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【映画】『幕が上がる』見てきたので感想を書きます。(ネタバレあんまりなし)
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【映画】『幕が上がる』見てきたので感想を書きます。(ネタバレあんまりなし)

2015-03-09 23:23
    いやあ、自分が女子高生時代のことを思い出すようでした…

    というボケは深夜の馬鹿力より引用ですが、話題の映画『幕が上がる』を見てまいりましたので、ちょっと感想をば。



    言わずと知れた劇作家である平田オリザの書いた同名小説の映画版です。
    私は演劇には疎い方で、平田オリザの演劇は見たことないのですが、想田和弘によるドキュメンタリー映画『演劇1』および『演劇2』で平田オリザ自体のことはなんとなく知っていて(この映画がまたドキュメンタリー映画の例に漏れず長いんですが)、現代口語演劇なる概念を提唱していて、まあ詳しくはググるなり彼の著書を読むなりしたほうがいいと思うんですが、具体的な場面を想定するならば、平田オリザの演劇は、演劇なのに役者がボソボソしゃべったり、後ろを向いていたりします。
    すなわち、「芝居がかった演技」ではなく、「日常のふるまい」を舞台に持ち込んだのが平田オリザなんですね。

    ものすごい脱線しますが、演劇・演技と芸術、遊びと芸術と言えば、ドイツの哲学者ハンス・ゲオルグ・ガダマーが思い出されます。
    難解ですが、興味のある人は『真理と方法』をどうぞ。



    さてさて、この映画『幕が上がる』はそんな平田オリザよりも、ももクロことももいろクローバーZの5人がメインの役を務めるということで話題になりました。
    私自身ももクロは嫌いでもないけど特別好きでもないので、あまり感想に肩入れはしていないつもりです。

    監督は踊る大捜査線シリーズや『少林少女』で有名な本広克行
    脚本は『桐島、部活やめるってよ』の喜安浩平です(声優ファンには海堂薫役の人といった方がピンとくるけど)。



    さて、ググればだれでもわかるような映画情報はここらへんまでにして、超簡単にあらすじを説明するならば、弱小演劇部の女子高生ががんばって全国を目指す話です。
    全然難しくない、誰でも受け入れられるストーリーだと思います。
    また伊集院光を引用するならば、弱小野球部が甲子園を目指すといったありがちな話の演劇版ということです。
    そして、これ、一言で感想を述べるならばおもしろかったです。

    第一にももクロ主演ということで、ももクロファンのためだけの映画になるのではないかと思っていたんですが、そんなことはなく、「ももクロ」成分は抑え目で、作品とのバランスがとれていたと思います。
    もちろん、突然ももクロの曲がかかるシーンとかもあるのですが、主役のさおり(百田夏菜子)が寝落ちして夢を見てるシーンとかなので、あまり違和感ないし、もうひとつ、曲がかかるシーンでもまあ、あまりしつこくありません。
    ED曲ももちろんももクロなのですが、これは本当にいい。
    普通にMVのようになっていて、ももクロちゃんたちが踊ったりしています。
    これ単体でもいい映像だと思うのですが、映画を見た後だと、ももクロが踊ってる!じゃなくて、本当に女子高生たちがはしゃいで踊っているようで違和感なく見られるというか、すごい可愛く感じられるというか、まあ、とにかくいいのです(適当)。

    第二に、主役のさおりの移り変わりがよかったです。
    この子、物語の最初の方は心のセリフがものすごい多いのです。
    モノローグ演出が多すぎて、ちょっとださいな、とも思ってしまったのですが(脚本が桐島の人だからなおさら比べてしまう)、これは後半まったくなくなります。
    つまり、そういうダサさや後半の成長を強調するための演出なんですね。まあ、やり過ぎの感もなくはないのですが。

    第三に吉岡先生の役柄が最高でした。
    吉岡先生とはこの物語の舞台となる富士ヶ丘高校に新任してくる美術教師で、その正体はなんと「学生演劇の女王」とまで呼ばれた人。
    なりゆきで、富士ヶ丘高校弱小演劇部の顧問(見学って言ってたけど)になります。
    黒木華(くろきはる と読むらしいですよ!)という役者が演じていて、これがまあはまり役。
    学生演劇の女王という役柄なわけですが、まさにその雰囲気バリバリ。
    あまり女の子してないというか男っぽいしゃべり方をする役なんですが、これ、合わない人がやると、演技してる感出まくって見てらんないんですが、この人は至って自然です。
    正直、ももクロちゃんたちはたいして演技はうまくないので(平田オリザはワークショップを通して上手になったって言ってたけど、一対一のシーンとかはちょっと…)、この人の役が特に輝いていました。

    まあ、このももクロのある意味危うい演技が、逆に良かったというのもあります。
    彼女たちは希望と不安いっぱいの女子高生です。
    完成されていない演技から高校生らしさがにじみ出ていたのではないでしょうか。

    未熟ということはある意味では武器になります。
    例えば、同じく演技という点で、宮﨑駿や細田守らは自身の作品の役に声優としては素人であるはずのタレントを多く起用します。
    これは、まあ、宣伝効果を狙っているということももちろんあるとは思います。
    ただ、声優には声優の声の出し方があり、それはやはり普通の話し方とは違います。
    彼らの作品はアニメファンだけでなく、普段アニメを見ないような層も見に来るから、声優の声に、逆に違和感を持たれるということもあるのかもしれません。
    まあ、だからと言って棒なのはもちろん自然ではないわけで、それはやっぱりダメかもしれませんが。

    芸術の世界では、アール・ブリュット(英語ではアウトサイダー・アート)というものがあります。
    これはフランスの芸術家ジャン・デュビュッフェが「発見」した芸術概念ですが、つまり、彼は、子どもや、精神障害者、知的障害者など、専門的な芸術教育や、既存の芸術観を享受していない者の絵画や作品に芸術性を見出しているのです。
    ここでは、明らかに「知っていること」や「熟練していること」が枷として捉えられていて、その枷をはめられていない者の作品の魅力が説かれているのです。
    「仕事」においては、普通、熟達していることが必要ですが、こと芸術においては、それすらも創造性の自由な跳躍を阻害するおもりとなってしまうことがあるのです。
    しかし、一回知ってしまった以上、あるいはスキルを身につけてしまった以上、そこから未熟者に戻ることはできません。
    だからこそ、ある意味で素人であるということは尊いのです。



    またもや大きく脱線してしまったような気がします。
    映画の話に戻ると、この映画には小ネタもうざくない程度に盛り込まれていて、職員室の先生がももクロのタオルを使っていたり、こまばアゴラ劇場(これも平田オリザの経営する劇場です)で、平田オリザの顔の模型を持っている人がうつってたりします。

    また、この映画は演劇の魅力(というか魔力)というものが裏テーマになっているような気もします。
    結構、演劇で人生を狂わす人というのは多く、生活は困窮しても、演劇をやめられないという人はいます。
    あ、そういえば、山本直樹の『あさってDANCE』の主人公も貧乏な演劇学生でしたね。
    劇団の運命共同体的な部分や、演技することの快感が彼らにとりついているのでしょうか。
    そんなところも考えつつこの映画を見るとおもしろいかもしれません。

    あと、最後!最後はいいですね。最後のシーンは個人的にはかなり良かったです。
    タイトルがバーン!!


    なんかわりといっぱい書いてしまったので、尻すぼみですけどこんな感じで。



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