• 【ミリシタ】ミリシタの最近のSSRについて、思ったことを書きなぐり(2019/06/20)

    2019-06-20 22:00




     麗しいことこの上ないお姿をしている、私の担当アイドルの画像です(池に反射する姿がとてもよい)


     最近、ミリシタSSRの構図が変わったなーって思うことが増えました。ツイッターや各種掲示板でも「今までのと違う!」みたいな声をよく目にする気がします。多分、みんなそれなりに感じていることなんでしょうね。

     けれども、変わった!っていう人はいますが、具体的に何がどう変わったのか、いつ頃から変わったのかを書いている人はほとんどいません。私も変わった!とは思っていても、なにが変わったのかは文章化できていなかったんですよね。

     しかし、今回の『…コン♪ 白石紬+』を見て、何となくの部分を詰められた気がしたので、こうして自分の言葉でまとめることにしました。

     一言で表すのなら「今まであったルールとは違うルールで描かれている」……でしょうか。

     事前に言っておきますが、私は美術知識も乏しければ、現代のイラストの技術に関してもほとんど知識はありません。ドが付く素人です。なので、本業の人が見たらつたない話をしていることでしょう。

     違う!と思った人は、その人が、自分の言葉で書いてくださると私がとても助かります。


    ① 何がどう違うの?(前)


     今までと違う!と言われ始めたのは、だいたい前回のミリオンフェスからでしょうか。

     
     『サンシャイン・ブライト 我那覇響+』
     
     『月のごとく輝く 四条貴音+』
     
     『スターリー・グロウ 星井美希+』 


     たしかに今までのSSRとは雰囲気が違う気がするSSRです。このイラストが従来のミリシタのSSRと違うと感じる点は、光の使いかた……なのかなぁ?従来のイラストに比べるとシンプルに見えるというか、はっきりしているというか……。ぶっちゃけハイクオリティすぎて、凄さや違いを明文化出来ないです。素人なので……。

     ただ、それでもあえて言葉にするのなら、覚醒後は「ほぼ全方位からライトを浴びて踊るフェアリー」といったイラストなので、全体的に輝度が高く、かつ光が当たっている/いないがはっきりして見えるのかな……?みたいな感じです。

     ただ、素人でも一つだけ、従来のSSRとは、明確に違うといえる点が存在するカードがあります。それは響のカード。

     

     このイラストのメインキャラ(響)には、両目が映っていません
     これが従来のカードとの明確な違いです。

     ……両目が映っていないってそこまで革命的なのか?って言われそうですが、ミリシタにおいては超が付くほど革命的です。
     ミリシタは、サービス開始からもうすぐ2年が経過しますが、その中で両目が映っていないSSRは、なんと覚醒前後合わせてたった6枚ほどしかありません。さらにいうなれば、この6枚のうち5枚がここ4ヵ月で実装されているカードです。それ以前では、両目が映っていないほうが自然な構図になるようなカードでも、両目が映るような顔の描き方をしていた(らしい)のです。分かりやすいのは『お気に入りの物語 七尾百合子』では横顔でも右目が見えますが、『月のごとく輝く 四条貴音』のイラストでは、右目が見えません(まつ毛は見えますが……)

     
    (右目が見えている画像)
     
    (右目が見えない画像)

     片方の目だけしか映っていないのが分かりやすいのは以下の3つです。

     
     『届け、この声! 最上静香』

     
     『サーカスの花形 矢吹可奈+』

     
     『With My Heart 箱崎星梨花』

     これらは、それぞれ背中からのカットなので、両目が見えると多少不自然になるカットです。ですが、従来のSSRでは、これらのような背面が見えるカットでも、何らかの理由をつけ、首や胴を大きくひねるなどして、なんとか両目を入れられるようにしていました。心当たりのあるイラストが。ですが、これらはしていません。

     おそらく、従来のミリシタのSSRでは「メインのキャラクターはきちんと両方の目を描く」という一種の「縛り」が存在していたのだと思います。メインはアイドルなので、そのアイドルの顔はきちんと描こう、という想いが創り出した縛りです。

     ですが、その縛りにとらわれないイラストが増えた。「アイドルの顔をきちんとする」のではなく、「全体をよりきちんとする」ほうが良いと考えるようになったから、ではないでしょうか。

    ② いつ頃から変化したの?

     ぶっちゃけ明確な時期は分かりません


     ただ、上でも述べた「両方の目を描かない」カードが現れるようになったのは『届けこの声! 最上静香』からといっても差し支えないです。
     
     (これ)

     『劇場サスペンス[支配人] 真壁瑞希+』も確かに片方しか目が見えないイラストなのですが、こちらは例外と考えています。一つは次の「両方の目が見えない」イラストと実装が二ヵ月以上離れていること、もう一つはこれが「映像の劇中劇」という設定であることです。おそらく、「劇中劇を描くのであって、アイドルそのものを描くわけではないから、例外として両目を描かない」とした選択をしたのかなぁ……と私が考えたた、例外扱いさせていただきました。
     なので、これの前後あたりから変化が起こり始めた……と考えていいと思います。ぶっちゃけこのカード前後が、私のなかでも「これ今までのSSRとはなんかちょっと違う気がするな」と思うカードが増えた時期でもあるので、このカードを一つの基準にしたい、という感じでもあります。

