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こんにちは、クマムシ博士の堀川大樹です。
2001年からクマムシの研究をしています。日本で博士号を取った後はNASAに移り、現在はフランスのパリ第5大学で研究をしています。
クマムシは顕微鏡でやっと見えるような小さな動物で、乾燥や放射線、はたまた宇宙空間でも生存できるようなタフガイです。そんなへんないきものを日々いじり倒す生活を送っています。
このメルマガでは、主に生命科学の最新の研究成果などを面白おかしく紹介したり、ブログなどには書きにくいやや過激なエッセイを書いています。各界の著名人との対談もあります。だいたい、週に1〜2通くらいのペースでお届けしています。
楽しみながら科学リテラシーも身に付くむしマガをどうぞお楽しみください。
★むしコラム「悪魔を召還し、嫌がる相手と無理矢理交尾するオス」
「彼氏が遊び人で、浮気ばかりして困る」
こんな話は教室でも職場でもワイドショーでもよく聞く話だ。最近では、某球団の某若大将が20年前にしていた不倫が発覚し、話題になった。
一方で、世の中には器量が良いのに彼氏のいない女性が多くいる。彼女らはモテないわけではなく、パートナーを選り好みするために付き合う人がいない場合がほとんどと思われる。要するに、理想が高いのだろう。
浮気性の男と、選り好みする女。
これは、性の進化の結果として生まれた、宿命的な性質だ(注:今回の話は実際にヒトに当てはまるかは議論があるが、ここでは話をわかりやすくするため、そういうことにしておく)。
この男女の違いは、何が原因だろうか。その違いはずばり、生殖能力に関わる違いである。
生物の生きる目的。それは、自分の遺伝子のコピーを増やすことである。
オスは無数の精子を作れることができる。そんな男にとっては、できるだけ多くのメスと交尾して多くの子孫、つまり多数の遺伝子コピーを残す戦略がベストだ。
その一方で、メスが作れる卵子の数は、オスが作る精子の数に比べてずっと少ない。言いかえれば、精子は作るコストが小さく、卵子はコストが大きい。
メスは、産める子どもの数が限られているので、できるだけクオリティの高い優秀な子どもを残すような戦略をとる。すなわち、優秀なオスの精子を受け入れる必要があるのだ。ここでいう優秀とは、生存能力と繁殖能力に長けている、という意味である。
オスにとっては質より数、メスにとっては数よりも質が大事ということである。このような戦略の違いが原因で、男と女はいつも利害が対立しているのだ。
その顕著な例を、アメンボに見ることができる。
交尾中のアメンボ
アメンボのオスは、メスに交尾をせまるとき、求愛の儀式も何もせず、いきなり上に乗っかる。これはもう、ほとんどレイプである。
オスは、なるべく強くメスにしがみつけるように、触覚が変形している。この触覚を、メスの眼に引っ掛けるのだ。ネジにスパナをかみ合せるように。このようにして、しっかりとメスにしがみつく。
メスのアメンボも黙っていない。オスの触覚のフックから逃れやすいような眼の形に変化させたりするのだ。まさに、進化の過程で、オスとメスによるオフェンスとディフェンスの応酬が繰り広げられているのである。
そしてメスは、最終奥義ともいえる、強力なディフェンスシステムを発達させた。生殖器の入口に強固なシールドを作ったのだ。このシールドは可動式で、生殖器の入口を自由自在に塞いだり露出することができる。
オスがいくら無理矢理レイプしようとしても、このシールドが生殖器の入口をガードしている限りは、オスは自分の生殖器を挿入することはできない。
メスのシールドの前に、なす術の無いオス。これで、メスの完全勝利に終わった...かに見えた。
ところが、ああ、なんてことだろうか。オスは核ミサイルのスイッチを押すかのごとく、禁断の手段を使うことにしたのだ。それは、メスと無理矢理交尾するために、世にも恐ろしい悪魔を召還することだった。
この悪魔とは、アメンボにとっての天敵、どう猛な肉食昆虫のマツモムシだ。
あろうことか、オスのアメンボは、メスの上にしがみつくと脚で水面を叩いてマツモムシをおびき寄せる。俺たちはここだ、おまえの餌は、ここにいるんだぞ、とアピールするのだ。マツモムシに気づかれれば、メスも命の保証はない。
「もしあなたがえん罪で捕まって、死刑判決になったとするよね?でも、大っ嫌いな相手の男と肉体関係を持てば釈放されるという条件があったら、どうする?」
このような究極の選択を迫られたとき、多くの女性は死を免れる方、つまり、嫌いな男と肉体関係を持つ選択をするだろう。それは、アメンボのメスも同じだ。嫌なオスとは交尾をしたくない。しかし、マツモムシに殺されてしまっては、元も子もないのだ。
このようにして究極の選択を迫られたメスは、生殖器のシールドを解除して、オスを受け入れる。メスと交尾することに成功したオスは、水面を叩くのをやめる。
水面を叩いて天敵を呼び寄せたら、オス自身も危険にさらされるように思うが、研究者による実験結果から、マツモムシに攻撃されるのは、いつもメスであることがわかっている。メスは常に水面の下側に位置しているため、水面の下から接近するマツモムシの犠牲になるのはほとんどの場合、メスなのだ。メスの上に乗っているオスに危害が加わることは、あまりない。
オスアメンボが手にした、この恐ろしい戦略。この禁じ手に対抗する手段を、メスアメンボは獲得できるのだろうか。男女間の戦争は、常に泥沼状態だ。平和的解決が訪れる日は、永久に来ないかもしれない。
【参考文献】
Han and Jablonski (2010) Male water striders attract predators to intimidate females into copulation. Nat. Commun. 1: 52.
