明治時代の地理の教科書が手に入ったので解読してみる その2
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

明治時代の地理の教科書が手に入ったので解読してみる その2

2017-02-22 00:13
    どうもです。
    前回は第一課まで読みました。今回は第二課を読み進めていきたいと思います。




    第二課 地理學上の位置
    地理學上にて、各地の位置を精密に指示するの
    便宜を圖(はか)り、假(かり)に地球の表面に数種の圜(えん)線を、
    畫(が)することあり、是所謂虚線にして、地球上に眞(まこと)
    に此(こ)の線あるにはあらざるなり、

    地球表面中、最北なる一てん(?)を北極と云い、最南な
    る一點(てん)を南極と云う、地球の表面に沿い、南極及
    び北極より、同距離の處にて、東西に地球を一周
    する線を赤道と云う、
    又、地球の表面にありて、赤道に平行せる線を緯
    線と言い、極に、書ける線にて、赤道と直角
    をなせるものを、經(けい)線と
    言う、
    緯線は、赤道より南北の



    距離を、度るが爲(ため)に、設くるものなり、
    而して緯線を計るには、經線に沿い、赤道より兩(りょう)
    極に向い算(かぞ)うるなり、北極に向かうときは、北緯幾(いく)
    度と言い、南極に向かうときは、南緯幾度と言う。南
    北緯共に九十度に至る、
    又、經線を計るには自然の定(てい)りなきお以て、一地
    方を經過する經線を以て、基(もと)となし、東西に算う
    るなり、其線より、東に向かうときは、東經幾度と言

    い、西に向かうときは、西經
    幾度と言う、我が日本に
    ては、東京を經過する經
    線を基(もと)として、之を算う
    ることあれども、通常英
    吉利國(イギリス)ぐりにつちな
    る司天台を、本位として
    算うるなり、經線は、東西
    共に百八十度に至る、
    地球の兩極を經過し、兩




    個同じ大さに分割する一線を畫するときは、其
    一半を、東半球と言い、他の一半を西半球と言う、









    第二課全て読み終えました。では、簡単に読み替えてみます。

    地理学上にて各地の位置を精密に指示するという意味で
    仮として地球の表面に数種の円線を画く。
    これは地球上には実際に無い線である。
    地球の表面中最北の一点を北極といい、最南の一点を南極と言う。
    地球の表面に沿い、南極及び北極より同距離の所に
    東西に地球を一周する線を赤道と言う。
    又、地球の表面において、赤道に平行する線を緯線と言い
    極より極にかける線にて赤道と直角になるものを経線と言う。
    緯線は赤道より南北の距離をとるがために用いるもので
    経線は東西の距離をとるがために用いるもの。

    そして緯線を計るには経線に沿い、赤道より両極に向かいかぞえる。
    北極に向かう時は北緯幾度と言い、南極に向かう時は南極幾度という。
    南北緯共に90度である。
    また、罫線を計るには自然の定理を元に
    一地方を経過する経線を基とし
    東西にかぞえる其線より東に向かう時は東経幾度といい
    西に向かう時は西経幾度という。
    我が日本にては東京を経過する罫線を基として、
    かぞえる事があるが、通常はイギリスの司天台を基としてかぞえる。
    経線は東西共に180度である。

    地球を半分に割る一線を基準とするとき
    半分のうちの一つを東半球といい、もう一つを西半球と言う。






    ・・・こんな感じになりました。
    大分言い換えてる部分もありますが、一応意味的には合うようにしたつもりです。
    ちなみに本文中にある司天台とは江戸時代に天文や暦関連の事を担当した役所の事で
    1782年に浅草に移転した際に天文台と改称されました。
    北緯幾度とか南緯幾度とかいう言葉、今は無いから
    人に教えてもらうまで分かりませんでした。


    では、次回は第三課を読みすすめていきたいと思います。
    ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。