     それからもう一つ、もがみんのSSR周辺を契機と考えている理由があるんですけど……こいつはちょっと邪推です。

     TB結果発表が2月半ばで、一番最初の実装が8月末。
     ってことは、ミリシタは動き出した企画が実際に私たちの手元に届くまで、だいたい6ヵ月くらいかかると推定できるわけですよ。
     もがみんのSSR実装が2月後半、ってことは発注とかあったのはだいたい半年前だと推測できる。
     その時期になんかがあったから、構図を決める上での制約を一部開放した、といった可能性が考えられる。

     昨年のー8月後半と言えばーなにかあったかなー……

     
     (言わなくてもわかりますよね)
     ……はい。ぶっちゃけ、影響は受けたんだろうなぁ、って思ってます。というよりも、キャラクターを中心に置かなくてもいい、もっと言えば「アイドルをより輝かせる構図があるのならば、アイドルそのものを魅せなくても受け入れられる」という考えが、制作サイドに生まれたんじゃねえかなって思っています。

     後頭部が大きく見えるショットにするとか
     
     『with My Heart 箱崎星梨花』
     あるいはアイドルを中心からあえて外したりとか
     
     『ドキドキの瞬間 篠宮可憐+』
     あるいはあえて小さめに描くとか
     
     『…コン♪ 白石紬+』
     これらは、従来のミリシタのSSRでは使えなかった構図なんですけれども、どれも画面としては正解だなと思っています。

    ③ 今までのSSRとはどう違うの?(後)

     「正解」って言葉をさっき使いました。いや「正解」ってなにがだよ!どんな概念だよ!ってツッコミが入ることでしょう。

     この正解という表現は「アイドルの仕事の画」としてより正しい、といった意味合いで使いました。ここ最近のミリシタのSSRは、非常に実在性が高く優れた構図を採用しているケースが増えていると思います。たとえば――

     雑誌の特集の見開きとして使われていそうなイラストとか
     
     (「新婚さんに聞いた!結婚式のお悩みトップ100」とかいう文章ついてそう)

     
     (「特集 伝統×イマドキ結婚式♪」とかの企画で使われてそう)

     写真集に乗っていそうな雰囲気で作られているものとか

      
     

     映像広告のワンカットなんかでありそうなものとか
     
     (電車の中吊りとかでありそうなタイプ)
     
     (プラネタリウムの広告にあるヤツ)

     そういった感じの、いわゆる「お仕事の結果として手に入った画像」として、以前よりも納得ができる構図のものが増えたなーって思っています。

     いや、今までも「お仕事の結果の映像」じゃないの?って言われそうなんですけど、個人的には半分正解で半分は違うかな……って思います。

     お仕事って、アイドルが主役ではないじゃないケースもあるじゃないですか。あくまで「伝えたいこと」――コンセプトが先にあって、それを叶えるための被写体がある。コンセプトに則った画の世界観の中に人間がいるのであって、人間そのものが必ずしも画の主役ではない、みたいなお仕事。上でも書きましたが、宣伝の一部としてとか、雑誌の特集に使われるための写真とか。
     変化前だったら、そのイラストや衣装に何らかのコンセプトがあったとして、かつそれを十全に描ける構図があったとしても、それは「きちんと顔がみえること」とか「出来る限り大きくアイドルを描くこと」といった制約があった上でのものだったと思うんです。「アイドルをメインとすること」という制約です。この制約は、時に世界観そのものを描いたほうがより綺麗に画を作製できるものであったとしても、その構図を選択できなくさせるものだったと思うんですよ。

     なので、「正解」という言葉は、表現したいことを叶える構図としてより「正しい」構図を選択する方針にした。そのために、以前はあったアイドルを大々的に取り扱うという以前の縛りを撤廃した。といった感じの意味合いで使ってました。伝わっていただけたでしょうか。

     まあ、これは、一部の人にはなかなか理解しがたい概念かなあとも思います。
     だってアイドルゲームとしてアイドルを描くにあたって、アイドルそのものを大々的に描くこと――アイドルを綺麗に魅せることや、かわいく魅せることが、必ずしも正しいわけではない、ということを意味しますから。

     けれども、現実のアイドルって……アイドルに限らずとも、モデルとか女優とかって、その人が使われている写真であったり、あるいはその人自身がメインだったとしても、ご尊顔やお身体が中心なものばかりではないじゃないですか。だから、アイドルとしての実在性を高めようとしたら、彼女たちがメインではない構図が増えていくのはむしろ自然なんだと思います。

     「アイドル個人」ではなく、「アイドルとしての実在性」を表現することを選択した、といえば聞こえはいいですかね。

     そして。「アイドル個人を描かない」という選択肢は、アイドル個人をないがしろにしてる、というわけではありません。むしろ正反対です。

     なぜなら「その人物が起用された理由」が存在しているためです。

     現実ならまあ、色々な商業的な理由があって、その無数にいる人物の中からその人が起用されるわけですが、ミリシタSSRでは、特定のコンセプトを叶えるために52人の中から、だれか一人が起用されるわけです。
     季節に合わせたコンセプトがあり、そのコンセプトを叶えるために、特定のアイドルが起用される。その理由は、翻ってそのアイドルの魅力や佳さといったものを、私たちに伝えてくれるものだと信じています。

