ドラフトの大当たり・大外れ年を振り返る(バファローズ編)
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ドラフトの大当たり・大外れ年を振り返る(バファローズ編)

2017-08-14 22:35
    今回はオリックス・バファローズ編。
    93年からということで、当然ながら青波時代からの話となる。

    概要
    1月から2月にかけて生放送でおこなっていた振り返り放送でのネタ。
    基本的な基準はこうなっている。
    • 逆指名が導入された1993年以降が対象
    • 大当たり年:大物選手が2人以上、または大物+そこそこ以上の選手2人以上
    • 大外れ年:そこそこの選手が1人以下
    要は「ごく一部スター選手で夢を見る」のではなく、
    「チームを強くする」ことに主眼を置いている。
    ドラフト評論では往々にして「他9人が大失敗でも1人大物がいれば大成功」とされるが、
    ここでは超大物が1人だけいても大当たり年にはならない
    これは単年に限らず複数年にまたがる話でもある重要なポイント。

    大当たり年

    1996年

    逆指名導入の93年以降は高校生路線が続いたが、この年は大社のみの指名。
    谷佳知、塩崎真と野手の当たり選手を輩出した。

    2001年

    大量14人を指名したが高校生が1人だけ、契約金0制度もあって酷評された年。
    しかし平野恵一と後藤光尊が大当たりで早川大輔も移籍後に活躍した。
    一方の投手は本柳和也だけというのが痛い。全体の確率も物足りない。

    2005年

    高校生は辻内崇伸を外したが岡田貴弘の獲得に成功、大社は希望枠の平野佳寿に
    岸田護が成功と大当たり年になった。森山周、中山慎也も便利屋的存在に

    2011年

    高橋周平を抽選で外した後は社会人路線に転じた。守備の名手として知られる
    安達了一に佐藤達也、海田智行のリリーフ2人でそこそこの当たり年。

    大外れ年

    1994年

    4人の少数指名で1位嘉勢敏弘は左のワンポイント止まり、
    この嘉勢も含めて全員が伸びきらずしかも非常に短命と大失敗年になってしまった。

    1997年

    1位は4球団競合の川口知哉を獲得するも全く伸びなかった。
    あとは前田浩継がヤクルトで日本一に貢献した以外目立つところもない。

    2003年

    この年は自由枠の歌藤達夫が少し頑張った程度。
    あとは素材型中心の指名だったが伸びた選手はいなかった。

    大外れ年次点

    2007年

    高校生の伊藤光が伸びたが最近やや尻すぼみ気味。持ち直せば除外できそう。
    返す返すも小瀬浩之が悔やまれる年だろう。

    総評
    外れ年はそこまで多くもないが、全体的に当たり年が少ない。
    チームは2002年以降、合併後も含めて暗黒期と言っていい状況になるが、
    当たり選手を複数輩出できない年がこれだけ続いたのでは
    こうなるのも致し方ないと言ったところか。
    しかも大当たり年ですら2005年以外は他のチームと比べてどこか弱い部分が多く、
    載せていない年でも他のチームなら外れか外れ次点になっていて
    おかしくない年がいくつかある(2000、2009など)。
    当たり年のやや弱い点について見てみると、
    まず野手の当たり選手は長打力にやや疑問符のつく選手が多い。
    一方の投手はどういうわけかリリーフがやけに多く、先発投手が少ない。
    これは先発適性のある投手を獲得できなかったのか、
    先発タイプの投手の育成がうまくなかったのか、
    あるいは起用する際に安易にリリーフへ回してしまったのか。
    おそらくはこれらのすべての要素がからんでのことなのだろう。
    しかもそのリリーフ陣も全体的に短命の選手が多いという
    シャレにならない事態が生じていた。
    このへんが強くなれない、一度2位になっても長続きしない理由の一つと言えよう。

    次回はそんなオリックスが弱体化した理由などをもう少し掘り下げてみよう。
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