★Q&A
読者からの様々な質問に堀川がお答えします。
─「研究者のキャリアについて」
◆ 質問:
はじめまして。東大でバイオテクノロジーか航空宇宙学を研究して、ビジネスにしたいと考える受験生です。
むしマガ面白いです!研究のリアルなことはなかなか知り得ないので毎回参考になります。日本の大学の研究者のキャリアとか、現実を高校や予備校では教えてくれませんからね。理系の学生は大学の後、企業に就職するか院で研究者になるかだと思いますが、研究者は何をすれば成功なのか?給料や待遇は?どういったヒエラルキーなのか?といったことがわからなくて不安でした。
そういったことをコンテンツにしてくれるとありがたいです。質疑応答とかです。そして、もっと長めに書いて欲しいです。もっと読みたいです!
これからも応援しています。
◇ 回答:
質問者さんは受験生ということですので、まだ高校生くらいですね。大学に入る前にむしマガを購読して質問をしてくるだけでも、将来かなりの有望株である証ですから、自信をもってください。
おっしゃるように、高校や予備校では大学卒業後の理系学生のキャリアについて、具体的なことはあまり伝えません。これは、高校教師や予備校講師は生徒を大学に入れるのが主目的であり、大学卒業後の事を意識する必要がないからです。実際に、高校生の方からもそういったキャリアについて質問することもあまり無いでしょうし。
それとは別に、とくに高校の教師は理系科目を教えていても教育学部出身の方も多いために、そもそも理系の世界についてはまったく知らないということもあります。ということで、このようなメルマガが価値をもってくるわけです。
それでは、順にご質問にお答えします。まず、研究者は何をすれば成功なのか?という質問ですが、これは個々人の価値観によって大きく変わってきます。一般的に研究者がもっている欲望の項目を以下に挙げます。
1. 新発見、大発見をしたい
2. 名声を得て他人から注目・尊敬されたい
3. 「教授」になりたい
4. 趣味として研究をしたい
5. お金持ちになりたい
6. 真理を探究したい
7. 学生や弟子を育てたい
8. 自分の発見などで世の中を変えたい
だいたいこんなものでしょうか。研究者のタイプによってどの項目に重きを置くか異なりますが、どの研究者も複数の欲望をもっているのではないでしょうか。
ちなみに僕の場合は優先順位の高い方から1、8、4、6、2ですね。それ以外の項目はあまり大きな欲望ではありません。お金もほしいですが、お金持ちになったら間違いなく研究のために使うのでお金が目的で研究しているわけではないです。そもそも、お金になる研究ならクマムシではなく他の分野の方が向いていますし・・・。
これらの欲望の優先順位はキャリアとともに変化することもあります。教授になる目的を達成した研究者は、学部長や学会長などのポジションに就くために政治的活動を頑張るようになったりします。もちろん、最初からずっと、ひたすら真理の探究を目的として頑張っている研究者もいます。
次に、大学院に行くか企業に就職するか、という選択の話ですが、これも一般論としてお話します。まず、大学院に進んだ場合は当然ながら給料が出ません。さらに授業料を払うことになるので、就職した場合に比べると経済的に大きなマイナスになります。
ちなみに大学院生でもティーチングアシスタントというお手伝いさんをするとお金がもらえますが、微々たるものです。博士課程の学生は学術振興会特別研究員になれば月に20万円ほど手当が出ますが、これを取得するのも簡単ではありません。
修士課程を卒業してから就職するのはそんなに難しくないので、このタイミングで就職すれば経済的損失は大きくありません。ただし、博士課程まで進んだ場合、博士課程修了後に民間企業の就職口が限られてきます。アカデミアの研究者の道を進むとなると、1~3年間の任期つきのポスドクとよばれる研究者になります。
ポスドクは、大学や研究所の終身のポジション(助教や准教授など)に就くことを目指します。しかし、これが非常に厳しい。終身のポジションに就くためには、インパクトのある論文をたくさん書いて発表しなければならないからです。
ひとつのポジションに対して、多い時では100人ほどの応募者があり、この中で一番の業績(=論文の質と数など)が選ばれます。もちろん、コネや研究内容のマッチングも採用に影響します。いずれにしても、難関大学の合格に比べると圧倒的に難しいことがお分かりいただけると思います。
ポスドクを繰り返していると当然ながら年齢が増えていきます。そして、高齢になったポスドクはさらに職を得るのが難しくなります。高齢の人は敬遠されるのです。
給与などの待遇ですが、ポスドクだとだいたい月収30万~45万くらいでしょうか。これが同じ年でも助教や准教授になると場所によりまちまちですがポスドクよりはよくなります。しかし、製薬会社などで働く研究者は給料はさらに上がります。もちろん、企業では研究テーマの自由度は落ちます。
質問者さんは科学ビジネスに興味があるということですが、起業に興味があるようであれば若いうちからアメリカに行くとよいです。バイオベンチャーや宇宙ベンチャーは日本の比では無いくらいに数も多いし規模も大きいです。僕はシリコンバレーに住んでいましたが、普通にそういうことをしている人たちと知り合いになりました。大学院生でも給料をもらえるところも多いですからね。