     というか、そういう「特定のモノでアイドルをオーバーラップして提供する」ってミリオンライブというコンテンツに得意技じゃないですか。ずっとやってることですよ。
     なので、SSRでもそれ以外のモノと同じように「一枚の画」という形で、私たちに物語を提供し、そこに起用された彼女らを通じて、我々に個人としての彼女たちを伝える、といった方針に切り替えたのかなと私は思っています。


     だってライブ画面なんて、ゲーム中でいくらでも手に入るからね!ライブのイラストってそこまでみんな求めていないでしょ!(主語を広げるな)


     そんなかんじで、最近のミリシタのSSRについて感じたことでした。

     ここ最近のミリシタのSSRは、流行に合わせながらも、自分らの方向性は見失っていない、いい変化だと思っています。


     





    おまけ シャイニーカラーズのイラストとは方向性は違いますよって話

     これだけは最後に書きたいので書きます。おまけと書きましたが、こちらこそ本題なまであります。

     この手のメインを中心に添えないキャラゲーの構図に対して、言語化が苦手な方や感受性が不十分な方々が頻繁に「シャニマスみたい!」って言葉を使うところを見るんですけど、ミリシタのSSRに関しては、おそらく方向性が違うし模倣ではないから「みたい」ではないと思うんですよ(他のコンテンツに関しては知らない)。
     選択出来るようになった理由にシャニの存在はあっても、「あれが売れるみたいだから似たことしよう!」ではないでしょうし、構図の模倣と選択の解放は別ですよ、とだけ。

     もうちょっと詳しく私の感想を書きますね。

     シャイニーカラーズのほうは「アイドルを効果的に魅せるため」に様々な手法や技法、構図を選択している、といった印象があるんですよね。
     対して。あくまでミリシタのSSRは先ほども言いましたが「コンセプトを十全に叶えるため」に選択された構図だと思っています。

     どちらもより洗練されていく過程で「アイドルが中心で無くなる場合がある」のは同じなんですけれども、シャニの場合は「特定のアイドルの物語を描くのにあたって、より効果的な方法を選ぶ」のに対し、ミリシタは「アイドルとしての活動を描くのにあたって、実在性が増す構図を選ぶ」なんですよね。

     極論、シャニはそこに特定のアイドルがいることを匂わせられる絵であれば、特定のアイドルを描かなくても成立しかねないのに対し、ミリオンのほうはどれだけ小さくなっても被写体としてのアイドルがいる必要があるんじゃないかな、と。
     シャニのイラストはADVゲームのイベントスチルで、ミリオンのイラストは(一応)ブロマイド的なものって感じ……といえば、なんとなく伝わってくれるかなーと思います。

     この違いは私のなかでは全く違うモノなので、同一視されたり、そういった認知が広まるのはちょっとやだなー、といった感じの余談でした。



     ほんとにおわり



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  • 魂の衝突がより強い煌めきをもたらす。『階のスターエレメンツ』感想記事 ※ネタバレ有

    2019-05-30 22:30


    ※この記事はネタバレを含みます。

     『階のスターエレメンツ』めちゃくちゃ良かったんですよ。皆さん聞きましたよね?

     ……良かった作品の話、ネタバレとか気にしないで話したいよなぁ!?

     ってことで、ネタバレありで感想/考察を書いていきます。
     もし、まだ聞いていなかった方がいらっしゃるのならば、ぜひとも入手して聞いてみてください。ミリオンライブというコンテンツが好きな方なら、後悔はしないはずです。






    (三人の視線が交わらないのすき)



     では、書いていきます。


    ・天羽光駆について


     彼女は未来が演じている、未来らしさがあるキャラです。
     アイドルに憧れ、そのために活動を起こす。未来との違いは、年齢と、アイドルになるために一つ大きな障害があった、という点でしょうか。
     未来は「なりたい!」と思い立って、すぐ765プロに入ることになります(本当にすぐだったか?)
     対して光駆は「なりたい!」と思ってから、その話をしても「目指すための条件」を提示されます。夢を叶えるために努力し続けた経験は、打ち込めるものを見つけられていなかった未来との違いかなぁと思います。そのため、似ているとしても、作品開始時の経験値の違いから、未来本人のようなムーブはしないんですよね。ここらへん、理解力高くて凄く好き。

     あと、これは非常に妄想力強いこと言うんですけど、光駆は言うほど純粋な子でもないんじゃないかなぁ…と。 純粋であろうとする子、というか。
     作中で「お父さんからメール」「お父さんと相談した」と、お父さんの話題ばかりでお母さんの話題が出てこないのも少し不穏ですし。娘の将来ですよ?なんで両親じゃなくてお父さんとだけなんですか?もしかして、いないんですか?
     ……みたいな。深読みですね?
     それと、受験の話でもう一つ。「第一志望」なんて言ってましたが、アレ、本来のレベルからでは到底合格できないレベルを受験させられたんじゃないでしょうか。元が未来ですし、第一志望がそれなりだったとしても、難しい案件だったんじゃないかな、と。だとしたら彼女にとって、相当な障害だったのではないでしょうか?

