【「沈みゆく日本」】
 日本は1968年に西ドイツを抜き、世界第二位の経済大国となった。それは当時、「東洋の奇跡」と称された。
 世界各国は敗戦国の日本がなぜ、経済大国に成長したのかを真剣に調査した。その時、指摘されたのは次の点であった。
 ▽教育水準の高い労働力▽軍事力ではなく、平和的な国家の建設に注力▽官庁が行程を描き、官民一体で経済合理性を追及する。いわゆる「日本株式会社」で、中核を通産省(当時)が担ったこと――などだ。
 しかし、今日の日本の姿は見事に真逆である。
 日本の高等教育の在学者1人あたりの公財政教育支出は、OECD平均の54%にとどまっている(教育業界ニュース)。
 平和路線を捨て、自衛隊は米国戦略の先兵になる道を突き進んでいる。
 日本の官庁は、かつては国益を追求したが、今や「米国の意向に沿う」ことが政策決定の中核になっている。
 1990年代に日米貿易戦争と言われる時代があり、首相官邸の協議の場で、通産官僚は日本企業の保護を優先するよ主張していた。ところが、今は日本の国益よりも米国を優先することが政策の核となっている。
 今の日本にもはや「沈みゆく」を止める力はない。日本社会は国会議員、国家公務員、マスコミ、大学教員などが総じて〝緩い規制〟に縛られ、日本のあるべき姿などについて発言したり、行程を示したりすることが出来なくなっているからだ。
 こう論じると、いや、政治家ではこういう人がいる、ジャーナリストにはこういう人がいる、学者にはこういう人がいる、などと反論が出る。しかし、極めて影響力が乏しいのが実態だ。
 政府や政権政党は好ましくない人間を排除に動く。SNSなどを利用し、特定個人へ非難を集中させて巧妙に言論の場から遠ざける土台を築く。主要な場で反対意見を存在できない仕組みを作り上げるのである
 私は外務省にいた。周囲には真摯に学ぶ人が大勢いて、勉強会も作っていた。そうした中で練り上げられた政策が1977年のASEANに対する「福田(赳夫)ドクトリン」につながった。
 通産省も夏場、省をあげて「新政策」を論議した。首相を志す者は「勉強会」を持ち、懸命に政策を学んだ時代だった。
 しかし、そういう時代は終わった。日本はほぼ全ての分野で「あるべき姿」を主張する者を排する社会となった。
 この国は「沈みゆく」しかない。