1978~92年のドラフト1位抽選
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1978~92年のドラフト1位抽選

2017-10-23 22:23
    前回のおまけ。
    1978年以降の全抽選成績はツイッターなどでも時々出回っているが、
    1位指名に限定した78~92年の抽選成績を見てみよう。

    左の1~3は一番人気~三番人気に入札した回数である。
    とはいっても、野茂英雄や小池秀郎に8球団が入札したケースや
    1981年のように2球団競合が2人であと8人が単独入札といったケースもあり、
    80年代前半には既に自由競争と揶揄されていた時代でもあるため
    あくまで参考といったところだが。

    何と言っても目立つのはヤクルトの運の良さである。
    一番人気に向かったときはそこまで当たっていないのだが、
    それにしても確率が最高でも.500の抽選で8勝5敗はとんでもない数字だ。
    ヤクルトは伊藤智仁以降当たらなくなった90年代を経て2000年代は再び連勝するが、
    2007年の佐藤由規を最後に外れ1位以外全く当たらなくなってしまった。
    運の偏りがずいぶん極端なチームである。

    入札が一番人気と単独指名に特化されているチームにも注目してみたい。
    西武は一番人気に向かうか、寝業を駆使しての単独指名を行うかの二択が目立つ。
    このあたりはいかにも根本陸夫らしさが出ているが、
    一方でくじ運の良さがあったことも忘れてはいけないポイントだろう。
    2球団止まりだった石毛宏典を除いても一番人気を3回当てた計算になり、
    1985年の清原和博獲得までの勝率は4勝3敗と勝ち越しているのだ。
    当時の回想などを見ると、根本はここでくじ運が尽きたと考えたのかもしれない。
    以降の根本はダイエー時代を含めても抽選は4戦4敗で逆指名や単独指名を駆使。
    西武では翌86年から4年連続で1位単独入札を敢行するが、
    果して「勇気がなくなって守りに入ったから」などと言えるだろうか。

    西武と同様に特攻と単独に分かれている阪神も面白いことになっている。
    最初の2年間は江川卓(森繁和と同数・森の獲得は西武)、岡田彰布を連続で引き当てるが、
    その後は84年に嶋田章弘(2球団)を当てた以外は全て抽選を外し続け、
    次に1位が当たるのは2007年高校生外れ1位の高濱卓也、
    一番人気獲得は2012年の藤浪晋太郎まで待たなければならなかった。
    一番人気を狙ってはくじを外すのが阪神というチームであった。

    最後に注目すべきは単独指名最多のロッテだろうか。
    2位以下の抽選では当たり率が高く通算勝率はそれほど悪くないはずのロッテだが、
    1位指名はできるだけ単独指名を狙い、抽選になってもくじが当たらない。
    唯一当たったのは強行指名で結局拒否された小池と、
    当時のロッテの不人気ぶりが非常によくわかる内容になっている。
    このときの小池のエピソードでもそうだが、
    編成が回避を予定していた一番人気の選手に
    現場の監督が向かわせるケースは意外と多いようだ。
    通説では「編成は一番人気の選手を求めているのに
    現場の監督が結果を求める(あるいは延命策)ために回避させたがる」とされるが、
    回避指名をするたびに外部の人間が勝手にそう断定するのは禁物である。
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