とあるマグナムの日常 第056話 日本の給料と雇用制度について
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とあるマグナムの日常 第056話 日本の給料と雇用制度について

2016-02-09 01:07
  • 4
たまには真面目な話でもしようかなと。
日本の企業においては雇用制度は終身雇用制度、給料は年功序列となることが多いです。
老害が金もらうのはムカつくとか、無能なやつが大金もらうのはあかんとか色々な意見はあると思います。

そもそも給料にどんな性質があるのか。これを考えます。
まずいろいろな人にこんなアンケートを取ったとしましょう。

「労働者の給料はどのようにもらって欲しいですか?」

多くの人はこんな答えをするんです。

・能力に見合った給料。
・成果に応じた給料。

これをこんな形の質問に変えると、

「あなたの給料はどのように欲しいですか?」

・努力に見合った給料がほしい。


給料をもらう視点を変えるだけで答えが変わってくるんですよ。
社会全体として捉えた場合には能力や成果といった非常に合理的な回答が返ってきます。ただし個人の主観として給料を捉えた場合には努力という非合理的な回答になるんです。
実際自分でイメージするとわかりやすいかも。

給料は視点によってそんな変化があるんですが、これが年功序列となんの関係があるのかと。
日本の給料は能力や成果、努力といった答えではなく、【生活保障】という視点で見ています。日本人が成人し、仕事を始めて結婚し、子供が生まれて学校に通わせる。これってお金がかかるんですよ(僕は結婚どころか彼女もいない。。。)
この家族の生活を保障するためには少々能力が低くても、成果がでなかったとしても給料を多く払う必要があるわけです。そのため年功序列や終身雇用などの制度ができあがったのだと認識しています。なので実は年功序列や終身雇用って必要悪みたいなもんなんです。
こーやって色々な視点から物事を見るのも楽しいですね(小並感)











実はこれ全部有識者の方に聞いた話なんです。。。
終わり。
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たしかに。
53ヶ月前
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なるほど・・・!
勉強になりましたのぜ。

>努力に見合った給料



>能力に見合った給料
>成果に応じた給料

は、同じではない・・・と。

努力をした分成果がでるとは限らないし、
向き不向きもあるから、努力家が能力を得るとは限らない。

そして、肝心の「能力」と「成果」を判断するための
絶対の基準もないと。

そしたら、「努力」を「勤務時間」として見て、「残業代をあげる」のが、
労働者の不満が出にくいあり方なのかナ。
53ヶ月前
×
>>3

コメントありがとうございます。

努力を勤務時間としてはかった場合には残業代をあげることで労働者の不満は解消されるとは思います。
ただし、これは労働者の不満がお金というものに依存している場合だけで、他にも労働時間や労働環境など様々な要因で労働者は不満を持っていると考えられます。また、会社は成果(利益)を追求する組織なので、勤務時間=努力とみなして給料等を上げた場合、会社は実際の成果と不釣り合いになってしまうため上げにくいんじゃないかなと考えております。残業した成果が必ず残業代を上回る利益であれば会社も給料出しやすいと思うんですけどね〜。。。
53ヶ月前
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>>5
お返事ありがとうございます。

自コメント一点訂正しますのぜ「残業代をあげる」→「残業代を提供する」のつもりで書きましたのぜ。「残業代を高くする」の意味にも見えて申し訳ないです。サービス残業のない状態、現状の労働法に沿った状態が、労働者の不満も出にくく、かつ企業側もなんとか耐えられるラインだったのかなあと。 でも不景気の今は、作っても売れない状態に企業が耐えかねて、「成果給」、「能力給」と叫ばれだしたように思いました。

しかし、モノが売れとらんし、分業化が進みまくってるのに、どっからどこまでが誰の成果で誰の能力によるものか余計分からんと思うのよね。モノが売れない時代だからこそ、買ってくれる大口の相手を引っ張ってきた奴が一番の成果と捉えられれば、その大口の相手にコネがある奴が凄い、モノ作りは安いとこにでも外注すりゃあいい、という考えになって、日本の現状があるのかなあ。

個人的には、生活保障の側面は大事やと思ってます。 凡人が食えなくなれば、実力社会ですらなくなると思うんよね。一部能力者とその遺族、親族の、好みやコネで色々決まる世の中になると思うのです。 多くの一般人が喜ぶような技術を作っても、その対価を払える人が居なくなるから。一部能力者の顔色を伺うことが第一の仕事になるような世の中。昔の王制、貴族制みたいな感じになるかも?
53ヶ月前
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