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【雑記】努力は"目的"ではなく"過程"である
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【雑記】努力は"目的"ではなく"過程"である

2015-01-29 12:00
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「努力ができる事」と言うのは本当に凄いことだと思います。
卑屈な私には出来ませんし「努力ができる」と言うことは本当に尊敬に値します。

ただ、「努力ができる」と言うのは、何らかの目標に対しての過程、手段でしか過ぎなくて、努力すること自体は目的ではないのです。
そう言った点を履き違えて、努力することが目的化し、「私は努力できます!」と自信満々に言う人が少なからずとも存在していて、それは違うんじゃないかなーと思うことがあります。

例えば、仕事で毎日夜遅くまで残業をして"努力"をすることは、凄いことだと思います。
私はとてもじゃありませんが、そんな事出来ません。満足出来たら、さっさと帰ります。
定時内で同じ業務量を行い帰っている人達からすると「それってすごく効率が悪い働き方だよね」と感じる事があっても、夜遅くまで働いたり、休日出勤したりする働き方が、ウケがよかったり評価されがちで、なかなかに指摘をしにくいですよね。

本来、仕事の評価はそう言った"努力"ではなく"目標達成への貢献度"によって判定すべきじゃないかなーと思っています。
しかも会社側にの立場にとって考えていても"残業"と言うのは、他の人より給与を多く払わないといけない事が多いので、そう言った点でも負担なんですよ。
”努力”することは確かにすごいです。ほんとうに尊敬します。
ですが、その方向性を誤ると周囲も巻き込んで悪い方向に進ませてしまう。
そう言った意識づくりを個人個人がしていかないといけないなーと思います。



長々と書きましたが、一言で述べるなら、
効率よく働こうぜ!って事です。

そもそも、この辺りは「努力が出来る人」と言う言い方より、
「労働生産性の著しく低い長時間労働者」と言い直すべきかもしれませんね。



よければ以下記事もどうぞ
●【雑記】業務の属人化に伴う危険性
http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar699487
●【雑記】私が考える「生産性のある会話」と「責任」について
http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar564473
●【雑記】仕事をしていた時の黒歴史
http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar563523



そんな感じで。
おしまい。

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他人(凡俗)に評価されるために努力すると、評価されなかった時虚しいので、
評価無関係自己完結系の努力に重点を置いたほうがいい気がします。
知りたいことを学び、磨きたい技術を磨き、欲しかったものを作るだけ。
誰が無駄と笑おうと、自分が認めたモノを作るのだ
76ヶ月前
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