     なので、私は光駆のことを「色々あるけれども、それらを隠しながら、理想のアイドルらしくありたいと願う少女」なんじゃないかなと考えています。
     「理想のようにありたい」なんて、生半可な覚悟で願い続けられる夢ではないです。自身の在り方にメスを入れることの難しさなんて、言うまでも無いと思います。
     作中で星蘭から覚悟が足りないと見下されたときに「バカにしないで!」と言っていたのは、この「夢のために苦手なことから逃げなかった」「理想のために自分を変えていった」経験からじゃないかなと思ってます。
     そら何も知らない他人に覚悟が無いなんて言われたらキレるよ。


    ・草薙星蘭について


     彼女の言う「覚悟」について。彼女に付きまとうのは、家の話ではないでしょうか。
    「彼女はクラシックの道に進むのかと……」
     作中で水桜が言っていたセリフです。
     草薙星蘭の生まれは、芸術的に優れた才能を持つ人材を多岐にわたって排出し続ける草薙家。星蘭自身も音楽的な才能を持っているとされています。
     格式高い家であるなら、周囲は大衆音楽の道ではなく、伝統的な音楽の道へ進ませようとしたのではないでしょうか。
     けれども、星蘭が憧れたものは、アイドルだった。
     自身の夢を押し通すために与えられた条件が「アイドルニューウェーブにおいて、グランプリを取ること」
     夢を叶えるために与えられた、唯一の道。その道を歩くために、彼女はどれだけの努力をしたことでしょうか。
    「ダンスも凄いなんて……」
     作中世界において、名門草薙の御令嬢である彼女の、音楽的な才能は知られる所だった。けれども、ダンスに関しては、草薙星蘭を最初から目をつけていたであろう審査員も知らなかった。
     本来、彼女にダンスの才能があまりなかったとしたら?事前情報で手に入れられるはずもありませんよね。
     けれども、彼女はダンスでも周囲との違いを見せつけた。そこにあったであろう努力は、いったいどれほどのものだったでしょうか。
     一朝一夕しかアイドルになることを願っていないように思える夢見がちな少女が彼女の逆鱗に触れたのも無理はないと思います。
     とはいえ「辞退しなさい」なんて言うのは些か小物っぽいなと思います。カリカリしすぎでは?胃薬飲む?

     彼女自身の性格に関しては愛おしいキャラしてんなぁって感じですね。そもそもアイドルになりたいという夢を持ち続けてるところがかわいいし、イラつくことされても言い訳の機会も与えちゃう程度のお人好しだし、歓談している光駆に忠告してくれるし、感情と行動の裏表は少ないし、その感情の動きも分かりやすいし、あのユニットだと残り二人のせいで胃痛役させられそうだし……。
     これからの活躍に期待が高まりますね!あればですけど!


    ・神崎水桜について


     この物語を最も動かした人物であり、最も謎の満ちた人物である彼女。
     そんな彼女の背景を、考察していきましょう。私がまず着目した情報はこちら。

    ・「参加したのは2回目」
    ・「昔の自分を見ているよう」(光駆に対して)
    ・「綺麗事だけじゃ勝てない」  

     このあたりの情報から、「一年前のアイドルニューウェーブで妨害を受けて敗退し、そのことが原因で、彼女は今のような人間になった」のではないかなと。
     卑怯な手を使う側ではなく使われる側であると予想した理由は、光駆に対して自分のようだった、と言っているあたりですね。光駆はアイドルが綺麗な存在であると信じているので。それに似たというかつての彼女は卑怯な手を使うような存在ではなかったのでしょう。

     では、一年前のアイドルニューウェーブで彼女を陥れた人物とは?

     候補は一人しかいません。

     昨年のグランプリ、ミツルギマヤ

     私が考える、水桜の過去のあらすじ(妄想)は以下の通りです。

     神崎水桜とミツルギマヤは共にアイドルを目指す友人であった。
     アイドルニューウェーブでグランプリを獲得し、トップアイドルになるために。二人は共に高めあった。  そして、二人はアイドルニューウェーブの審査の舞台へ挑んだ。
     けれども。
     共に研鑽を積んだ仲だったからこそ、友人が自身の最大の障害になると悟った彼女は、友人になんらかの妨害工作を仕掛けた。
     その妨害が直接の原因で水桜はオーディションに落ち。対して、卑怯な手を用いたミツルギマヤが栄光を手にした。
     なんらかの事情でマヤが自身に妨害工作を行ったことを知ってしまった水桜は、自身を陥れたマヤを超えるため、再びアイドルニューウェーブの舞台へ挑んだ。
     今度こそ、絶対に負けるわけにはいかない。例え最強の相手がいたとしても。自らの手を悪行に染めたとしても——


     なんて妄想が過ぎますかね?ですが、私は一定の実在性はあると思っています。


     水桜はマヤのことを呼び捨てにしたり、「あんなやつ」扱いしたり、マヤの本性らしきものを知っているらしい、という描写があります。これらは水桜とマヤが旧知の仲であることの示唆ではないでしょうか。
     しかし、同年代の、ともにアイドルを目指した友人であった場合は、水桜の「アイドルを目指す友達っていないから……」という発言と一見矛盾しているかのように思います。これは、水桜が光駆を利用しようという旨の発言なのですが、別の視点で見れば「過去には共にアイドルを目指す友達がいた」とも取れる発言です。何故いなくなったのでしょうか?その友達がアイドルになってしまったから?なにかがあって絶交したから?あるいはその両方?
     また、一番最後に「やっとたどり着いた……あなたを追うことのできるステージに!」という発言もあります。これは、永い間ずっと敵対している相手に向ける言葉ではないように思えます。
     といった感じで考えると、妨害工作を行い神崎水桜を敗退させたのはミツルギマヤ説は一定の根拠がないでししょうか。
     ……拡大解釈が過ぎますかね?