まだ何か聞き足りない部分があれば、また聞いてくださいね。
※ご質問やご意見、リクエストなどありましたらhorikawadd@gmail.comまでお気軽にどうぞ。
【八谷和彦インタビュー (第7回)】
八谷和彦(はちや・かずひこ)
メディア・アーティスト
☆プロフィール☆
1966年4月18日(発明の日)生まれの発明系アーティスト。
九州芸術工科大学(現九州大学芸術工学部)卒業。コンサルティング会社勤務後(株)PetWORKs を設立。現在にいたる。
作品に《視聴覚交換マシン》や《ポストペット》などのコミュニケーション・ツールや、ジェットエンジン付きスケートボード《エアボード》やパーソナルフライトシステム《オープンスカイ》などがあり、作品は機能をもった装置であることが多い。また、311震災以後は「ガイガーカウンターミーティング」などサイエンス・コミュニケーション系の活動もちらほら。
2010年10月より東京藝術大学 先端芸術表現科 准教授。
☆個展「OpenSky 3.0ー欲しかった飛行機、作ってみたー」開催中
http://hachiya.3331.jp/
Twitter: http://twitter.com/hachiya
─────────
第7回「これからは複数の仕事を持とう」
八→八谷
堀→堀川
堀: ところでこういうなつのロケット団のような活動をすると、日本でも宇宙開発が身近になっていって、それに触発される人も出てくると思うんですが。「なつのロケット団に入れてください」という人が出てきたりとかは、ないんですか。
八: そういう人はたまにいますけど、人材を見つけるのはなかなか大変で。経歴書とかを見ても、なかなか合う人はいなくて。結局、エンジニアがほしいんですよね。今の段階は。セールスとかの人はあまり必要でなくて。それから、JAXAでも三菱重工でも、大きい組織だとロケット開発に部分的にしか関われないから、全体を見れる人がなかなかいないというのがあって。
堀: ああ、確かにそうですね。NASAもそうだし。僕もNASAにいましたけど、ロケット開発はさっぱりで。まあ、専門が生物学なので当たり前ですけど(笑)。
八: ええ。それだったら、中途よりは新卒の人を入れていった方がいいんじゃないか、となりつつあります。それでこの前、堀江さんが直接口説いて、一人入りましたけどね(笑)。その人はNikonに就職が決まっていて、入社式の2日前に僕らのロケット打ち上げを見に来ていたんですけど、まあ、その時はロケットが爆発して大失敗したわけなんですが。でも、堀江さんのいいところは転んでもただでは起きないところで(笑)。失敗の後、急にその子を口説き始めて。
堀: 面白いですね。その方をスカウトした一番の要因というのは、何ですか。
八: 僕の分析ですが、打ち上げの現場に、ちゃんと自費で来たところですかね。
堀: やっぱり、熱意が大事ということですね。
八: やっぱり熱意が一番大事ですね。その人が打ち上げの見学に来たのは、その時ですでに2回目か3回目だったんですね。3月初旬に来た時にはロケットが打ち上がらなかったので、今回もう一度来て。多分、サラリーマンになる前の学生時代の最後の想い出くらいに思っていたと思うんですが。でも、堀江さんから「Nikonに行く理由って何?今カメラメーカーに就職して将来何か面白いことあるの?」みたいなことを言い始めて。僕はニヤニヤしながら横で見ていたんですけど(笑)。結局、彼は入社式で人事の人に謝り倒して入社を断って。最後には人事の人に納得してもらったらしいです。
堀: あははは。
八: 多分、人事の方も「堀江さんだからしょうがない」と思ったんじゃないですか。
堀: いや、面白いですね。八谷さんの生き方もそういうところがあるというか。たぶん、大半の人というのはメインのレールから外れることが嫌いだと思うんですよね。Twitterでクマムシさんは人生相談をやるんですが、就職活動をしている学生さんから多くの質問が来るんですよ。「もうだめだ」、「面接が怖い」、「全然決まらなくて死にたい」とか。すごく多いんですよ。
八: えーそうなんだ。シリアスですね。
堀: ええ。でも、生きていく上で就職するだけがすべてじゃないと思うんですよ。他にも色々とやり方があると思うんですよ。ただ、我慢して皆と同じことをしなくてはいけないという同調圧力を無意識に感じているのだろうな、と。八谷さんは、端から見ると、他の人がやらないようなことで、かつ好きなことをやりながら楽しく生きているように見えるんですが。で、若い人たちに向けて、こうしたらいいんじゃないかというメッセージが何かあればいただければ、と。
八: まず、そのへこむ人の気持ちもわかるというか。やっぱりエントリーシートを出して面接まで行ったけど落ちましたとか、そういうのを何回も繰り返すと当然へこむと思うんですよ、普通の人は。自分は必要とされていないと思っちゃったり。でもそうじゃなくて、会社には採用人数の枠があるし、会社の業績は振れるから、景気が悪くなると採用枠を絞ってしまったりするわけですよね。まあ、お見合いみたいなものなので、あまり過剰にへこまないようにしましょうね、と。
堀: はい。
