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「コンテンツの秘密」とある1つの問題の巻
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「コンテンツの秘密」とある1つの問題の巻

2015-06-03 03:12
    今回は「コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと」の感想を書きたいと思うのですが、様々な人がツイッターやブログなどで、この本を絶賛して感想などを投稿されているので、僕はこの本の感想を書くのを止めようかなと思っていたのですが、この本を読んで1つの疑問と言うか問題を思いついたので、その事を書こうかなと。

    ですので、普通の感想とはちょっと違う感じになると思います。まあいつものパターンなので、暇が暇になった方お読み下さい(本を読んでからの方が、わかりやすい内容になっています)


    1つの疑問

    この本を読んでいるとコンテンツの定義と言う物が出て来ます。それは、コンテンツとは現実の模倣=シュミレーション と言う物です。

    本の中に人間が成長していく過程で、現実社会を学ぶための教材がコンテンツと書いてある通り簡単に言うと学習と言う事だと思います。

    ですので、コンテンツとは現実の模倣=シュミレーション=学習 でOKと思います。

    それで、最近のコンテンツは、例えば漫画、アニメ、映画なども昔と比べると無料で楽しめる物もあったり、生産される量も多くなっていると思います。

    アニメを僕は好きで良く見るのですが、その量の多さに毎日楽しみがあって、嬉しいと言う人も多いと思います。映画もネットで簡単に購入して見る事が出来たり、携帯のアプリで無料で見れる漫画があったり、電子書籍の登場で簡単にダウンロード出来るなどなど、本当に凄い時代になったと思います。

    と言う感じで、僕らは昔の人と比べた場合、コンテンツの消費の量は多いんじゃないか?そんな事を思います。それは、昔に比べると簡単に読んだり、見たり、出来る様になったからです。

    ここまでの事を簡単に書くと以下の通り

    ①コンテンツとは現実の模倣=シュミレーション=学習

    ②昔に比べると僕らは大量にコンテンツを消費出来る様になった

    この①と②が正しかった場合1つの問題が発生します。

    それは、人類は昔の人と比べると頭が良くなっているか?と言う疑問なんです。


    現代人は頭が良くなっているか?と言う疑問

    それを考えたらあんまり変わらないんじゃないか?僕個人のイメージとしては、ひょっとしたら昔の人の方が頭が良いのでは、無いか?そんな気がします。

    この昔の人っていつの時代の人って言う問題もあります。僕が今30代なので、幼い頃の大人の記憶と言う意味で、取りあえず20年前から30年前ぐらいにしておきましょう。

    ①と②が正しかった場合に導かれる答えは、僕は頭が良くなっていると言う答えになると思います。

    なぜならコンテンツとは現実の模倣=シュミレーション=学習 を現代の僕らは大量に昔の人と比べて消費しているからです。

    にもかかわらず昔の人と比べてあまり変わらない、もしくは昔の人の方が頭が少し良いと感じると言う結論は、普通だったらおかしいと思います。

    ここでやっと問題が発生しました。

    僕が思う問題を言う前に、①と②は正しい定義と事実と断定します。

    その上で、こんな事を思いました。コンテンツを大量に消費していて、僕らは学習をしています。そして昔の人と比べても僕らは、あまり頭の良さは変わらないを成立させるには、どうしたら良いか?と言う問題なんです。


    あまり頭の良さが変わらない問題

    成立させるには、とさきほど書いたのですが、少し言い方がおかしかったかなと。要するに、現実にコンテンツを大量消費しているのに、昔の人と比べてもあまり変わらないと言うのが、事実としてある。

    この謎と言うか問題をどう解けば良いかと言う事です。

    この問題を解くヒントが無いかなあとずーと考えていたのですが、ひょっとしたらこの本の中にあるかもしれない。そう思ってもう一度読み直しました。するとこんな一文に目が留まりました。

    鈴木敏夫プロデューサーは、よく会話の中で「ストーリーか表現か」とひとりごとのように言うことがあります。

    そしてすべての大御所の監督は表現の方に行ったと続くのですが、この話を簡単に言うと僕も一応映画が好きな人間なので、例えると映画監督でフェデリコ・フェリーニと言う監督がいます。

    映画好きな人なら知っていると思うのですが、フェリーニの「道」がストーリーで「81/2」

    や「フェリーニの道化師」などが表現と言う感じでしょうか?