     そんな感じで妨害をしまくったゲスの極み乙女な神崎水桜ちゃん。けれども、ただの妨害マニアじゃない描写も、ステージ以外できちんとあります。

     事情をしらない光駆に助けてもらったとき。友達になろうと誘われたとき。水桜は、このアイドルニューウェーブという一人しか勝者のいない舞台で、なにを甘えたことを言っているんだとも思ったことでしょう。
     けれども、彼女は妨害を行ったのは自分であると自白した後も、光駆のことは「光駆ちゃん」と呼んでいます。マヤは「マヤ」、草薙は「草薙」なのに!(一応最後に星蘭さん呼びしてますけどね。お優しいこと)。たしかに、水桜は光駆を利用しようとした。甘いことを言う彼女の在り方にイラついた。それでも、嫌いになりきれるほど、彼女は非情になれなかったのではないでしょうか。
     自白は、精神を楽にさせる効果があるといいます。もしかしたら、彼女は心のどこかでずっと、アイドルになるためにあくどいことを行うことが引っかかっていて。出来ることなら、すべてを晒して、悪であるかのようにふるまって。全てを終わりにして、許してもらって、あるいは関係を切って、楽になりたかったのではないでしょうか。
     演技の上手な神崎水桜の本心が、この物語のどこにあったのか。それは、彼女さえ知らないかもしれません。
     かつての水桜は、光駆みたいだった。この言葉は、嘘ではないと信じてみたいです。



    ・全体について


    『階のスターエレメンツ』という話を語る……というよりも、MILLION_THE@TER_GENERATIONというシリーズ、ひいては、ミリオンライブのシナリオ全体のシナリオに関して、私の見解を少し。

     ミリオンライブというコンテンツにおいて物語は、彼女たちの行動と性格を描写するためのもので、しかし、物語の根底は彼女たちに左右されてはならない。あくまで大枠のシナリオがあり、その中で動くキャラクターがいる。けれども、動くキャラクターは、その人であることに意義がある。……何となくですが、伝わってくれるでしょうか。

     アイドルマスターミリオンライブというコンテンツは、キラキラしていて、温かくて、優しいものばかりで構成されている劇場のお話です。それ自体を責めるつもりはありません。そういったものも、私は嫌いではないです。しかし、その柔らかな世界に、わずかながら不満を抱く人もいるのではないでしょうか。

     MILLION_THE@TER_GENERATIONというシリーズは、そんな優しい世界ではないです。
     騙したり、傷つけあったり、いがみ合ったり。優しいシナリオのほうが少ないくらいです。それは、この『階のスターエレメンツ』という物語も、きれいなだけではありません。
     この物語は、ゲームと同様に、少女たちがアイドルを目指す物語。ですが、そこにあったものは本編とは異なり、キラキラしたものだけではなく、彼女たちの暗い感情も、正しくない行為も、ありのまま描いたものでした。
     
     おそらく、ミリオンライブというコンテンツは、このようなお話をゲーム内でやろうとすれば、やれるのだと思います。そういう方針ではないから、やらないというだけで。

     だから、この物語が――
     MILLION_THE@TER_GENERATIONというシリーズが存在すること自体に意味があるのではないではないでしょうか。

     MTGシリーズで描かれたものは、彼女たちの異なる世界でのシミュレーション。薄暗い話も、ドロドロした話も、やろうと思えばやれる。けれども、劇場にいる彼女たちは、そういった諍いを好む人たちではないから、そうはならない。彼女たちの善性が、そういった話を望まないし、許さない。明るいお話が主体の世界で、暗い世界のお話――違うものがあるという事実は、より、明るい世界を顕在化させるもの。

     本来の劇場の世界線で描かれるモノが生ぬるいと感じる人もいるでしょう。見たいものと違うという人もいるでしょう。
     そういった人に向けて、様々なシナリオを用意したものが、MTGシリーズではないでしょうか。

     とはいえ、未だに自分で気に入った物語が無い人も、あるいは自身の考える彼女たちの姿と違うものしかないと嘆く人もいるでしょう。
     ならば。描けばいい。作ればいい。

     彼女たちが存在している世界は、何も劇場だけじゃない。
     彼女たちの描ける物語は、優しいだけではない。
     異なる過去を与えてもいい。種族から違っていてもいい。
     それでも、彼女たちが彼女たちであるのならば。