八: それと、就職したいという気持ちもある程度は分かるし。大学を出て起業してすぐに仕事が来るかというと、そういうこともなかなかないですしね。というわけで、妥協案っぽいですが、社会人として働いたことのない人が小さい企業に行くのも勇気がいると思うんですけど、小さくても面白い会社は実際いくつもあったりするので、そういうところを狙ってみるのはどうでしょう?というのはありますね。
堀: ええ。
八: 今は時代の変化も大きいので、仮に大きい会社に就職しても、そこが10年後、20年後にどうなっているかは全く分からないので、落ちたら落ちたでそれは大変だけども、そこはプラスに考えればいいと思います。
堀: そうですね。
八: たとえば僕らの世代だと、一番人気の就職先はソニーやパナソニックなどの大手家電メーカーだったり銀行だったりマスコミや出版社だったんですけど、それが今どうなっているかというと、皆さんご存知の通り、結構ヤバいことになっていたりするわけですよね。学生の頃ってそこまで視野が広くないので、テレビでCMを見るとか、名前をよく聞くとか、親が安心するとかで判断すると思うんだけど、そういう会社に入ったとしても将来どうなるか分からないので。小さい会社に入った方がいいことがあるかもしれないし。入った後にそこの会社で一生懸命やればいいんじゃないかという気がします。
堀: なるほど。ところで、八谷さんはこれから何を目指していかれるのでしょうか。
八: 現状は手を広げすぎている部分がありまして(笑)。ニコニコ学会もそうですし、なつのロケット団もそうなんですけど。この二つはまったくお金にならなくて支出ばかりで。打ち上げ実験のために北海道に行く旅費も車代も滞在費も全部自費と、なつのロケット団の活動はお金が出ていくばかりですし、ニコニコ学会も別に金銭的なプラスはないんですけど、でもこの二つは割と大事だと思っています。あと、アートの活動も実際にはあまりお金にはならないですね。
堀: ええ。
八: でも、仕事は4つから6つくらいやるのが僕には適性と思っていて。ちゃんとお金になる仕事3つと、お金にならない仕事3つくらいまでは許容範囲なので、その中で楽しんでやろう、と。それは学生さんにには言いたいですね。将来的には、仕事を複数持った方がいいですよ、と。
堀: ふむふむ。
八: 収入面で複数の仕事を持ちつつ、あとは普通のボランティアでもいいと思うんですけど、自分がちゃんと熱意を持って取り組める仕事的なワークをするといいと思います。ジョブじゃなくてワーク。そういう自分が創意工夫していける仕事を複数持つというのは、自分の将来のために大事な気がします。で、僕のロケット開発やニコニコ学会の活動も、別にお金が出ていくばかりだけじゃなくて、お金じゃない対価を僕はもらっていると思うのです。今回だと、むしむし生放送に登壇した皆さんに知り合えたこととか。あと、それを大学の授業の中で話すこともあるし。
堀: インプットもあるし、あとネットワークも作れますよね。
八: そうですね。結局、そういうネットワークから後の仕事につながることが多いですね。僕の収入の方での仕事は4つあって、自分の会社と、学校で教えているのと、あとはアーティストとしての仕事と。アーティストとしての仕事はプラスマイナスでいうとマイナスになりがちなんですけど(笑)。あとはもう一つ、独身の時に住んでいた部屋を人に貸して大家さんをやっているんですけど。
堀: それは意外。
八: 大家さんを経験してみたかったのです。普通、住んでいるところを住み替える時は前のマンションを売るんですけど、その時はちょうどマンション価格が低調だったので、すぐ売るのではなくて大家さんを体験してみたいと思って。
堀: ええ。
八: 複数の仕事を切り分けてやっていくというか。まあ、最初からそういう形ではできないと思うんですけど。例えば、それでいうと、育児も一種の仕事といえるかもしれない。育児は育児で大変なんだけど、子供のかわいさというリターンがあって。子どもを可愛いと思えることが最大の報酬というか。
堀: 意識すると、意外とそういう今まで気がつかなかったことでもそういう面白さがあったりしますね。人生に幅が出たりしそうだし。
八: 育児も基本的に疲れたり大変なことが多いかもしれないけれど、別のコンテンツにできるかもしれないじゃないですか。漫画家だったら育児漫画にする人もいるし。そういう大変な経験ほど、他の人にとっては実は面白かったりするから。
堀: そういえば、僕もクマムシ飼っていて血を吐いたエピソードを紹介するとけっこう面白がられますからね。
八: その時は本当に大変だったと思うんですけど、血を吐いたというのがコンテンツになるわけですよ。
堀: そうか(笑)。
八: 「血を吐くほど大変なクマムシとは?」とか。「無敵なはずなのに、なぜそんなに死ぬか?」とか。
堀: そうですね。でもサラリーマンの人たちは育児をコンテンツにするのは難しそうですが。まあ、他の気付きがあったりとか、そういうことでリターンがあるのかしら。
八: そうですね。仕事はお金とそういうインプットを含めて仕事だと思うんですけどね。現実的にはお金になる仕事は、インプットがないことや少ないことも多いですけど。一方、タダでやる仕事はお金が入らなかったり出ていく代わりに、インプットが多いのを選ぼう、と。
堀: なるほど。勉強になります。
八: そういえば......
