第1回の開催から今年でちょうど四半世紀が経つ麻雀最強戦。麻雀最強戦レポーターの梶やんが、近代麻雀で掲載された過去の名対局やエピソードなどをピックアップし紹介する[不定期連載]
第6回最強戦はそのシステムを一新して行われました。今まで予選は読者予選だけだったが、「竹書房新人王戦」「漫画家選抜大会」「読者選抜大会」「最強戦選抜大会」「各界雀豪選抜大会」の予選会を4ヶ月にわたって開催。本大会は翌96年1月16日に賞金総額300万円とグレードアップして開催されます。なお95年の主な出来事は、「松本サリン事件」「村山内閣発足」「金日成・北朝鮮国家主席死去」「大江健三郎、ノーベル文学賞受賞」などがありました。
ちなみに、私も新人王戦に出場しました。ベスト16まで進みましたがそこで敗退。決勝には、後の鳳凰位となる原田正史プロ(プロ連盟)、後のマスターズチャンピオンとなる室生述成プロ(プロ連盟)を抑え、鎌田直明プロ(プロ連盟)が制しました。
前年度の最強位・山田英樹さんは、この年から雀鬼会が最強戦を辞退することに伴い、本戦へは参加せず。本戦に出場したのは、萩原聖人・秋本鉄次・飯田譲治・倉田てつを(各界雀豪選抜大会)、浦田和子・福島治・忍田幸夫・安藤満(最強戦選抜大会)、深井利基・坂口和大(読者選抜大会)、来賀友志・村野守美・甲良幹二郎・おーたみのる(漫画家選抜大会)、鎌田直明・原田正史(竹書房新人王戦)の16名。
とりわけ注目は安藤満プロでした。システム変更となった今回は選抜大会からの出場。昨年は近代麻雀による「プロ否定宣言」を真摯に、かつ怒りと悔しさをもって受け止めました。誰よりも最強位を取りたかったに違いありません。選抜大会の安藤プロは苦戦を強いられていました。予選6回戦の4回戦を消化したところで-53.0p。20人中14位という成績で絶望的なポジションでした。が、そこから5,6回戦で+104pを稼ぎ、さらに決勝2回戦で+73.7pを叩いて総合4位でのぎりぎり通過を果たし、本戦へコマを進めたのです。
また、他に注目されたのが萩原聖人vs飯田譲治の対決です。各界雀豪選抜大会を制したのは萩原聖人さんでしたが、実は最終戦までリードしていたのが飯田譲治さんです。
ところが…
南3局9巡目 東家・飯田
ツモ ドラ
だが、すでに対門の萩原さんからリーチがかかっていました。一手進んだところで、前巡止めたを捨てると、
萩原「ロン」
萩原の満貫に放銃。これで飯田さんはハコテンとなり、雀豪選抜大会を制することはできませんでした。
その敗退から2ヶ月。本大会でこの両者が同卓しました。
先行したのは萩原さん。1回戦も7万点のダントツで、2回戦もその好調モードが続いていたようで、
ツモ ドラ
ここで萩原さんは、のポンテンの保険をかけない打を選択。すぐに、を引いて即リーチ。11巡目にラス牌のを引いて4000オールのアガリとなりました。
当時、萩原さんは「愚形の覇者」というニックネームがつくほど愚形でのアガリを得意でした。
ツモ ドラ
ここからも打。その後、を重ねてリーチであっさりを引きあがります。まさに絶好調モード。
ですが飯田さんもやられっ放しではプライドが許さない。親でチートイドラドラを決め、萩原さんまであと5千点まで詰め寄ります。
そして迎えた南3局。
ツモ ドラ
元々、カン待ちのタンヤオイーペーコーのテンパイを入れていた北家・飯田さん。リーチをかけてアガれば萩原さんに追いつきますが、飯田さんはヤミを選択。そしてツモ。さて、皆さんならどう打つか?
待ちの広さなら打でリーチというところですが、飯田さんは打でリーチ。ツモり三暗刻に受けました。
が、下家の萩原がこの形から飯田さんのリーチ宣言牌のをチー。
ま、今の萩原さんなら絶対に鳴かないであろうでしょう。ただ、この時は何か嫌な予感でもしたのでしょうか。萩原さんの次のツモがなんと。萩原さんのチーにより飯田さんのハネ満のアガリが喰い下がってしまうのです。
結果、この半荘は萩原さんのトップで終了。飯田さんは萩原さんにリベンジを果たすことはできませんでした。
絶好調の萩原さんは予選を一位で通過。しかし、この半荘こそ萩原さんに敗れはしましたが他を好成績でまとめた飯田さんが予選二位で決勝に進みます。三度、この両者の対決となったのです。そして予選3位は最強位奪取に燃える安藤満プロ。浦田和子プロを僅か2900点差で退けた倉田てつをさんが予選4位で決勝進出となりました。
この年からシステムが変更され、決勝戦が最強戦名物の「1回勝負」になりました。ここでもまたドラマが待ち受けていたのです。
(第11回 了)