    鈴木プロデューサーの話はまだ続いて「本当に凄い映画を見たときは、観客はストーリーなんて気にしない」と書いてあります。もちろん脚本も大事と言う前提とも書いてあります。

    ここら辺は、かなり大雑把に書いているので、153P辺り書いてあるので、詳しく知りたい方はそちらを読んで頂きたいのですが、鈴木プロデューサーの話をどこまで、僕が理解しているか?と言う問題もあるのですが、何となくわかるんです。

    あの映画、面白かったなあと記憶している映画のあらすじを言おうとしたら、言えない事とか無いですか?じゃあ何で面白かったと記憶しているか?と言うと凄い好きなシーンがあって、そのシーンの所だけ覚えている=面白かったと言う思い出。

    正確に言うと少しおかしいですけどね。そのシーンが好き=前後の話の内容をきちんと覚えている=あらすじ言える にならないといけないのですが、そうはなっていない。

    これを元に考えていったら、問題が解けるのでは?そんな事を思ったんです。


    「ストーリーか表現か」と考えた場合ストーリーを違う言葉に変換出来るなと。それは、コンテンツの定義と=になるんじゃないかと。
    要するに ストーリー=現実の模倣=シュミレーション=学習 と言う風に変換出来ると。

    もっと簡単に書くと ストーリー=学習 

    じゃあ表現は何に変換出来るか?

    そもそも表現とは何でしょう?その答えになる事がこの本には、たくさん書いてあるのですが、簡単に書くと脳にとって非常に気持ちの良い映像で良いかなと(詳しくは本を読んでね)

    表現=脳にとって非常に気持ちの良い映像 でOKかなと。

    でも脳にとって非常に気持ちの良い映像と書くとちょっと長いかなと。ストーリー=学習 の様に短い言葉が無いかと本の中を探したのですが、ちょっと無いかなと。

    ここは少し強引だけど、学習と関連付けて、尚且つ脳が気持ちが良いと感じる物で変換出来る言葉って無いかなと考えて、取りあえず「おやつ」と言う事にしましょう。学習の合間におやつを食べる的な発想でおやつにしたと思ってくれて、OKです。

    表現=脳にとって非常に気持ちの良い映像=おやつ

    と言う事にしましょう。だから面白いコンテンツとは、ひょっとしたら学習とおやつのバランスが良いものなんじゃないかな?とか思ったりしたのですが、僕が問題にしているのは、そう言う事ではない。

    ので、それは置いといて、僕らがコンテンツを消費する時このおやつ目的で消費しているんじゃないかなと。

    例で言うと萌えアニメと言われる物は、可愛い女の子の表情や仕草などなど。これを簡単に言うと 萌えおやつ=萌えで脳にとって気持ちの良くなる映像

    例えば「天空の城ラピュタ」で出て来るバルスと言うセリフ。バルスおやつ=セリフで脳にとって気持ちの良くなる映像


    と考えた場合コンテンツの定義ってもう1つ実はあって、現実の模倣=シュミレーション=学習 以外にもう1つ 脳に気持ちが良い映像=おやつ と言うのもコンテンツの定義で、僕らは大量にコンテンツを消費しているけど、学習の視点だけで、見ている時もあるけど、、脳の快楽=おやつの視点で、消費している時の方が現実的には多くて、だからあまり昔の人と比べても頭の良さは、変わらないと言う感じかなと。

    とそんな事を考えたのですが、どうでしょうか?

    ただ正直言ってわからないのですが、こんな事を思いついたと言った感じでしょうか?かなり急いで書いたので、ちょっとおかしい所もあると思います。また何かの機会があったらもう一度この問題にチャレンジしてみたいと思います。

    最後まで読んでくれた方有り難うございました。










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