(続く)
2001年からクマムシの研究をしています。日本で博士号を取った後はNASAに移り、現在はフランスのパリ第5大学で研究をしています。
クマムシは顕微鏡でやっと見えるような小さな動物で、乾燥や放射線、はたまた宇宙空間でも生存できるようなタフガイです。そんなへんないきものを日々いじり倒す生活を送っています。
このメルマガでは、主に生命科学の最新の研究成果などを面白おかしく紹介したり、ブログなどには書きにくいやや過激なエッセイを書いています。各界の著名人との対談もあります。だいたい、週に1〜2通くらいのペースでお届けしています。
楽しみながら科学リテラシーも身に付くむしマガをどうぞお楽しみください。
★むしコラム「悪魔を召還し、嫌がる相手と無理矢理交尾するオス」
「彼氏が遊び人で、浮気ばかりして困る」
こんな話は教室でも職場でもワイドショーでもよく聞く話だ。最近では、某球団の某若大将が20年前にしていた不倫が発覚し、話題になった。
一方で、世の中には器量が良いのに彼氏のいない女性が多くいる。彼女らはモテないわけではなく、パートナーを選り好みするために付き合う人がいない場合がほとんどと思われる。要するに、理想が高いのだろう。
浮気性の男と、選り好みする女。
これは、性の進化の結果として生まれた、宿命的な性質だ(注:今回の話は実際にヒトに当てはまるかは議論があるが、ここでは話をわかりやすくするため、そういうことにしておく)。
この男女の違いは、何が原因だろうか。その違いはずばり、生殖能力に関わる違いである。
生物の生きる目的。それは、自分の遺伝子のコピーを増やすことである。
オスは無数の精子を作れることができる。そんな男にとっては、できるだけ多くのメスと交尾して多くの子孫、つまり多数の遺伝子コピーを残す戦略がベストだ。
その一方で、メスが作れる卵子の数は、オスが作る精子の数に比べてずっと少ない。言いかえれば、精子は作るコストが小さく、卵子はコストが大きい。
メスは、産める子どもの数が限られているので、できるだけクオリティの高い優秀な子どもを残すような戦略をとる。すなわち、優秀なオスの精子を受け入れる必要があるのだ。ここでいう優秀とは、生存能力と繁殖能力に長けている、という意味である。
オスにとっては質より数、メスにとっては数よりも質が大事ということである。このような戦略の違いが原因で、男と女はいつも利害が対立しているのだ。
その顕著な例を、アメンボに見ることができる。
交尾中のアメンボ
アメンボのオスは、メスに交尾をせまるとき、求愛の儀式も何もせず、いきなり上に乗っかる。これはもう、ほとんどレイプである。
オスは、なるべく強くメスにしがみつけるように、触覚が変形している。この触覚を、メスの眼に引っ掛けるのだ。ネジにスパナをかみ合せるように。このようにして、しっかりとメスにしがみつく。
メスのアメンボも黙っていない。オスの触覚のフックから逃れやすいような眼の形に変化させたりするのだ。まさに、進化の過程で、オスとメスによるオフェンスとディフェンスの応酬が繰り広げられているのである。
そしてメスは、最終奥義ともいえる、強力なディフェンスシステムを発達させた。生殖器の入口に強固なシールドを作ったのだ。このシールドは可動式で、生殖器の入口を自由自在に塞いだり露出することができる。
オスがいくら無理矢理レイプしようとしても、このシールドが生殖器の入口をガードしている限りは、オスは自分の生殖器を挿入することはできない。
メスのシールドの前に、なす術の無いオス。これで、メスの完全勝利に終わった...かに見えた。
ところが、ああ、なんてことだろうか。オスは核ミサイルのスイッチを押すかのごとく、禁断の手段を使うことにしたのだ。それは、メスと無理矢理交尾するために、世にも恐ろしい悪魔を召還することだった。
この悪魔とは、アメンボにとっての天敵、どう猛な肉食昆虫のマツモムシだ。
あろうことか、オスのアメンボは、メスの上にしがみつくと脚で水面を叩いてマツモムシをおびき寄せる。俺たちはここだ、おまえの餌は、ここにいるんだぞ、とアピールするのだ。マツモムシに気づかれれば、メスも命の保証はない。
「もしあなたがえん罪で捕まって、死刑判決になったとするよね?でも、大っ嫌いな相手の男と肉体関係を持てば釈放されるという条件があったら、どうする?」
このような究極の選択を迫られたとき、多くの女性は死を免れる方、つまり、嫌いな男と肉体関係を持つ選択をするだろう。それは、アメンボのメスも同じだ。嫌なオスとは交尾をしたくない。しかし、マツモムシに殺されてしまっては、元も子もないのだ。
このようにして究極の選択を迫られたメスは、生殖器のシールドを解除して、オスを受け入れる。メスと交尾することに成功したオスは、水面を叩くのをやめる。
水面を叩いて天敵を呼び寄せたら、オス自身も危険にさらされるように思うが、研究者による実験結果から、マツモムシに攻撃されるのは、いつもメスであることがわかっている。メスは常に水面の下側に位置しているため、水面の下から接近するマツモムシの犠牲になるのはほとんどの場合、メスなのだ。メスの上に乗っているオスに危害が加わることは、あまりない。
オスアメンボが手にした、この恐ろしい戦略。この禁じ手に対抗する手段を、メスアメンボは獲得できるのだろうか。男女間の戦争は、常に泥沼状態だ。平和的解決が訪れる日は、永久に来ないかもしれない。
【参考文献】
Han and Jablonski (2010) Male water striders attract predators to intimidate females into copulation. Nat. Commun. 1: 52.
