思うこと~相模原連続殺傷事件~

2020-03-16 18:14
    今日横浜地裁で、2016年7月相模原市の津久井やまゆり園で利用者19人を殺害し、26人を負傷させた、植松聖被告に求刑通り死刑が言い渡された。

     当然の結果なのは言うまでもないが、果たして死刑だけで被害者遺族、被害者、関係者はこれだけで良かったと思うのだろうか。

     植松被告が起こした行為で、関係者の方々は悲しみや施設の建て替えにかかった損害、トラウマに苦しむ被害者の方々の苦しみは、植松被告の死をもって償えるものではないからだ。
     それは地元の人たちも同様で、閑静な住宅街だった千木良地区を混乱に陥れられた。押し寄せる救急車、大挙するマスコミとそのヘリコプターの騒音、その影響で止まった路線バスによって不便な思いをした住民もいる。1人が起こした事件でこれだけの迷惑や影響を及ぼしたのは今までの殺害事件では記憶にない。

     今回も争点は被告の責任能力の有無だった。
    検察側は用意周到に準備して事件を起こしていることから責任能力はあるとし、弁護側は大麻
    による影響や人格障害により心身喪失で責任能力はないという主張した。これは検察側はともかく、弁護側は責任能力はあると理解していながらも、こういう主張でしか争えないのだ。
     公判中、植松被告を鑑定した精神科医が大麻中毒や人格障害はあったとしながらも、大麻が事件に及ぼした影響は小さかったと証言した。
     
     私はいつも思うことだが、弁護側は違う主張でもしくは深く掘り下げて争えないのかという点だ。光市母子殺害事件や私立池田小学校連続殺傷事件なども心身喪失もしくは心身耗弱だったと主張している。
     今回に当てはめれば、植松被告は何故大麻を使用するに至ったか、何故人格障害に陥ったかという過程が明確になっていない。ただ心身喪失だったというお決まりのパターンで争っている。

     あともう一つの問題は、日本の司法が判例主義であることだ。
    死刑の基準になっているのは「永山基準」と呼ばれるものだ。
    「永山基準」とは永山則夫が起こした連続殺傷事件の判決を基準としているものである。
    「永山基準」には9つの要件がある。
    1.事件の性質
    2.犯行の動機
    3.前科の有無
    4.犯行の態様、残虐性
    5.結果の重大性、被害者数
    6.被害者や遺族の感情
    7.社会的影響
    8.犯行後の情状
    9.被告の年齢
    といわれている。その中でも問題なのは被害者数で死刑か無期もしくは有期刑に振り分けている点である。


     最近では野田市女児虐待死事件など、残虐性から考えたら死刑に値するものも、被害者が1人のため、重くても無期懲役になるかどうかにしかならない。これが判例主義の欠点である。

     今の時代、事件も多様化している中、古い判例主義にとらわれるのは時代錯誤ではないだろうか。司法のあり方にも多様化が求められている。
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