     彼女たちの定義は、曖昧です。観測する私たちの記述によって、その性質は変わります。

     粗削りな彼女たちは、だからこそ、想像を――物語をまとえる

     観測者にしか過ぎない私たちができることは、そんな彼女たちを伝えることだけです。

     MTGというシリーズで描かれた物語の最後に用意された『ギブミーメタファー』という曲は、そんな彼女たちの在り方を――「すべて晒すから、私を見てほしい」とさらけだすという、アイドルや創作を貫く建前さえも晒した歌でした。
     MTGシリーズで描きたかったものに対する解説であり、私たちへの回答なのだと、私は思っています。


    ・終わりに


     この記事を最後まで読んで、まだ買っていないMTGシリーズがあるのならば。ぜひ、CDを入手して、ドラマも楽曲も、両方をお楽しみください。

     ミリオンライブというコンテンツが好きな方なら、後悔はしないはずです。




  • 【ミリオンライブ】生命の燃える瞬間を描いた物語『屋根裏の道化師』感想【ネタバレあり】

    2018-12-01 22:00



    バレ対策のクッションなどおきません。

    タイトルにあるのでそこで回避してください。



     めっちゃ面白かったです。

     色々な伏線がガバい、って言われてたりします。特に<コレットの出生>に関して。下でガバイな…って思ったところを挙げちゃてる人間なのを見てもらえれば分かる通り、私も確かにガバいな…と思っていないとは言いません。

     ですが、サスペンスって事件が起きたことによる不穏な人間関係の雰囲気を楽しむものです。対して「謎そのもの」を楽しむのは、ミステリーや本格推理の類です。初代バイオハザードはホラーサスペンスだったりします。あれ、全くミステリーっぽさはあまりないでしょう?また、ミステリーの古典として極めて広く認知されている探偵小説である『シャーロック・ホームズシリーズ』ですが、このシリーズは冒険小説の側面を持つときがあります。みたいな感じで、サスペンスとミステリーは親和性こそ高いけれども、実は全く異なるジャンルだったりします。

     本作『屋根裏の道化師』はそもそものジャンルが「劇場サスペンス」です。なので、私は最初からいわゆる「本格推理」的なものは全く期待していなかったんですよね。人間ドラマを期待していました。そして、実際その通りでした。

     なので言います。声を大にして言います。

     めちゃくちゃ面白かったです。
     本当に面白かった。

     確かに、事件そのものの情報自体はあまり多くありません。しかし、だからこそかなり色々と考えさせられるドラマで、こちらに考察の余地がかなりある。それがいいのです。


    事前予想

    ・アナザーアピール
     →最後は犯人が自死するのでは?
      
    ・最初の「この役の『最期』まで」からラスサビの歌詞モロモロ
     →役の終わりは事件の終わり
      →最後に自死説の補強

    とか、あとは、まあ、諸々を考えて、主演のコレットが犯人と推測しました。殺人者……というか屋根裏の道化師を理解するために殺人を犯したのでは?という動機が一番わかりやすかったから、というのもコレット犯人説の一端です。
     ワンチャンミルズが糸引いてるのかなぁ~って思ってました。「誰が仕掛けたのでしょう」って歌詞ですね。ただ、被害者側に回ったミルズが殺される前に思ったことなのかなぁって気もしたので、こっちの考えはあくまで傍線でした。

    ※ 完全なるメタ推理です。推理小説でこのような推理をやってはいけません。作者への冒涜です。


     ただ、初めて聞いた際は、ワンチャン本格推理やってくれる可能性にかけてメモとってましてですね、それでかなりの分量を取りながら聞いていました。ネタバレ……というか事件の真相については何も書いていないので、最悪誰が犯人かはこのメモまでは大丈夫です。

    以下メモ。

    事件の謎
    ・亡くなったのはプロデューサー。
    ・マドリーン「怖い声が聞こえた。鍵がかかっていた」
    ・鍵を開けたのはコレット
    ・現場は完全な密室、殺人には毒
    ・鏡文字で3と4が書かれたカードが残されていた
    ・プロデューサーはリハ前にコレットと出会った、最後に出会ったのもコレット

    ・二つ目の死体はマドリーン
    ・朝、中庭を歩いているときにシンシアが死体を発見した
    ・鈍器で頭を殴られた
    ・警察が見張っていたが、何者かが現れたりはしていない
    ・敷地内に大きな屋敷がある、現在は寮として使われている

    ・三つ目の死体はモニカ
    ・刃物でベッドでさされ、仰向けに倒れた
    ・相変わらず密室
    ・ベッドの上にリトルミルズ
    ・ピアノ線……持ち手まで血がべっとり
    ・リトルミルズには腕に仕掛けがされていて、包丁を投げることができる
    ・ミルズはモニカ殺しを否定はしない、肯定もしない


    ・コレットには帰るところがない、何かあったら引き取るのはミルズ
    ・コレットは突然招待状だけ持って劇場にやってきた
    ・ミルズはもともと手品師。劇場で働いていた。腹話術もできる

    ・犯人はミルズ、遺書も見つかった



    屋根裏の道化師について
    ・お芝居のタイトルだが、かつてあった殺人事件が元ネタ。
    ・コレットを主役に選んだのはシンシアさん
    ・かつて働いていた道化師が殺人を犯し、屋根裏に隠れた
    ・屋根裏は配線が入り組んでいて手が出せない、隠し扉もあってもできない
    ・コレットが演じるのは「道化師」。優しい役。