★Q&A
読者からの様々な質問に堀川がお答えします。
─「研究者のキャリアについて」
◆ 質問:
はじめまして。東大でバイオテクノロジーか航空宇宙学を研究して、ビジネスにしたいと考える受験生です。
むしマガ面白いです!研究のリアルなことはなかなか知り得ないので毎回参考になります。日本の大学の研究者のキャリアとか、現実を高校や予備校では教えてくれませんからね。理系の学生は大学の後、企業に就職するか院で研究者になるかだと思いますが、研究者は何をすれば成功なのか?給料や待遇は?どういったヒエラルキーなのか?といったことがわからなくて不安でした。
そういったことをコンテンツにしてくれるとありがたいです。質疑応答とかです。そして、もっと長めに書いて欲しいです。もっと読みたいです!
これからも応援しています。
◇ 回答:
質問者さんは受験生ということですので、まだ高校生くらいですね。大学に入る前にむしマガを購読して質問をしてくるだけでも、将来かなりの有望株である証ですから、自信をもってください。
おっしゃるように、高校や予備校では大学卒業後の理系学生のキャリアについて、具体的なことはあまり伝えません。これは、高校教師や予備校講師は生徒を大学に入れるのが主目的であり、大学卒業後の事を意識する必要がないからです。実際に、高校生の方からもそういったキャリアについて質問することもあまり無いでしょうし。
それとは別に、とくに高校の教師は理系科目を教えていても教育学部出身の方も多いために、そもそも理系の世界についてはまったく知らないということもあります。ということで、このようなメルマガが価値をもってくるわけです。
それでは、順にご質問にお答えします。まず、研究者は何をすれば成功なのか?という質問ですが、これは個々人の価値観によって大きく変わってきます。一般的に研究者がもっている欲望の項目を以下に挙げます。
1. 新発見、大発見をしたい
2. 名声を得て他人から注目・尊敬されたい
3. 「教授」になりたい
4. 趣味として研究をしたい
5. お金持ちになりたい
6. 真理を探究したい
7. 学生や弟子を育てたい
8. 自分の発見などで世の中を変えたい
だいたいこんなものでしょうか。研究者のタイプによってどの項目に重きを置くか異なりますが、どの研究者も複数の欲望をもっているのではないでしょうか。
ちなみに僕の場合は優先順位の高い方から1、8、4、6、2ですね。それ以外の項目はあまり大きな欲望ではありません。お金もほしいですが、お金持ちになったら間違いなく研究のために使うのでお金が目的で研究しているわけではないです。そもそも、お金になる研究ならクマムシではなく他の分野の方が向いていますし・・・。
これらの欲望の優先順位はキャリアとともに変化することもあります。教授になる目的を達成した研究者は、学部長や学会長などのポジションに就くために政治的活動を頑張るようになったりします。もちろん、最初からずっと、ひたすら真理の探究を目的として頑張っている研究者もいます。
次に、大学院に行くか企業に就職するか、という選択の話ですが、これも一般論としてお話します。まず、大学院に進んだ場合は当然ながら給料が出ません。さらに授業料を払うことになるので、就職した場合に比べると経済的に大きなマイナスになります。
ちなみに大学院生でもティーチングアシスタントというお手伝いさんをするとお金がもらえますが、微々たるものです。博士課程の学生は学術振興会特別研究員になれば月に20万円ほど手当が出ますが、これを取得するのも簡単ではありません。
修士課程を卒業してから就職するのはそんなに難しくないので、このタイミングで就職すれば経済的損失は大きくありません。ただし、博士課程まで進んだ場合、博士課程修了後に民間企業の就職口が限られてきます。アカデミアの研究者の道を進むとなると、1~3年間の任期つきのポスドクとよばれる研究者になります。
ポスドクは、大学や研究所の終身のポジション(助教や准教授など)に就くことを目指します。しかし、これが非常に厳しい。終身のポジションに就くためには、インパクトのある論文をたくさん書いて発表しなければならないからです。
ひとつのポジションに対して、多い時では100人ほどの応募者があり、この中で一番の業績(=論文の質と数など)が選ばれます。もちろん、コネや研究内容のマッチングも採用に影響します。いずれにしても、難関大学の合格に比べると圧倒的に難しいことがお分かりいただけると思います。
ポスドクを繰り返していると当然ながら年齢が増えていきます。そして、高齢になったポスドクはさらに職を得るのが難しくなります。高齢の人は敬遠されるのです。
給与などの待遇ですが、ポスドクだとだいたい月収30万~45万くらいでしょうか。これが同じ年でも助教や准教授になると場所によりまちまちですがポスドクよりはよくなります。しかし、製薬会社などで働く研究者は給料はさらに上がります。もちろん、企業では研究テーマの自由度は落ちます。
質問者さんは科学ビジネスに興味があるということですが、起業に興味があるようであれば若いうちからアメリカに行くとよいです。バイオベンチャーや宇宙ベンチャーは日本の比では無いくらいに数も多いし規模も大きいです。僕はシリコンバレーに住んでいましたが、普通にそういうことをしている人たちと知り合いになりました。大学院生でも給料をもらえるところも多いですからね。
