城巡り26~福井城
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城巡り26~福井城

2015-06-06 15:26
    前回の大垣城からしばらく空きましたが今回は岐阜の後に訪れた
    福井県の城巡りを紹介したいと思います。

    福井城




    福井駅から徒歩5分と好アクセスな場所に位置する福井藩の居城であった城です。
    元はといえばこの城、織田信長の重臣であった柴田勝家が越前一向一揆を殲滅後に
    越前の領主に任じられた時に築城された「北ノ庄城」が元になっています。

    ご存知の通り柴田勝家は1583年の賤ヶ岳の戦いで羽柴秀吉に破れ
    お市夫人とこの城の天守閣で自害して果てました。
    その後城は17年近く廃城となっていましたが1600年の関ヶ原の戦いの後に
    家康の次男である結城秀康が68万石でこの地に入封し新たに築城されたのが
    現在残る福井城となっています。

    大手門跡



    残念ながら結城秀康が立てた天守閣も1669年に焼失後は再建されず、
    本丸南西隅にあった3重5階の巽櫓を「天守代用」として用いていました。
    そしてその残っていた巽櫓や大手門も建物も明治維新後の廃城令で取り壊され、
    現在「城内」(←ココ重要)には石垣と内堀以外の遺構は現存していません。

    在りし日の福井城大手門の古写真




    そして大手門跡の現況




    石垣上から




    在りし日の辰巳櫓の古写真



    辰巳櫓跡



    天守台




    こんな感じで城内に警察本部と県庁が建ってるせいもあってあまり城跡の
    雰囲気を楽しむ事は難しいですが実は意外な事が2つあったりします。

    1つ目は福井県側が復元に熱心であるという事です。
    既に平成20年に御廊下橋が古写真と資料に基づいて復元・公開されていますが
    新たに今年から2年間かけて山里口御門の復元が始まりました。

    大手門入口にあった看板



    天守台から見える復元した御廊下橋と山里口御門跡










    古写真に残る御廊下橋と山里口御門



    何かと城郭の復元というと観光客の目を引きやすい天守閣や御殿などに
    注目が行きがちですがこういう目立ちにくくて地味でもきちんと
    復元してくれるのはとても嬉しい話ですね。

    そしてもう1つの意外な事は

     「実は本丸御殿の一部が現存している」

    という事です。
    現存御殿と言われて皆さんが思い浮かべるのは本丸御殿だと高知城川越城
    二の丸御殿だと二条城掛川城の4城のみしか現存していないと思いますが、
    実は佐賀城と福井城も一部ですが現存しています

    藩主の菩提寺の1つ瑞源寺に移築され現存する本丸御殿の御小座敷



    勿論この建物は結城秀康時代の建造物ではなく江戸時代も押し迫った
    天保2年(1831年)に建造された本丸御殿の一部であり、1860年に移築されたようです。
    同じく寺にある書院も徳川11代将軍家斉の娘である浅姫の為に建てられた
    本丸御殿の「大奥御座之間」である事が判明しています。
    (浅姫は1857年に没しているので恐らく1860年に同時に移築されたと見られています)

    因みに2つの建物が元あった場所は現在県庁が立っています。



                              ↓ここら辺



    こんな感じで城内にこそ現存していませんが、貴重な御殿建築が残る城でもあり、
    復元も進んでいる事から今後県庁が移転した場合、再移築される可能性も0ではなく
    今後の福井県側の復元に期待がかかります。

    次回の城巡りは3月の城巡り旅行最後の城となる現存12天守(仮)の1つである
    丸岡城を紹介する予定です。
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