    その他
    ・リリー警部、ウォーカーくんと旧知

    気になる点
    ・毒ってだけで自殺の線を消すのはちょっと…
    ・裏でなる鐘の音が気になる


     こちらのメモ、真相を知った後に見直すと「なるほど~」ってなる要素がいくつも見つかって面白いです。ただ、作中の事件へアプローチを仕掛ける材料につかえるのか?って言われると、本格じゃないのでほぼ無意味です、としか言えません。ハイ。最後のなんて、自分が「密室で毒をあおった人は自殺か他殺か」のロジックを書いた経験があるので「毒だから他殺」のロジックがものすごく引っ掛かっちゃったって感じですし、なんならピアノ線の仕掛けがあるのなら床や壁に跡があるか確認しろ!って怒りながら聞いていました。細かいところに目くじらを立てるようではダメダメですね。

     しかし、本格ではないのでそこは焦点になりません

     これは、劇場サスペンス。劇場を中心として起きた事件を通じ、彼ら彼女らの人間性とドキドキ感を楽しむ作品です。なので、事件自体はゆるい部分があったとしても、人間が良かったので、この作品は良い作品なのです。


     個人的にグッと来たところをいくつか。

    ・現場に残された「3と4を裏返したカード」の謎

     ……はい。おそらく、作中で提示された謎の中で、唯一探偵からマトモな回答を頂けたのがこれになります。
     この謎は最後にコレットが日本人を母に持つことを明かされ、初めて意味を持つものになりました。「43がえり」。聞けば非常にチープなダジャレのようですが、個人的に凄くいいなぁと思ったんですよね。
     私、ずっとこの謎が解けませんでして。手元に実際に複数パターンの「34」を用意して聞いてたんですよ。
     3を反対にするとEみたいになるし、Eastの頭文字ってことで、犯人は東国出身とかか…?4も方位記号みたいだし…なんて(結果的には合ってるけど)ガバガバなこと考えてました。4を逆にしても方位記号にはなりません。他にも、電卓のようにして縦に34を積んで書けばコレットみたいになるな…みたいなこととか(コじゃなくてCになるだろ)EH…?とかいろいろ考えまして。ThreeとFourを逆から…これも意味ねえな…わかんねえ……ってなるくらいには考えてました。
     なので、ひっくり返った3と4は『よみがえり』……『屋根裏の道化師』の復活を示唆していましたは、正直膝を打つほかなかったです。ダジャレといわれようとも、確かに私にはこれ以外考えられませんでした。別の説が思いついた人、います?

     そしてこのは、確かに事件の謎を解くための仕掛けとして機能していたでけでなく、非常に叙述トリック的でもある、という点で私を非常に興奮させました。

    ・登場人物たちは全員日本人ではない名前をしている
    ・しかし、彼らは全員日本語を話している
    ・3と4を『ヨ』『ミ』と読む人間はいないから登場人物が気づかないのは当然
    ・紬の方言ネタを向こうでのなまりとしてネタにした

     と、見事に我々が「34」は日本語で読むのではないか、と考える方向性を断っています。特に二つ目。日本人ではない作中人物たちが日本語を話すのは極めてメタ的な理由です。

     しかし探偵は我々と違う視点を持っているため「『さん』と『よん』」として認識していなかった。彼は「ReturnしているThree & Four」を「よみがえり」と読み、犯人特定に使った。なるほど、これは私たちの認知の穴をついている良い仕掛けです。叙述トリックとはこういうものですよ。

     ただ、個人的な意見としてはコレットが日本語に通じている、という伏線が欲しかったなぁ、とは思います。例えば、他の人は英語圏で使われていることわざを使うが、コレットは日本語のことわざを使う……とか。そういった引っ掛かりがなかったのは、少し残念かなぁ、と思うところです。

    ・『屋根裏の道化師』とミルズ、コレットに関して

     まずは『屋根裏の道化師』とミルズの情報をおさらいしましょう

    ・ミルズは劇場ミリオン座の最古参(最低でも20年以上在籍している)
    ・劇場の各地にある隠し通路を知っていたのは彼だけ
    ・「道化師」は優しい人物であったが故に殺人を犯した

     おそらくミルズが道化師その人で間違い無いと思っています。
     本当は手品師・奇術師だった屋根裏の怪人がいつしか道化師に変わったのか、あるいは道化師として働いていたミルズが手品師だったと嘘をついたのか……真相は分かりませんが、まあ、ミルズが屋根裏の道化師その人でしょう。とくに「隠し通路を知っていた」のは、伝承通りである、他の誰も隠し通路を知らないいう一点からこの説以外の線はおおよそ無いと思っています。

     そこで不思議になるのが「ミルズはなぜ殺人を犯してしまったのか」です。
     キーになるのは、ミルズとコレットの母との関係性でしょう。
     ミルズはコレットの母を愛していた。コレットの母の幸福を阻む障害があり、彼女は非常に悩んでいた。ミルズはそれを取り除くために劇場に棲む怪人に…『屋根裏の道化師』になった。けれども、コレットの母はミルズと関係を持ったが故に劇場を離れることに……といったストーリーがあったのではないか、と妄想しています。