まだ何か聞き足りない部分があれば、また聞いてくださいね。
※ご質問やご意見、リクエストなどありましたらhorikawadd@gmail.comまでお気軽にどうぞ。
【八谷和彦インタビュー (第7回)】
八谷和彦(はちや・かずひこ)
メディア・アーティスト
☆プロフィール☆
1966年4月18日(発明の日)生まれの発明系アーティスト。
九州芸術工科大学(現九州大学芸術工学部)卒業。コンサルティング会社勤務後(株)PetWORKs を設立。現在にいたる。
作品に《視聴覚交換マシン》や《ポストペット》などのコミュニケーション・ツールや、ジェットエンジン付きスケートボード《エアボード》やパーソナルフライトシステム《オープンスカイ》などがあり、作品は機能をもった装置であることが多い。また、311震災以後は「ガイガーカウンターミーティング」などサイエンス・コミュニケーション系の活動もちらほら。
2010年10月より東京藝術大学 先端芸術表現科 准教授。
☆個展「OpenSky 3.0ー欲しかった飛行機、作ってみたー」開催中
http://hachiya.3331.jp/
Twitter: http://twitter.com/hachiya
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第7回「これからは複数の仕事を持とう」
八→八谷
堀→堀川
堀: ところでこういうなつのロケット団のような活動をすると、日本でも宇宙開発が身近になっていって、それに触発される人も出てくると思うんですが。「なつのロケット団に入れてください」という人が出てきたりとかは、ないんですか。
八: そういう人はたまにいますけど、人材を見つけるのはなかなか大変で。経歴書とかを見ても、なかなか合う人はいなくて。結局、エンジニアがほしいんですよね。今の段階は。セールスとかの人はあまり必要でなくて。それから、JAXAでも三菱重工でも、大きい組織だとロケット開発に部分的にしか関われないから、全体を見れる人がなかなかいないというのがあって。
堀: ああ、確かにそうですね。NASAもそうだし。僕もNASAにいましたけど、ロケット開発はさっぱりで。まあ、専門が生物学なので当たり前ですけど(笑)。
八: ええ。それだったら、中途よりは新卒の人を入れていった方がいいんじゃないか、となりつつあります。それでこの前、堀江さんが直接口説いて、一人入りましたけどね(笑)。その人はNikonに就職が決まっていて、入社式の2日前に僕らのロケット打ち上げを見に来ていたんですけど、まあ、その時はロケットが爆発して大失敗したわけなんですが。でも、堀江さんのいいところは転んでもただでは起きないところで(笑)。失敗の後、急にその子を口説き始めて。
堀: 面白いですね。その方をスカウトした一番の要因というのは、何ですか。
八: 僕の分析ですが、打ち上げの現場に、ちゃんと自費で来たところですかね。
堀: やっぱり、熱意が大事ということですね。
八: やっぱり熱意が一番大事ですね。その人が打ち上げの見学に来たのは、その時ですでに2回目か3回目だったんですね。3月初旬に来た時にはロケットが打ち上がらなかったので、今回もう一度来て。多分、サラリーマンになる前の学生時代の最後の想い出くらいに思っていたと思うんですが。でも、堀江さんから「Nikonに行く理由って何?今カメラメーカーに就職して将来何か面白いことあるの?」みたいなことを言い始めて。僕はニヤニヤしながら横で見ていたんですけど(笑)。結局、彼は入社式で人事の人に謝り倒して入社を断って。最後には人事の人に納得してもらったらしいです。
堀: あははは。
八: 多分、人事の方も「堀江さんだからしょうがない」と思ったんじゃないですか。
堀: いや、面白いですね。八谷さんの生き方もそういうところがあるというか。たぶん、大半の人というのはメインのレールから外れることが嫌いだと思うんですよね。Twitterでクマムシさんは人生相談をやるんですが、就職活動をしている学生さんから多くの質問が来るんですよ。「もうだめだ」、「面接が怖い」、「全然決まらなくて死にたい」とか。すごく多いんですよ。
八: えーそうなんだ。シリアスですね。
堀: ええ。でも、生きていく上で就職するだけがすべてじゃないと思うんですよ。他にも色々とやり方があると思うんですよ。ただ、我慢して皆と同じことをしなくてはいけないという同調圧力を無意識に感じているのだろうな、と。八谷さんは、端から見ると、他の人がやらないようなことで、かつ好きなことをやりながら楽しく生きているように見えるんですが。で、若い人たちに向けて、こうしたらいいんじゃないかというメッセージが何かあればいただければ、と。
八: まず、そのへこむ人の気持ちもわかるというか。やっぱりエントリーシートを出して面接まで行ったけど落ちましたとか、そういうのを何回も繰り返すと当然へこむと思うんですよ、普通の人は。自分は必要とされていないと思っちゃったり。でもそうじゃなくて、会社には採用人数の枠があるし、会社の業績は振れるから、景気が悪くなると採用枠を絞ってしまったりするわけですよね。まあ、お見合いみたいなものなので、あまり過剰にへこまないようにしましょうね、と。
堀: はい。
