【雑感】なりたい人たち、やらない人たち
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【雑感】なりたい人たち、やらない人たち

2013-06-14 22:15

    ハイサイ、コワレミクです。

    今回はここ最近Twitterで見かける「何故、どうして」と思ってることを徒然なるままに、硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き付けていこうと思います。

    需要を求める人たち

    制作界隈のTwitterに触れていると、こんな言葉を見ることがあります。

    「〜〜って需要ありますか?」

    〜〜には大体、「自分がする、またはしたい」行動が入ります。例を挙げると

    • 僕の作業生って需要ありますか?
    • 私の歌みたって需要ありますか?

    といったものです。要は「見てみたーい♡」「聴いてみたーい♡」と云われたいがための茶番なやりとりを求めている構図なのですが、はっきり言って需要はまずありません。

    考察してみる

    何故このような茶番をやってしまうのか。「もし人が来なかったら嫌だなぁ」「投稿してみて再生が伸びなかったら嫌だなぁ」といった自信のなさの表れのような気がしないでもないですが、引退宣言にも似た行動原理、気軽に自己顕示欲を満たしてくれる一種の瞬発的行動なのではないかと考えます。

    自分の中では行動は決まっていて、最後の踏み出す背中を押して欲しい…というよりは、心地良い注目を浴びつつ颯爽と作業生なり歌ってみたなりを行いたい、という感じでしょうか。尤も「見てみたーい♡」「聴いてみたーい♡」と云われて行動に移したものの、リアクションが思いの外(ほか)薄かったりすると逆にダメージが大きい諸刃の剣素人にはお勧めできない。

    ちなみにそういうツイートを見かける度に「いえ、需要はありませんから結構です。ローカルでどうぞ」というリプライを書いては消し、書いては消しを繰り返しています。

    やりたければやれば良い

    こういう人達は「衆目を集めたいけれど、そこまで自分に自信はない」というタイプが多いのではないでしょうか。

    残念ですが、大体の人は余人に興味ありません。Twitterはフォローという機能のおかげで勘違いしやすいですが、情報収集がメインの人もいれば、ちょっと気になる程度でフォローする人もいます。スーパースターのフォロワーのように一挙手一投足を見たいわけではないのです。少なくとも僕はそう思っています。

    自分がしたいのであればやれば良い。一昔前と違い、音楽でも映像でも生放送でもやろうと思えばなんでも出来る時代です。「男は度胸!なんでもやってみるもんさ」と自分のケツに小便をさせた男前も言ってましたし、ひとつその名言に則ってバシィーッ!と決めてみてはいかがでしょうか。

    辛い現実

    自分がよほど有名な場合を除き、需要はないでしょうし、興味も持たれません。返答は義理ですし、聞くだけ無駄と考えたほうが宜しい。そう考えれば現実と理想のギャップに悩まされることもなく、制作に専念できるはずです。

    茶番やヌルヌルとした馴れ合いを求めるのであれば大いにやれば良いと思いますが、冷ややかな目で見られていることを自覚したほうが良いでしょう。

    やりたければやれば良い。やってみて「楽しかったです」と引っかかってきた人には需要はあるのですから、お義理の人達より100%有意義であるはずです。そこからファナティックなパーソンをゲット出来るかはユーのパワー次第。頑張りましょう!

    それは本当にやりたいことなのか

    本当にやりたいのであれば「すでにやっている」というのが正しいと思っています。ダン!ダン!ダン!
    とりあえずダメでもやってみる。機材がなければ手持ちの環境でなんとかする。

    色々理由をつけてやらない人がいます。やりたいけど時間がない。やりたいけど知識がない。やりたいけどお金がない。やりたいけど機材がない。やりたいけど。やりたいけど。やりたいけど…(思いつく理由の限り続く)

    主にワナビーに多い発言です。既にやってる人が言うとまた意味合いが違ってきますが、今からやろうかな、どうしようかな、と思っている人がこの発言をする場合、まずやらないことが大半です。

    しかしながらこれは普通のことで、中学生時代に「バンドやりてぇなぁ」と言いつつエアギターを掻き鳴らし、音楽をやりたいというよりはバンドマンに憧れていた同級生が居たと思いますが、それと全く同じタイプと思っていいでしょう。
    いわば放課後の教室からソーシャルな場所へ舞台が移っただけの話。とても面倒くさく、邪魔臭いタイプのポケモンです。

    彼らは自ら何かを創作することではなく、創作する側に立ちたいだけという点で共通しています。創作物はメインではありません。

    始める理由はそれぞれで良いと思うのですが、良く引き合いに出されるのが「あのギタリストだって女の子にモテたくてギターを始めた」といったエピソードです。ですが、引き合いに出される彼らは女の子と同等、それ以上に音楽が好きであったために結果が出ているのではないでしょうか。

    考えてもみてください。スケベしたいがために一日の大半を楽器に費やすという、非常にコストパフォーマンスの悪い行動を選択した愛すべきバカの見本です。一人でも多く声を掛けたほうがスケベできる率はグッと上がるのですが、ワナビーはそこを無視しがち。不思議な話です。

    さいごに

    本当に自分の趣味が好きな人は「気づいたら創る側になっていた」という人が大体だと思うのです。かく言う僕もそうです。
    そして、そういう人は(どんな理由であれ)新規参入者という存在はとても嬉しいもの。僕が末席を汚しているMMD界隈は相互幇助という精神が根づいているのですが、そういった「新しい仲間だ!嬉しいなぁ!」という気持ちが助けあう理由の一つにもなっているのではないかな、と思っています。

    制作者に憧れるのも良いでしょう。やりたいな、という気持ち、情熱はとても素敵なことだと思います。ですが「やりたいな」を「やろう!」という気持に切り替え、第一歩を踏み出せばきっと、自分が憧れていた世界よりもっと楽しい世界が目の前に広がると思うのです。
    創作は楽しい。時間を忘れるほどに。苦しいこともありますが、とりあえず手を動かしてみてはいかがでしょうか。

    第一歩を踏み出すキミに、祝福あれ。コワレミクは、頑張るあなたを応援しています。

    • 画像1:ゴノレゴ。ポエ山先生のオリジナルキャラクター。さくらたんのエロ画像キボンヌ。
    • 画像2:プロシュートの兄貴。思った時には既に行動を終えている人の見本。
    • 画像3:炎尾 燃先生。僕の心の師匠です。
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