     劇の『屋根裏の道化師』は愛する者を殺した……コレットからそう語られます。けれども「愛する者を守るための殺人を犯した彼だが、劇場から愛するものがいなくなった」というのが真相で、それが変形して愛する者を殺したという伝承になったのか、それとも演劇は伝承通りではなかったのか……どちらかは分かりません。伝承は変化する者ですし、何十年も前からある伝承というのが嘘かもしれません。どちらでもあるとも思いますし、上の仮定が間違っている可能性もありますが。
     とにかく「ミルズが『屋根裏の道化師』である」という可能性は、この悲劇にかなりの奥行きを与えてくれています。大好き

     『屋根裏の道化師』は自らの生のためにコレットが罪を重ねた物語ですが、その発端は、ミルズとコレットの母のお話があり、そして、それこそが『屋根裏の道化師』という悲劇を作り上げたのでは……という可能性がある。実に面白いじゃないですか。

     ミルズはコレットが犯人である可能性に気づいていたでしょう。コレットが愛した女の娘であると知っていたでしょう。その上で、ただ彼女を守るため、自身の愛した劇場を守るため、自分がプロデューサーなどの3人を殺した犯人であると偽り、自死までしたのではないでしょうか。どれだけ彼が苦悩したか。想像してみてください。めっちゃ興奮します。

     『屋根裏の道化師』。それは、二人の人間が己の目的のために殺人を犯す『屋根裏の道化師』となり、そして秘密を残して劇場で自決した物語です。娘と父のたしかな繋がりを感じさせる、ハートフルなエピソードですね!

    ・シンシアについて

     シンシアさん。個人的には、ストーリー上では一番影が薄かったかなぁ、と思っていました。ミスリード要因として活躍したわけでも、また事件の重要な情報をこぼしてしまうようなわけでもなく。狂言回しといいますか……どこまでもドラマに振り回される役どころでした。
     そんな「事件に影響を持たなかった」彼女こそ、このドラマが孕んでいる狂気を最も演出している人物だ、と今の私は考えています。

    ・次回公演の制作サイドが1人、出演者が2人亡くなり
    ・さらには劇場支配人がそれらの殺人の犯人であり
    ・その劇場支配人は劇場の中で自決してしまった。
     まっとうな人間なら、舞台の幕が上がることなく公演は中止するでしょう。にもかかわらず、彼女(たち)は演劇を完遂させた。演じ切ってみせた。「これしかない」からと、亡くなった者たちの想いも背負うと。
     ですが、親しい人が亡くなったのなら足を止めて悼むべきです。大切な人が亡くなったなら悲しむべきです。殺人犯が身近な人だったなら、その人を責めてもいいはずです。そうするほうが自然なのです。
     それでも、彼女は、芝居の完成のために動いた。コレットを最後まで演じきらせた。舞台を完遂させ、客席を埋め尽くし、そして「スカっとした」のです。
     そのようなことができた彼女もまた、劇場に魂を売り渡した狂人だったからにほかなりません。真っ当に見えた彼女も、狂気の舞台の役者であったのです。

    「だって人が死んでいるのよ!?」
    「みんな狂っているわ!」

     そう言って死んでいった彼女が、最も正常でした。
     正常だから、死んでいきました。


    ・めちゃくちゃ個人的な話(アイマス関係なくなるので飛ばしてもらっても構いません)

     最近アクタージュって役者を描いたマンガにハマってまして。んでこのマンガにはなんと「役作りのために狩猟免許を取得して熊を殺した青年」「『人を殺したことを隠して友人と遊ぶ女子高生の役』の役作りのためにナイフを持って友達と街を練り歩いた少女」「演出のために自分の死さえも利用する演出家」が登場するんです。ネジが外れたヤツばっかです。そのマンガも『屋根裏の道化師』も、登場人物がドイツもコイツも狂っている話ですが、まあ、聞きながら思い出し、かつ勝手に符号を見出してしまったりして、一人笑いをかみ殺していました。

     役者ってどこかズレていないとホンモノにはなれないのかなぁ、などと思わずにいはいられません。
     


     最後になりますが、これだけ妄想が広がる作品はそうはありません。
     確かに、推理小説としてみたら緻密さなんてないと言われても仕方ないと思います。けれども、これは事件解決の小説ではなく、人間を描いた演劇。破綻した人間だらけでも、いくら物語にすきまがあろうとも、その描写には一切の破綻はないのです。なれば、この作品は間違いなく素晴らしいものである、と断言できます。
     また、すべてを語らないからこそ、こちらにも想像と創造の余地がある。ミルズの過去、コレットの過去、ウォーカーとシンシアたちとの出会い、『屋根裏の道化師』以前の劇場、『屋根裏の道化師』以後のウォーカー……いくらでも想像が可能です。様々な空想をこの物語は許容してくれます。それは、間違いなく優れたつよさを持つ物語の証左ではないでしょうか。私はそのように考えます。


     本作『屋根裏の道化師』は、ミリオンライブのドラマパート最長にふさわしい、重厚で、ほろ苦く、しかしたしかに、彼女たちの生命の灯火の美しさを、エピローグの最期まで描ききってみせた物語でした。


     このCDの制作にかかわった方々、また、TBで投票を行ったすべての人に感謝を。そして、彼女たちの魂が、健やかに眠りにつけることを願って。




     ……TC、楽しみですね?