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今、日本の権力層に日本国民に一体感を持つより、米国の層に一体感を持つ人々が出てきてる
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今、日本の権力層に日本国民に一体感を持つより、米国の層に一体感を持つ人々が出てきてる

2013-04-21 20:59
  • 6

 最近の政治家、官僚、経済人、ジャーナリストには、日本国民と価値観を共有しているというより、米国の特定層と一体感を持ちたいという人々が増えた。
 この人々の思考には一般国民にどういう影響を与えるという思想が欠如しているようだ。
 安全保障では オスプレイの配備が典型的である。
 TPPも同様だ。
 この現象は不思議なことではない。
  私の『これから世界はどうなるか』 にこの現象を解説したものがあるので、抜粋する。
植民地主義とは異なった「帝国論」が出ました。昔の帝国論は宗主国の植民地支配です。新しい概念は支配される国の人々の一部が統治機構に加わります。
 もう少し、2000年前後の帝国論を見てきたいと思います。
 
2000年、一つの衝撃的な本が出版されました。『EMPIRE』。日本では2003年に『帝国』という名で翻訳が出ました。イタリア人ネグリと米国人ハートの共著です。「21世紀の共産党宣言」とすら言

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『これから世界はどうなるか』-目下6割ほど読んだところです。
73~74頁に出てくるこの「一体感」の件には、何か、またしても「王様は裸だ!」感がありました。このようにハッキリ言ってくれる識者には、なかなかお目にかかれません。

No.1 141ヶ月前

「最近の政治家、官僚、経済人、ジャーナリストには、日本国民と価値観を共有しているというより、米国の特定層と一体感を持ちたいという人々が増えた。この人々の思考には一般国民にどういう影響を与えるという思想が欠如しているようだ。」と言って、孫崎氏はそのような傾向に警鐘を鳴らしているおつもりかもしれないが、実は民主主義とは本来そういうものではないだろうか。古代アテネのアゴラに生まれ、中世末期の英国で暴君をたしなめることから果てはキングの首をはねるにいたった裕福な商人、貴族たちの集まりとして集大成をなしたのが民主主義である。すなわち、民主主義とはその時代の知識、情報の粋を知り尽くした一握りの集団の行為であり、決して今の日本のように成人人口の全体を代表する仕組ではない。そのような烏合の衆の意見を選挙という仕組みで吸い上げて政治を行えばうまくゆくだろうというのは、小学校の算数なみの単純素朴な考えで、うまくゆくはずがない。民主党が成立してちょっと躓けば、選挙で負けた自民党の資金で動かされる大衆雑誌記事に煽られ、それを鵜呑みにした大衆は再び自民党に鞍替えするだけで、そのたびに「民主主義」の日本の国政は左右に揺れる。といって、御本家のアメリカの政治も根本的にはおなじだが、彼我の差はアメリカにはさらに強力な資金源で建設された伝統ある情報収集分析力を備えた理論家たちが揃っており、強固な自浄能力と基本的にはぶれない仕組みができており、その点では全く政治に影響力を持たない日本のアカデミアは民主主義の助けにはならない。所詮、民主主義は絵に描いた餅である。といって、それ以上のシステムもないことも事実である。

No.2 141ヶ月前

「例えば日本の財務省首脳や金融機関の首脳は、日本人の一般国民と同じグループにいるという認識よりは、米国を中心とする金融関係者と一体感を持っていると思います。」の意見は、公認会計士制度のグローバル化の現状と整合的であると思います。公認会計士である私自身、公認会計士制度における90年代以降のグローバル化の進展は、必要なことと思っていますが、一般国民の目線を忘れてしまっては本末転倒であることを忘れないように心がけたいですね。

No.3 141ヶ月前

紹介いただいた「帝国」という本は大学学部生授業の参考書としても使用されています。その授業科目のねらいは、「感情は生命の本能ではなく,教育された習慣であり,この無意識的な習慣に政治経済が操作を加えることで管理が可能になる点を,各自理解する契機となることを願う。」だそうです。私自身は理系であるため意識的にこのような本は避けてきました。日々さまざま解決しなければならない数理的問題を抱えているからです。しかしそれではいつのまにか隷属的構造の中に埋没させられてしまうという可能性が大きいことがわかりました。いわば無意識のうちに「帝国」の勤勉な一員になってしまうわけです。一人一人が管理されている感情から独立していくためには、更に理性を鍛え上げていく必要があると思います。そのためにも孫崎先生の情報発信は大いに資するものであると感じています。

No.4 141ヶ月前

>>2
貴殿のご指摘はむしろ「資本主義」又は「アリストクラシー」の定義に近いものではないですか?「民主主義」の起源はどうであれ、古代ギリシャから現代までその意味は時代とともに変化してきていると思います。民主主義、社会主義、共産主義、いずれも理念は素晴らしいが、どれも結局は支配層と奴隷(民衆)に分かれてしまい本来の理想を具現できないのです。しかし我々は常に理想を求めてゆく責務があります。デカダンス的な服従姿勢はいかがなものでしょうか。

No.5 141ヶ月前

>>5
 理想の追求はもちろんですが近代の失敗はまさにその理想郷の存在を信じていることそのものにあると思います。右派左派ともに西欧の啓蒙思想に基づく人類の力とやらを夢想しています。民主主義の概念はもっと幅広く、奥行きがあるべきでしょう。2さんもlilyさんも社会共同体の中で闘争を行うことを前提条件に組み込んでしまっています。
 イロコイ連邦、中世ポーランド共和国、etc...、人類史の中で共同体に所属しながら自己利益の極大化を目指すことを共通の目標に掲げない民主的な社会集団は数多く存在します。我々は中世を再建する段階に来ていると思います。経済的発展に基づかない社会体制を築かなければ待っているのは極小による全体への支配のみです。

No.6 141ヶ月前
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