八: それと、就職したいという気持ちもある程度は分かるし。大学を出て起業してすぐに仕事が来るかというと、そういうこともなかなかないですしね。というわけで、妥協案っぽいですが、社会人として働いたことのない人が小さい企業に行くのも勇気がいると思うんですけど、小さくても面白い会社は実際いくつもあったりするので、そういうところを狙ってみるのはどうでしょう?というのはありますね。
堀: ええ。
八: 今は時代の変化も大きいので、仮に大きい会社に就職しても、そこが10年後、20年後にどうなっているかは全く分からないので、落ちたら落ちたでそれは大変だけども、そこはプラスに考えればいいと思います。
堀: そうですね。
八: たとえば僕らの世代だと、一番人気の就職先はソニーやパナソニックなどの大手家電メーカーだったり銀行だったりマスコミや出版社だったんですけど、それが今どうなっているかというと、皆さんご存知の通り、結構ヤバいことになっていたりするわけですよね。学生の頃ってそこまで視野が広くないので、テレビでCMを見るとか、名前をよく聞くとか、親が安心するとかで判断すると思うんだけど、そういう会社に入ったとしても将来どうなるか分からないので。小さい会社に入った方がいいことがあるかもしれないし。入った後にそこの会社で一生懸命やればいいんじゃないかという気がします。
堀: なるほど。ところで、八谷さんはこれから何を目指していかれるのでしょうか。
八: 現状は手を広げすぎている部分がありまして(笑)。ニコニコ学会もそうですし、なつのロケット団もそうなんですけど。この二つはまったくお金にならなくて支出ばかりで。打ち上げ実験のために北海道に行く旅費も車代も滞在費も全部自費と、なつのロケット団の活動はお金が出ていくばかりですし、ニコニコ学会も別に金銭的なプラスはないんですけど、でもこの二つは割と大事だと思っています。あと、アートの活動も実際にはあまりお金にはならないですね。
堀: ええ。
八: でも、仕事は4つから6つくらいやるのが僕には適性と思っていて。ちゃんとお金になる仕事3つと、お金にならない仕事3つくらいまでは許容範囲なので、その中で楽しんでやろう、と。それは学生さんにには言いたいですね。将来的には、仕事を複数持った方がいいですよ、と。
堀: ふむふむ。
八: 収入面で複数の仕事を持ちつつ、あとは普通のボランティアでもいいと思うんですけど、自分がちゃんと熱意を持って取り組める仕事的なワークをするといいと思います。ジョブじゃなくてワーク。そういう自分が創意工夫していける仕事を複数持つというのは、自分の将来のために大事な気がします。で、僕のロケット開発やニコニコ学会の活動も、別にお金が出ていくばかりだけじゃなくて、お金じゃない対価を僕はもらっていると思うのです。今回だと、むしむし生放送に登壇した皆さんに知り合えたこととか。あと、それを大学の授業の中で話すこともあるし。
堀: インプットもあるし、あとネットワークも作れますよね。
八: そうですね。結局、そういうネットワークから後の仕事につながることが多いですね。僕の収入の方での仕事は4つあって、自分の会社と、学校で教えているのと、あとはアーティストとしての仕事と。アーティストとしての仕事はプラスマイナスでいうとマイナスになりがちなんですけど(笑)。あとはもう一つ、独身の時に住んでいた部屋を人に貸して大家さんをやっているんですけど。
堀: それは意外。
八: 大家さんを経験してみたかったのです。普通、住んでいるところを住み替える時は前のマンションを売るんですけど、その時はちょうどマンション価格が低調だったので、すぐ売るのではなくて大家さんを体験してみたいと思って。
堀: ええ。
八: 複数の仕事を切り分けてやっていくというか。まあ、最初からそういう形ではできないと思うんですけど。例えば、それでいうと、育児も一種の仕事といえるかもしれない。育児は育児で大変なんだけど、子供のかわいさというリターンがあって。子どもを可愛いと思えることが最大の報酬というか。
堀: 意識すると、意外とそういう今まで気がつかなかったことでもそういう面白さがあったりしますね。人生に幅が出たりしそうだし。
八: 育児も基本的に疲れたり大変なことが多いかもしれないけれど、別のコンテンツにできるかもしれないじゃないですか。漫画家だったら育児漫画にする人もいるし。そういう大変な経験ほど、他の人にとっては実は面白かったりするから。
堀: そういえば、僕もクマムシ飼っていて血を吐いたエピソードを紹介するとけっこう面白がられますからね。
八: その時は本当に大変だったと思うんですけど、血を吐いたというのがコンテンツになるわけですよ。
堀: そうか(笑)。
八: 「血を吐くほど大変なクマムシとは?」とか。「無敵なはずなのに、なぜそんなに死ぬか?」とか。
堀: そうですね。でもサラリーマンの人たちは育児をコンテンツにするのは難しそうですが。まあ、他の気付きがあったりとか、そういうことでリターンがあるのかしら。
八: そうですね。仕事はお金とそういうインプットを含めて仕事だと思うんですけどね。現実的にはお金になる仕事は、インプットがないことや少ないことも多いですけど。一方、タダでやる仕事はお金が入らなかったり出ていく代わりに、インプットが多いのを選ぼう、と。
堀: なるほど。勉強になります。
八: そういえば......
(続く)
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