城巡り18~宇和島城
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城巡り18~宇和島城

2014-06-30 16:35
    さて、先々週行った四国城巡りで訪れたもう1つの城を紹介したいと思います。

    宇和島城


    前回紹介した大洲城を築城した城づくりの名人、藤堂高虎によって築かれた城です。
    江戸時代に入り藤堂高虎は関ヶ原・大阪の陣と功績を重ねて伊勢・津に加増転封となり
    富田信高が入封しましたが、御家騒動が原因で改易となり、代わりに奥州の雄・伊達政宗の
    庶長子である伊達秀宗が10万石で入封し、江戸時代を
    通じて宇和島伊達家の城となりました。
    形は正五角形の城で今では埋立てにより堀は全滅していますが当時は
    山城でもあり海城」という相反する性質を兼ね備えた全国でも類を見ない珍しい城でした。

    宇和島城縄張り(Wikipediaより引用)



    駐車場に車を置いてすぐ横の藩老桑折氏武家長屋門から入城します。


    この門は名前の通り藩老桑折氏の屋敷にあった長屋門を道路拡張の為、戦後に入ってから
    宇和島城に移築された門です。一部分が失われていますが追手門焼失後の宇和島城にとって
    大手門代わりの門として大きな存在を担っています。

    コチラは裏道に当たる為、急峻な坂を登って天守を目指します。


    城の縄張り自体は藤堂高虎が作った物をそのまま利用していますが
    彼の築城した城の中では極初期の城である為、後年の篠山城とは異なり、土塁や
    宇和湾を利用した堀などまだまだ彼独自の築城術は未完成と言った状態と言えます。
    しかしながら、「空角の経始(あきかくのなわ)」という五角形を四角形に見えるようにする
    築城方法は後年幕府の隠密ですら「四方(四角形平面)の城」と騙されるほどの緻密に
    計算された設計としてつとに有名です。

    暫くすると天守が顔を覗かせてきます。


    本丸一の門を登ると天守閣に到着です!


    天守から見る宇和湾。かつては城より先はでした。



    天守閣前で地元のボランティアの方に無料で頂いたお茶とお菓子。


    その際、地元の古老の方に面白い話を聴きました。なんでも
    「幕末に入り、当時の宇和島藩主、伊達宗城侯は名君で厳しい藩財政を立て直しつつ
    富国強兵に努め、結果として五賢侯として名を知らしめただけでなく、
    官軍方に付き立藩以来の悲願となる仙台伊達家を上回る栄誉を得る事が出来た。
    それに対して時の
    松山藩主、松平勝善侯は何と莫大な費用をかけて焼失していた
    松山城の再建をした為、(実際は彼の曽祖父で焼失時の藩主松平定国の頃から
    再建は始まっており、これは誤りです。)

    時代の流れについていけず、長州征伐で長州藩の恨みを買い折角再建した
    松山城を使うことなく降参して松平姓まで捨てた暗君
    (実際に降伏・改姓したのは彼の養子2人)だった


    「しかし、降伏した筈の松山はその後四国を代表する大都市・県庁所在地になり、
    松山城は松山市を代表する観光名所となった。それに対して宇和島は官軍に付いたのに
    明治政府では全然恩恵に預かれず、第2次大戦の空襲も愛媛県で一番(9回)受けて、
    宇和島城は追手門を焼失して天守のみのあまりぱっとしない城になり、
    高速道路すら1993年まで開通せず陸の孤島になってしまった。
    時の指導者が名君でもそれが発展に結びつかず、片や暗君の御蔭で町は栄えた。
    歴史とは皮肉なもんだよ。いっその事それならこっちもお金を使って
    宇和島城を立派にすれば今頃良かったのに‥」との事でした。

    色々深く考えさせられますね‥

    さて、閑話休題。この三層の天守ですが高虎時代は複合式望楼型の三重天守であったのを、
    江戸時代初期に修築の名目で現在の独立式層塔型三重三階に改めたそうです。

    正面玄関にはしっかりと伊達家の家紋「竹輪笹に阿吽の向かい雀」が彫られています。


    この天守の最大の特徴は現存12天守の中で唯一「障子戸」がある事です。
    江戸時代に入り平和になったにも関わらずこうした古風な造りにしたのは面白いですね。

    天守1階。


    天守2階


    天守最上階



    かつて存在した三の丸黒門。今では道路とコンクリの建物になり後を偲ぶ物はありません。


    昭和20年の空襲により惜しくも焼失してしまった追手門(大手門)


    今では御覧のように道路に…これでは再建は不可能ですね(泣)


    帰りは正門から帰城です。


    天守以外で唯一現存する登り立ち門



    とりあえず城巡りはこれで一段落ですが、また訪れた際にはUPしていこうと思います。
    因みに来月は4度目の高知城訪問をする予定です。


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