先週は、鶴岡の慶應大学先端生命研究所でアストロバイオロジー合宿に講師として参加してきました。講師陣が講義をした後、高校生から大学院生までの参加者がグループに分かれ、新しいアストロバイオロジーの研究テーマを作り出すワークショップがあり、合宿の最終日に各グループがプレゼンを行います。
どのグループのアイディアもレベルが高かったのですが、とりわけ面白かったのが、複数の惑星探査を同時に行うことを提案したあるグループ。プレゼンで小惑星探査機「はやぶさ」ミッションについて、「ただの石ころを百数十億円もかけて探査している」とこき下ろしていました。
これだけでもなかなか威勢がよいのですが、このときの講師席の最前列に座っていたのは、「はやぶさ」ミッションの主要メンバーの一人であるJAXAの矢野創さんでした。
はやぶさへのメッセージ:矢野創
矢野さんがいることを知った上での、このプレゼン。矢野さんも他の講師もみな苦笑していましたが、発表内容はきわめて優秀だったので、このグループが最優秀賞を獲得。なかなかほっこりとした会になりました。
科学研究政策については全体的に暗いニュースが多いですが、今回の合宿に集まった若者たちを見ていると、なかなか素敵な未来になるのではないかと、期待させてくれました。
・クラウドファンディングのリターンにクマムシ飼育観察キット
おかげさまで盛況のクマムシ研究クラウドファンディングですが、ついに2名限定30万円のお食事参加権を購入した方が現れました。これで、高井研氏の召喚も実現されることになります。このお食事会には他にも2人のスペシャルゲスト(クマムシ系と骨系)が新たに参加予定。
残る枠はあとひとつなので、もしも我こそはという奇特な方がいらっしゃいましたら、早めの購入をおすすめします。
そして第二目標に向けて、新規のリターンプログラムを追加することにしました。このリターンはずばり『リアルクマムシ飼育観察キット』。
僕が育てているヨコヅナクマムシを乾眠状態でご自宅にお届けしちゃいます。クマムシのごはんの生クロレラも、6か月間にわたり毎月郵送。しかも、実体顕微鏡つき。
乾眠クマムシを含む飼育キットは世界的に見ても、なかなか活気的な試みです。本リターンは5名限定で購入できます。こちらは4月1日の夕方からacademistのサイトにて購入可能になりますので、よろしくお願いします。
それでは前号での予告通り、今号はクマムシ固有タンパク質論文についての続編をお送りします。
★むしコラム「「クマムシ固有タンパク質が乾燥耐性を向上させる」という論文について(その2)」
ドゥジャルダンヤマクマムシがもつクマムシ固有タンパク質、CAHSタンパク質とSAHSタンパク質。これらのタンパク質合成をコードする遺伝子のうちいくつかは、ドゥジャルダンヤマクマムシの乾燥耐性に関わっていることが、アメリカ・ノースカロライナ大学の研究グループによる研究結果から示唆された。これが、前号で書いた内容である。
・CAHSタンパク質遺伝子が他生物の乾燥耐性を向上させた
彼らの研究論文には、さらに驚く結果が示されていた。ドゥジャルダンヤマクマムシのCAHSタンパク質遺伝子のうちのいくつかは、大腸菌や酵母に入れてやると、乾燥耐性が格段に向上したというのである。
大腸菌は原核生物で、酵母は真核生物。どちらも単細胞生物だが、動物であるクマムシに固有の遺伝子を入れることで、系統が離れた他の生物の乾燥耐性を高めているわけだ。クマムシの遺伝子が他の生物の乾燥耐性能力を強化した報告はこの研究が初めてであり、画期的な発見といえる。
これだけではない。研究グループは遺伝子工学技術により、大腸菌にCAHSタンパク質を作らせて精製した。乾燥すると失活してしまう乳酸脱水素酵素(LDH)とCAHSタンパク質を混ぜてから乾燥させると、失活を防ぐことも分かった。CAHSタンパク質が酵素の乾燥保存剤として働いた、というわけだ。CAHSタンパク質の保護効果は、保護剤として知られるトレハロースよりも高いことも示された。
・CAHSタンパク質とガラス状態
さて、なぜクマムシやその他の乾眠生物は、乾燥しても細胞が守られるのだろうか。現在、これを説明する最も有力な仮説は、乾眠している生物は「ガラス状態」にあるから、というものである。
ガラス状態とは、水飴が冷えたときに固まった、あのような状態だ。ある種の物質は、低温や乾燥でこのガラス状態になる。ある物体がガラス状態になることを「ガラス化」という。
厳密には、ガラス状態は固体ではない。ガラス状態の定義の説明はここでは省くので、気になる方は参考資料をチェックいただきたい。乾眠している生物の細胞や生体物質の構造は、このガラス状態によってうまく保存されていると考えられている。
今回、研究グループは、CAHSタンパク質がクマムシや酵母や大腸菌をガラス状態にすることで、乾燥耐性を付与していると考えた。そこで、示差走査熱量測定法(DSC法)により、乾燥したCAHSタンパク質そのものがガラス状態を作っているかを測定したところ、やはりガラス状態になっていたと結論づけた。
さらに、ゆっくりと乾燥させることでCAHSタンパク質遺伝子がじゅうぶんに発現したドゥジャルダンヤマクマムシも、ガラス状態になっていたことを示している。これとは逆に、CAHSタンパク質遺伝子があまり発現していないドゥジャルダンヤマクマムシは、乾燥してもガラス状態にはなっていなかった。
CAHSタンパク質遺伝子を導入した酵母と大腸菌も、やはり乾燥するとガラス状態になっていた。これにより、CAHSタンパク質は乾燥した細胞をガラス状態に保つことによって構造を維持し、生命の存続を可能にしていることが強く示されたのである。
・「データの妥当性」と「文章の誠実さ」に問題
今回の研究結果は、クマムシ学においても乾燥生物学においても、エポックメイキングなブレイクスルーともいえるセクシーなものだ。だがしかし、注意深く論文を読んでみると、おかしなところがけっこうある。大きく、「データの妥当性」と「文章の誠実さ」に問題が見られるのだ。