城巡り5~高知城
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城巡り5~高知城

2013-10-12 00:24
    さて、久しぶりにお城巡りシリーズを書きたいと思います。
    今回紹介するのはちょっと前に大河ドラマで有名になった
    山内一豊が建てた松山城と並ぶ四国の名城、高知城です。

    天守閣と追手門


    時代劇にそのまま使えそうなくらい見事な風格漂う城

    四国南部第一の都市、高知駅から路面電車で約10分、徒歩5分の好アクセスで
    高知市内に聳え立つ大高坂山に立つ独立式望楼型 4重6階の平山城です。
    1601年に山内一豊が入って以来江戸時代を通じて山内氏が藩主でした。
    幕末の藩主には幕末四賢侯の一人として有名な山内容堂がいる事でも有名です。

    前に松山城の所でも書きましたがこの高知城天守閣も江戸時代中期に再建された天守閣です。
    山内一豊が建てた創建当時の天守は享保12年(1727年)に高知市内を襲った大火で焼失してしまい20年後の延享4年(1747年)に創建当時の姿を忠実に復元した天守が、
    更に4年後の宝暦3年(1753年)にその他の建物も全て再建され現在に至っています。

    享保の大火を免れ唯一残る追手門。空襲でも被災するも全焼を逃れた貴重な建物。



    さて、この高知城が唯一日本の他の現存天守を持つ城や
    他の城と異なり異なる点が一つあります。

    それは、

    天守と本丸御殿が唯一完全にセットで現存している城である

    と言う事です。

    惜しくも戦時中の空襲で名古屋城の天守と本丸御殿が焼失してしまった為、
    日本の城で唯一天守と本丸御殿が完全に現存する城となっています。

    本丸御殿。玄関とか言った奴は日本酒一気飲みです(笑)



    本丸御殿とは言っても皆さんが思い浮かべるであろう名古屋城の本丸御殿の様なイメージから
    程遠い小さな建物です。江戸時代中期の再建とは言え創建当時の姿を忠実に再建している為、いかにも平和な平城の豪華な御殿とは異なり、戦国時代の「ここを攻められたら負け」という戦争を意識した質素で堅実な造りとなっています。
    (勿論経費節約の為、絵画が描かれたいたであろう襖は全部白襖となっています。)

    高知と言えば一番人気が坂本龍馬、2番人気が岩崎弥太郎ですが、自由民権運動を指揮した
    この人も忘れてもらっては困ります。ご存じ100円札の顔にもなった「自由民権運動の父」
    板垣退助の銅像です。城の入口にあります。



    入口から見ると間近に見える天守閣ですが‥




    行こうとすると離れて行ってしまいます。


    一豊が関ヶ原以前に城主だった掛川城を模した言われているこの天守閣ですが、
    いかにも江戸時代初期に建てられた城、一番初めの写真を見るとすぐ近くに一気に行けると
    思いますがこの2枚の写真を見れば理解いただけるかと思いますが天守閣に行くには
    一度円を描くように回転して行かなければならず、
    天守や右の塀から絶えず狙い撃ちされる格好になる様に計算されており
    お城マニアには堪らないシチュエーションが楽しめます。

    撃ってくれと言わんばかりの鉄砲狭間。


    こんな感じで天守閣から見えます。右下から反時計回りに進む様工夫されてます。



    天守閣内部は残念ながら写真NGの為撮れませんでしたが、高知の歴史を紹介する展示内容があります。個人的には鯨漁に関する資料はとても新鮮で目からウロコでした。(鯨肉大好きです)

    私が行った土曜の翌日の日曜は高知城前から高知駅へ向かって2kmも続く江戸時代からの
    高知名物「日曜市」も開催されており、賑わいを見せていました。

    日曜市入口


    次回はまだ未定ですが、割かし早くこのシリーズを書きたいと思っています。

    ~12月に再び訪れたので写真を追加します!~

    冒頭の写真と同じアングル。葉が枯れて天守閣が見やすくなってました


    再建された詰門


    三の丸跡から見た天守閣


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